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第十一章

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 「最低ですね。恭平さん」
 
 あちこちギプスで固めた恭平の顔に薬を塗りながら、マドカが無表情に言った。
 
 「フラストにまで手を出すとは……
  恭平さんのスケベっぷりについて、認識を改める必要がありますね」

 「オレはっ……」
 
 ベッドの上で、恭平が反論する。
 
 「……オレは……何にも覚えていない……」
 「統計によると、有罪となった男性のほぼ9割が、そう証言するそうです」
 「有罪って、あのな」
 
 恭平は唾を飛ばして主張した。
 
 「だいたいフラストが、なんでオレと抱き合ってたんだ」
 「ですから無理矢理」
 「フラストが人間の力でどうこうできるタマか!」
 「それもそうですね。
  まさか……」
 
 マドカが恭平を見つめる。
 
 「……合意の上でしょうか?」
 
 ななかがうなずく。
 
 「きっとそうよ」
 
 「違うわあっ!!
  なんでオレを、罪に陥れようとするっ!
  オレがいつ、そんな事をしたあっ!
  沙由香にあることないことチクるなあっ!」
 
 恭平がわめくいたとき、階段を上る音がした。
 
 足音がドアの前で止まった。
 そそくさとマドカはベッドの右に、ななかは左にまわった。
 そのまま恭平に体を押しつける。
 
 両腕にあたる胸の感触に、鼻の下を伸ばしながら、恭平はとまどったように尋ねた。
  
 「お、おい……どうしたんだよ」

 その時、ドアが開いた。
 
 「さ、沙由香……」

 そこに立っていたのは沙由香だった。
 左右の二人をみて、あわてて言い訳をする。
 
 「いや、この二人は勝手に……」
 「いいの」

 沙由香は微笑んだ。
 
 「恭ちゃんのことは、わかってるつもり……」

 沙由香は慈愛に満ちた表情で、持ってきた箱を開いた。
 そこには、沙由香お手製のシュークリームが詰まっていた。
 
 「お見舞い。
  私のピンチを助けてくれたのは、恭ちゃんだもんね」

 「そうなのか?
  オレは全然、覚えていないんだが……」

 恭平は首を傾げながら、シュークリームをつまみ上げた。
 食べようとする。
 刺激臭が鼻を刺した。
 
 「なんじゃこりゃあ!!」

 恭平が叫ぶと同時、マドカとななかが恭平の両腕を押さえた。
 沙由香がベッドにあがり、恭平の脚をまたいで押さえた。
 
 シュークリームをつまんで、ころころと笑う。
 
 「なにって?」

 笑いながら、沙由香は恭平の口に差し出す。

 「お見舞いって、言ってるじゃない?
  はい。
  あーん」
 
 「するかっ!」

 恭平の顔に近づけられたシュークリームからは、本わさびの香りが漏れていた。
 口を閉じて抵抗する恭平に、沙由香がこぼれんばかりの笑みを見せた。
 
 「どうしたの?
  変な恭ちゃん……」
 
 沙由香の指が恭平の鼻をつまんだ。

 1分。
 2分。
 3分。
 
 「ぶはっ!!」

 たまらず息継ぎした恭平の口に、特大のシュークリームが放り込まれる。
 かみつぶすまいと頬を膨らませた恭平の口に、沙由香はペットボトルを突っ込んだ。
 
 「はい、ウーロン茶」

 褐色の液体が、恭平の口内を満たす。
 沙由香はペットボトルを引き抜くと、片手で恭平の口をふさいだ。

 「よく噛んで食べてね」

 言いながら、沙由香は恭平の顎と頭を抑えた。

 バイオボディのパワーが、恭平を上回った。
 恭平の口内で、いっぱいにつまったわさびがつぶれて水にとけた。
 気管にすべりこんでいく。
 肺が刺激され、盛大にむせると、液体は鼻を逆流した。
 鼻の粘膜が、根こそぎ枯れていく。
 
 「ぎゃおっ、ごぉぉぉっ、げほっ!!」

 三人に押さえ込まれた体勢で、不自由に恭平はのたうち回った。

 「どう? おいしい?」

 沙由香が2個目を摘みながら聞いた。
 涙と洟でぐちゃぐちゃになった恭平は、恐怖の目でシュークリームを見た。
 
 『こ……殺される』

 恭平は、恥も外聞もなく、沙由香に謝った。
 
 「ごめんっ! 沙由香っ!!
  別に浮気なんかしてないが……いや、浮気しましたっ、すいません!!
  もうしません。
  絶対しません。
  沙由香を裏切るようなことは、もう金輪際、しませんっ!
  沙由香、
  沙由香さん、
  美人の沙由香様、
  女神さまあっ!!」」
 
 恭平は必死だった。
 
 「だから……赦して……ください」

 ちら、と沙由香の様子を伺う。
 沙由香は、笑顔のままだった。

 「恭ちゃん……」

 沙由香は、聞き分けのない幼児を愛おしむように、恭平の頭をなでた。
 安心させるように、言い聞かせる。

 
 「人を誤解してはねちねちいう、妄想爆発の根暗女の私には、
  恭ちゃんの言ってる事が、よくわからないの。」

 
 2個目のシュークリームを恭平の口元に近づける。
 とうがらしの匂いがした。
 
 「それより、はい。あーん」


 恭平は、いやいやと首をふった。
 
 コノオンナハ……


 シュークリームが迫る。
 恭平の目から、涙が吹き出した。
 
       ……オレヲユルスツモリナンカ……


 沙由香が微笑んでいた。
 
                     ……ナインダ……


 沙由香のシュークリームは、山ほど残っていた。
 逃げようとする恭平を、マドカとななかが、ガッチリとホールドする。
 
 「お前ら、オレを殺す気かぁっ!」
 「お姉さまの好意を無にしないでよね」
 「恭平さん、裏切りの代価は、もともと死刑です」
 「だから、オレがなにをしたぁっ!!!」

 暴れる恭平の頬を、白い手がなでた。 

 「ひぃっ」

 沙由香の笑顔の底に、何か昏いものがうごめいているのを、恭平は感じた。
 沙由香の手が、恭平の顎を抑える。

 「たぁすけてくれぇぇぇぇぇっ!!!」

 恭平は絶叫した。

 「だれかぁっ!」


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