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第四章

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 アライグマのラステル君は悲しかった。
 背中の糸がほつれ、パンヤがはみ出しそうだったからだ。
 何度も壁に叩きつけられたとき、壁の釘にひっかかれたのだ。

 やめてよご主人様。
 ラステル君は、心で泣いた。
 
 その時、ご主人様がやさしく、ラステル君を抱き上げてくれた。

 ご主人様。

 ラステル君の心に、暖かいものが灯った。
 そのままご主人様は、ラステル君をドアに投げつけた。
 
 ご主人様〜〜。
 
 ラステル君は、心で泣いた。
 
 
 
 
 「……なにをしてるんですか」
 
 ドアを開けたとたん、飛んできたぬいぐるみをひょいとよけ、マドカは沙由香に尋ねた。
 沙由香の部屋は、荒れていた。
 本や雑誌は言うに及ばず、CDやぬいぐるみ、果てはベッドさえもひっくり返っていた。
 変身前ですら、バイオボディの力は常人を上回るのだった。
 
 「マドカ……」

 沙由香が、マドカを見つめた。
 その容貌を、透明な液体がつたう。
 
 「マドカぁ」
 
 沙由香はしゃくり上げながら、マドカを抱きしめた。
 マドカが、どうしたのかと尋ねた。
 聞き取りにくい声で、沙由香は応えた。
 
 「恭ちゃんが、浮気したの」
 
 そのまま沙由香は、いかに恭平が(自分と違って!)ななかにやさしく、情熱的にふるまったかを、異様に詳しく、えんえんと語り出した。
 
 マドカは首を傾げた。
 状況からみて、沙由香は一瞬しか現場を目撃していない筈だった。
 ななかも、信憑性に乏しい話をしていた。
 沙由香の遺伝子は、話を作るタイプなのだろうか?

 「私にはキスしないくせに……」

 だいたい、恭平は、沙由香と付き合っていたのだろうか?
 浮気は成立するのだろうか?
 
 「……マドカ、聞いてる?」
 「聞いています」
 
 果てしなく続く、沙由香の妄想を聞きながら、マドカのCPUは警告音を発していた。
 事態が進行すれば、恭平と沙由香の仲は破局を迎える。
 それではD2エネルギーが貯まらない。つまり、地球の危機であると。

 マドカは、事態を解析した。

 恭平が実際に浮気をしていようがいまいが、問題ではない。
 恭平が浮気したと、沙由香が信じている。
 ならば、それは浮気なのだ。
 恭平がなんと言おうと、それが真実なのだ。

 マドカのCPUが、使命感に燃えた。

 地球を守るため、全人類の存続のため。
 沙由香の気持ちをなだめねばならない。
 恭平の浮気が治ったと、沙由香に信じさせねばならない。
 恭平の精力は、すべて沙由香だけのものなのだと。

 そう、最後の一滴まで。
  
 マドカは一瞬で全ての状況を考慮し、最適と思われる解をはじき出した。
 沙由香に語りかける。
 
 「大丈夫です」
 「え?」
 
 沙由香は顔をあげた。涙の痕がくっきりと残っている。
 
 「あれは、一時の気の迷いです」
 「…………」

 「殿方には、よくあることです。本気じゃありません」
 「…………」

 「ななかさんは、その犠牲になっただけです」
 
 恭平が聞いていたら、ちょっと待てとつっこむところだが、恭平はここにいなかった。
 マドカはしゃあしゃあと続けた。
 
 「沙由香さんは、内気ないじめて属性の性格といい、未亡人顔負けの熟れた肉体といい、
  すこしたれ目の眼鏡っ娘というオプションもついて、
  牡の欲望をこれ以上ないほどそそる素晴らしい女性です」
 
 沙由香は少し顔をしかめた。
 
 「マドカ……その言い方、嬉しくない」
 「ですが」 マドカは語気を強めた。
 「そんな申し分ない女性でも、殿方は、いつか飽きてしまうのです」
 
 がーん!!!
 
 沙由香の頭の中で、グランドピアノがマキシマムで鳴った。
 
 「あ……飽きる……」
 「そうです」 講義するように、マドカは沙由香に説明した。

 「男性は、同じ女性の肉体に対して、いつまでも同じ量の精子を出そうとしないのです。
  交尾の回数が進むにつれ、まるで惜しいとでもいうかのように、含まれる精子の量は
  減らされていくのです。

 「しかし情けない事に、別の女性の肉体に対しては、よろこんで以前と同じ量を出す
  のです。

 「俗に、釣った魚に餌はいらないなどといいますが、あれは男性の生理が心に影響を
  及ぼしているものと推測されます」

 「……釣った魚……」

 「ですから、恭平さんが沙由香さんの新たな魅力に目覚めれば、
  新鮮な気持ちで沙由香さんを見てくれる筈です。
  恭平さんの迷いも覚め、浮気も治るでしょう」
 「…………」

 「それが、ななかさんの安全のためでもあります」
 
 沙由香は頷いた。
 
 「そう……そうだね。
  恭ちゃんは、迷ってただけだよね
  ななかちゃんも、被害者なんだよね
  私が……私がもっと、しっかりしてれば、よかったんだよね」
 
 マドカによって導き出された結論は、沙由香の妄想にピタリと一致していた。
 事態解決の指針を得て、沙由香に笑顔が戻った。
 
 暇な団地妻をだまくらかすことに成功したセールスマンのように、マドカは極めてまじめな顔で書類を取り出した。
 
 「それでは……これなどいかかですか?」


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