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『 ライザ姉さんへ この手紙が姉さんの目に触れる可能性なんて、万に一つも無いと思う。 獣人のみんなには、悪いことをしてしまうね。 ライザ姉さん、ごめんね。 でも、間に合わなかった。 なんでだろ? なんで姉さんがこんな目に会わなきゃならないんだろ? 本当にごめん。僕、もう姉さんに会えない。 生まれ変わりとか、そんなこと信じてるわけじゃないけど、でも感じるんだ。 そしてその仲間はきっとこう言ってくれるはずだ。 だから、きっときっと姉さんを目覚めさせて見せるから。 僕はいつでも、ここにいるから。 最愛の姉、ライザ=ウォルサムへ |
| 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 〜〜 第一章 〜〜 〜 第四話 〜 「縁示の表裏(フタツノココロ)」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 |
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獣人の森を出て五日目。クーロンの皇都、ラワンの外環にある船着場の一つにセイル 「おい、貴様ら!」 突然、二十人ほどの制服を着た屈強な男たちが、今まさに船を下りたばかりの一同を 「……何事でしょう?」 セイルが前に進み出、先頭に立つ指揮官らしき男に問いかけた。 「お前がセイルだな?」 騒然とする一同。だがセイルだけは泰然としていた。 「……従いましょう、皆さん」 少女たちにニッコリと笑いかけるセイル。彼女たちがその柔らかな微笑みに言葉を失 「大人しくしていれば、手荒なことはなさいませんよね?」 すっと差し出されたセイルの両手と、その顔を交互に見回す男。 これは……。この男は、一体何者だ? 彼はこの役に着任して以来、多くのならず者たちをその手で捕らえてきた。天下無双 強がってもいない、卑屈でもない。だが。 男は、自分がとんでもない命令を受けたのではないかと、今になってようやく気付い 戸惑いが長すぎたのだろう。男の部下たちがざわめき始めた。 自分は、組織の中に生きる歯車に過ぎない。 「よ、よし! 全員の手を縛れ!」 声が上擦ってしまった。クスッという笑い声が少女たちの中から聞こえた気がしたが 後日、男は友人たちに酒の席で漏らす。 それが司直の耳に入らなかったのは、男にとって生涯最高の幸運と言えた。 |
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「どうやらクーロンの上層部は、あたしたちのことを知っているみたいね」 そう言ってシルヴィアは声を荒げた。 こらこらと周りの少女たちが苦笑いする。冗談よ、という顔で舌を出すシルヴィアだ 東の大国、クーロン(九龍)。 史(ふびと:歴史を刻む役人)の口伝では、神魔大戦の以前から続くとも言われる大 九龍の名から推察できるように、元々は異なる九つの民族国家がこの広大な東の大地 九龍の国家としての特徴、それはこの国が「文」の国であるということ。 広大な国土と温暖な大地に育まれた膨大な人口。当然ながら、保有する軍事力も一国 閉鎖的な文化社会、一向に改善しない封建制、硬直しがちな官僚制、再分配性が低く 「ふ〜ん。クーロンって、そんな国だったんだ」 そう言って、今自分たちが居る場所を見回す。 「こんな目にあわされちゃうと、やっぱり虚心ではいられないわ」 一同がハア、とため息を吐く。 「セイル、平気かな……」 毎度お馴染の、考え無しの余計な一言、ではある。 「今になって思うと、アーハイムは良かったよね」 あたしたちだけでも。 全ての少女がそう思う。 その時、地下の入り口付近でガチャンという音がした。 誰? 後ろからのランプに照らされたシルエットが少女たちの目に入る。 「セイル!」 影の口元に笑みがこぼれたように見えた。 「ごめんなさい、皆さん。お待たせしました」 少女たちは、青年の姿に異常が無いことを確認して安堵した。丸一日引き離されてい 「再会を祝うのは、後にしたまえ」 セイルの後ろにいる四、五人の集団の中から声がした。セイルはその人物に振り返っ 「大丈夫、心配しないで。決して皆さんを悪いようにはしません。でも……すいません 少女たちは言葉を失った。 「皇帝陛下の御前で審議を受けられる。来たまえ」 セイルは微笑みを崩さなかった。 |
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クーロンを襲った異変は、アーハイムのそれと同様だった。 独自の文化に固執するクーロンでは、西方ほど天上32神への信仰が盛んではない。 皇都ラワン(羅王)には、カイト宮が九つ存在する。 3×3の等方区画に分かたれた計画都市ラワンは、その各区画が旧九王朝の面影を残 そして、それが起こったのが約九ヶ月前。 北東・南東・南西、そして北西にある四隅の宮が、同時に炎上した。 火元はいずれも、宮殿中央に安置してあるカイト神像。当局は最初、何らかのテロで 二ヶ月ほど経過して、今度は西の宮が炎上した。多くの参拝者が見つめる中、突然カ この時いきなり、神・官・軍の高官たちに緘口令が発せられた。ラワンの人々はこれ 半年後、次は北の宮。 未だ健在なのは東の宮、そして中央本宮のみ。 クーロン上層部は、事態の深刻さに頭を悩ませていた。実は最初の四宮炎上の時点で だが、これに手を出すには多大な困難が存在した。元々これは、皇帝即位の時にのみ 帝國存亡の危機に九家は結束し、各々が封を解くべく地下に入ろうとしたが、ここで それにも関わらず、未だ全ての解錠は達せられていない。増してや、次々と炎上する 焦るクーロン上層部に、今回の事態の中心にいる謎の集団の同行が知らされたのは、 官僚社会において、「令」はしばしば執行の限界を超える。 彼らは言う。「これも全てカイトの恩寵なり」と。 |
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「九龍帝國第七王朝、第十四代皇帝、張王蘭陛下、御出座!」 腹の底に響き渡る巨大な鐘の音と共に、セイルたちの数十メートル先にあるカーテン 赤い絨毯が敷かれているとはいえ、じっと正座したまま一時間以上も待たされ続けた セイルたちを御前に引き連れてきた、そして同様に一時間以上立ったまま待たされて 「陛下! 御意に従い、彼の者共を参内させて御座います」 衝立の脇に立つ侍従らしき男、見るからに貧相で、全然似合わないちょび髭を蓄えた (じゃ、この人があの!?) 思わず、閣下と呼ばれた人物の顔を見上げてしまう。 とても信じられない。 「ところで、先の報告より三日も遅れておりますな。『陳』宰相?」 間違いない。この人こそがクーロンにその人ありと謳(うた)われた名宰相、陳瑞錬 「は。我が身の不徳の致す所」 なるほど。シグルーンはようやく九龍宮廷内の事情を見取った。 皇帝の脇で、まるで自分が皇帝の代弁者でもあるかのように語る嫌味ったらしい男。 「善哉(よきかな)。……では内務次官、この者共の罪状を」 二人の少女が、思わずビクッと体を震わせる。 玉座と彼らのほぼ中間地点に居並んでいた役人たちの中から一人が進み出、皇帝に対 「この者、セイル=W=フェルナンデス。 愕然とするシグルーン。思わず声を挙げようとした、が。 (抑えよ) 目の前に差し出された杖の先と、彼女の耳にかろうじて聞こえる程度の小声。 「……そこのセイルなる者、以上、相違無いか?」 例の奸物が発した問いに対するセイルの答えに、シグルーンは心を凍らせた。 「はい」 どうして! 何でなにも反論しないの!? 「よろしい。それでは処罰を……は、失礼致しました。皇帝陛下のお許しが得られた。 懐の書状を取り出そうとした時、奸物は皇帝の囁きに手を止めてこう発した。 「偉大なる九龍皇帝陛下のお言葉に感謝致します。 シグルーンは自分を抑えきれなかった。 「やめて、やめてよセイル!」 バチン! シグルーンの肩に叩きつけられた杖の音が、彼女の叫びを途切れさせた。 「控えよ! 皇帝陛下の御前である!」 無表情のままシグルーンを咎める陳。それに続いたのは意外にも奸物の言葉だった。 「まあまあ宰相閣下。是非無き女子のしでかす事、貴殿ほどの御方が手を上げてはなり その瞬間、シグルーンのうなじに冷たい殺気が走った。 (この連中!?) 地下牢からずっと陳とセイルの後ろに控えていた四人組。地味な陳宰相よりも更に目 「我が九龍の誇るカイトマスター達ですぞ。何一つ心配する必要の無いこと、お分かり また一つ、シグルーンを驚かせる言葉が奸物から放たれた。 カイト神は「運命の神」であると共に「拳法の神」でもあるのだ。現存する神像の殆 (シグルーン達はかつて、ショートラムの迷宮で「カイトクローン」なる敵と遭遇して 叩かれた肩の痛みを忘れさせるほどの殺気。そこに陳の声が続いた。 「無論。ですが今回の件で、人材も払底し始めております。ここでまた万一の事があっ すると奸物は一歩を踏み出し、声を張り上げて叫んだ。 「黙らっしゃい! 帝國の聖域たるカイト宮に余所者(よそもの)を入れるなど、仮に だが陳も負けじと声を張り上げた。 「ですが申し上げます。今回の一件は単なる軍事的な脅威のみならず、妖魔の類の霊的 奸物は顔をしかめ、居並ぶ役人たちの中に問いかけた。 「それは事実であるか、祭祀省次官?」 チッと聞こえるように舌打ちし、奸物は再度陳に問いかけた。 「確認は?」 陳の指名に、は、はいと慌てて立ち上がるライザ。 「お許しが得られた。そちの『印』を陛下にお見せせよ」 戸惑うライザに、陳は小さくささやいた。 「服を脱いで見せよ。今ここで」 セイルの両手が握り締められる。シグルーンもまた愕然とした。 何で? 何でそこまで!? 思わず涙が浮かぶほどの悔しさ。 赤面し、震えるライザ。思わず床に身を伏せる二人に視線を向ける。 天を仰ぐ。目をつぶる。 「わかりました」 ライザまでどうして? シグルーンの全身から力が抜けた。 衆人環視の中、身にまとう衣服を躊躇することなく床に落とし続けるライザ。程なく ニヤニヤと卑下た視線を向ける奸物。そのままじっくりと少女の裸体を検分していた 「次官、確認を」 先の祭祀省次官が、後列に控えていた神官を連れてライザの前に歩み寄る。 瞬間。 バチィッ!! 凄まじい閃光が広間を照らした。思わず身をかばう仕種をする一同。 弾き飛ばされ、腰を抜かした様子の神官を、次官が手を引いて立たせた。 「間違いありませぬ。これこそ我らの求める『力』でございます、皇帝陛下」 苦々しげに、御簾の裏側へ回って皇帝と何やら相談を始める奸物。 「もうよい。服を着よ」 彼は決してライザの裸を見ようとしなかった。不愉快な表情を浮かべる彼の姿を見な しばらくして、表に出てきた奸物が御意を伝え始めた。 「セイル=W=フェルナンデス以下19名。 頭を垂れたまま、セイルは叫んだ。 「ありませぬ。皇帝陛下の御寛恕、痛み入りましてございます」 そしてシグルーンは、皇帝一行が仰々しく退席する様を長々と見せ付けられた。 「これで、よいのだな?」 深々と陳に頭を下げるセイル。 「ごめんなさい、シグ。不愉快な思いをさせました」 思わず語尾が高くなってしまう。また涙がこぼれそうになった。 「……ごめんなさい。私には、こういう風にしか出来ないのです」 わかってるわよ、あなたがそういう人だってこと。 必死でその言葉を飲み込むシグルーン。 「ライザさん、私は……」 反論しようとするセイルの口を、指で抑えるライザ。 「あの時セイルさん、『貴方たちだけが犠牲になる世界なんて許さない』って言ってく ライザは、ね、とシグルーンにも微笑みかける。 どう答えて言いかわからないシグルーン。 「早く出なさい、もう時間だ!」 慌てて走り出す一同。その時シグルーンには、先を行くライザと、その後を着いて走 |
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「あの……ここが、そうなんですか?」 相変わらず、素っ気無い口調で短く答える陳。 審判後、牢からやっと出る事の許された残りの少女たちと共に訪れたのは、九龍宰相 「真に失礼な申し上げ様ながら、もう一度確認させて頂いてよろしいでしょうか?」 シグルーンの問いに、陳は無言で頷く。 「陳閣下は、現役の九龍帝國宰相主席でいらっしゃるのですよ、ね?」 先と全く同じ動作で、それを肯定する陳。九龍にきて以来シグルーンは幾度も驚かさ 陳の邸宅、それは「あばら屋」としか表現できない古びた屋敷だった。 なるほど、敷地は相当に広い。奥の方には幾つもの離れらしき館が見える。少なく見 (この人は一体、どういう人なんだろう?) シグルーンの疑問も当然である。しかしそれを問うたとして答えてくれる人なのか? その時である。同様に戸惑っている彼女たちの前に、一人の書生らしき青年が駆け寄 「お帰りなさいませ、閣下」 陳はセイルに振り返って言った。 「そういうことだ。彼女たちを奥の離れへ。この者に案内させる」 書生はそう言って、彼女たちに微笑みかけた。 (あたしたち、罪人扱いされてるんじゃなかったの?) 皆が同じことを考えたが、セイルの言葉は彼女たちの心配を和らげた。 「大丈夫ですよ。でも、大人しくしていてくださいね」 幾人かがクスッと笑みを漏らす。そして一同が歩き始めた時。 「じゃあシルヴィアさん、皆を頼みます。……シグ、ライザ?」 一旦戸惑いはしたものの、雰囲気からセイルの言葉に従う彼女たち。 陳とセイルの背中を見ながら、シグルーンはふと不安に駆られた。 (セイル、なんとなく……変わった、のかしら?) 何なのだろう? この人の言葉も行動も、何一つ以前と変わりはしない。 どんっ! 「あれっ……、あ、ごめんなさい!」 苦笑しながら、自分の背中にぶつかってきたシグルーンの肩を支えて微笑むセイル。 驚きには、際限が無いのだと思い知らされるシグルーン。 「ここが母屋だ。……母上、母上?」 大きく声を張り上げる必要も無かった。 「お帰り、瑞錬。……こんな場所に、ようこそいらっしゃいました、お客人方」 老婦人の身なりは、息子と同じく質素で、けれど上品なものだった。 ぶるっと、思わず身が震える。 ようやく彼女は、この人たちがその名声に相応しい人物であることを理解した。 |
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程なく日が落ち、セイルたち三人は陳母子と夕食を共にする。 夕食の準備と後片付けを手伝おうと申し出たシグルーンとライザを、陳母は丁重に、 食後の茶を軽くすすり、改めてセイルは、陳に頭を下げた。 「今日は、本当にありがとうございました。陳閣下」 セイルはようやく口を噤む。そしてただ深々と頭を下げた。 最初に語りかけたのは、ライザに対して。 「私は、間違った事をさせたとは思わない。だが、失礼な事をさせたのは事実だ。貴方 次に陳はシグルーンの顔を見つめる。だがしばらく無言のままだった。 陳は、懐から一通の手紙を取り出した。 「君の母上からだ。シグルーン=フレグランス」 驚きには際限がない。先刻そう悟ったはずだったが、これで今日幾度目なのか。 「ユネル王が……崩御!?」 手紙を握り締め、うつむくシグルーン。 「皇帝にああは申し上げたが、残念ながら今の段階で君たちを対魔神戦力として用いる シグルーンはセイルの顔を見た。 「わかりました。残念ですが、今はみんなを抑えます」 一呼吸置いて、陳は続けた。 「……将来は、判らんが」 場を沈黙が支配する。如何様にも取れる陳の言葉は、聞き流すには重すぎた。 「……ふふ。随分と母上に似てこられた、シグルーン=フレグランス」 なんとも意外な人の繋がりである。 「ふふ、今でも覚えている。本当にあの頃の彼女は美しかった。今の君も美しいのだろ 父母がかつて七傑と呼ばれた存在だと知って、そんな可能性を考えもしたが、実際に 「駐留期間が終わって国に帰る時、君の家に寄らせてもらったのだ。そこで彼女に、生 そう言いながら口元に笑みをこぼす姿は、どこにでもいる普通の男にしか見えない。 「さて、思い出話はここまでだ」 陳はすっと背筋を伸ばし、表情を引き締めた。 「これからの事を言っておく。君たちは自由だ。好きにしてくれて良い」 絶句する三人。陳は構わず続ける。 「但し、この屋敷の敷地内及び周囲一町四方に限ってのことだ。中央王宮およびラワン ことさら口調を強める陳に、三人は一瞬不安を感じた。ところが。 「見てお分かりのように、我が家には君たちを長く養う蓄えは無い。生活費は自分たち はあっ!? セイルですら唖然としてしまう。 私たち、つくづく人の出会いには恵まれているのね。 未だ厳しい状況だが、シグルーンは心を落ちつけることが出来た。 笑っていた。それもこれまでと同じだった。同じはずだった。 |
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数刻後、書生の一人がセイルたちを迎えにくる。 ライザと共にしばらく書生に随っていたシグルーンだったが、ふと湧き上がった胸騒 月の明るい夜だった。 林の中、目立たぬように存在する小さな池。 彼は池のほとりの木に身を預け、空に浮かぶ実体ではなく、池に映った虚像の月光を 邪魔をする気は無かった。でも何か話をしたい気持ちもあった。 彼が、自分の接近に気付いているのがわかる。 「……セイル?」 いたわりの言葉。いつものセイルが発して全然不思議じゃない言葉。 「セイル、変よ? 一体どうしたの?」 シグルーンは巧く言葉に出来ない。 「そんなに、何ですか?」 ニコッと微笑むセイル。月影に溶け込んでしまいそうな冷たい笑みが、無意識の内に 「何でそんなに『やけ』になってるの!?」 セイルは微笑んだまま、再度池に映る月を見つめた。 「どうしちゃったの? 何でそんなに自暴自棄なの? あなたらしくないよ? 全然、 言葉に詰まるシグルーン。そしてセイルが続けた言葉に心が凍る。 「……少し、疲れたんですよ。意地を張るのに、ね」 駄目! 今貴方がそんなことを言ったら、私たちは……。 「この前魔神を倒した時、また仲間を不幸にしちゃいましたから」 未だ微笑みを崩さぬまま、セイルはシグルーンを見返した。 「私は、悲しいままです」 セイルは笑ったまま、涙を流していた。 シグルーンは、自分の膝がガクガクと震えて倒れそうになるのを必死でこらえた。 「優しいですね。貴方たちは、いつも、ずっと」 フッという笑い声。そして。 「なら、慰めてくれますか?」 シグルーンは、自分の口が突然塞がれたのに驚いた。 思わず意識が遠のく。甘いはずのキスが拷問にも思えた。 その時、まるで見計らったかのようにセイルの舌が遠のいた。 「嫌ですか? こういうの?」 セイルはクックと笑いながら、今度はシグルーンの胸に顔をうずめてきた。 「ああ……いい気持ちですよ……」 セイルの手が、ゆっくりとシグルーンの乳房を揉みしだく。さっきのキスとは違い、 「ふふ、もうこんなになってますよ?」 セイルの指先が、いつの間にかすっかり固くしこっていた乳首を執拗に攻める。思わ 「相変わらず、ここが弱いんですね?」 その叫びと共に、セイルはいきなり、バッとシグルーンの肩から上着を剥ぎ下ろす。 「せ、セイル!?」 強く吸い出される乳首から走る、背筋から脳へと突き抜ける電流。 「やっ……だめ、だ、ああっ、いやっ! うん、ひいっ!?」 涙ぐむシグルーンの瞳を、やけに青白く輝くセイルの双眸が覗き込んでいた。 「ありがとう。私も、愛していますよ、シグ」 するとセイルは荒々しくシグルーンの体を裏返す。えっと思う間も無く、次は大きく 「う、嘘! セイル、それって!?」 彼の隆々と勃起したモノが既に彼女の股間にあてがわれている。だがその熱い塊は、 「どうして!? やめて、やめてぇ!」 先刻の愛撫で、シグルーンは十分に濡れてしまっていた。 「あ、ああーっ! いや、いやあっ!」 ズン、と、セイルはシグルーンの悲鳴を無視して一気に最奥まで自身を突き入れた。 「いたっ、いやあ、やめて、痛い、痛いの、セイル……」 なぜかセイルはシグルーンの中で動こうとはしない。ただ乳房と、結合部の上にある 「あ……はあ、はあ……あ……」 これ以上の痛みが生じないとわかった為か、シグルーンは次第にセイルの優しい愛撫 「あ、あ、あ……セイル、せいるぅ!」 セイルの律動が始まる。痛みも確かに残っていたが、それ以上に、体の奥底から湧き 「あん、あん、あはっ、凄い、すごいの、いいっ、せいる、ああーっ!」 巨大なそれが、シグルーンの気持ちいいと思う全ての所を刺激する。以前とは全然違 「……そんなに、いいんですか、シグ? 凄い、締め付け、ですよ?」 セイルの言葉も理解できない。彼女はただ、目の前の木にしがみついて快感に耐える 「はは、ははは、はははははーっ!」 セイルの哄笑が高く響き渡る。でもシグルーンにはわからない。 いつまでそれが続いたのか。 「シグ? シグルーン?」 セイルは激しい突き上げを続けながらシグルーンの顎をつかみ、顔を自分に向けた。 「……な、なに?」 その瞬間、凄まじい快感と渇望感がシグルーンを襲った。 「はい、はいっ! せいる、おねがいっ!!」 叫びと同時に、体が浮き上がってしまうほどの強烈な律動がシグルーンを襲う。 達した。 自分の体の中の何かが、何かを吸い取るように痛いほど縮み上がるのを感じた。 「しぐ、るーん……、あいして、ます、よ」 胎内の最奥で、火傷するほどに熱い何かが弾けた。 再び、池のほとりは静寂を取り戻す。 女は目を閉じ、男は目を見開いている。 何の反応も返さない女体を気ままに弄ぶ男の指先。 |
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ガラガラ、ドシャン! 「ちょっとぉ、なんなのこれーっ!」 シグルーンは、何か金物が落ちて散乱する音と、それに続くリムリアの叫び声で目を (あ、あれ……わたし……?) そうか。あの後、みんなの所へ戻ったんだっけ。 唇に指を当てる。その指を自分の顎へ、首へ、胸の谷間へと滑らす。 気を紛らわそうと周りを見まわす。そして改めてため息を吐いた。 思わず、凄いと声に出さず唇だけ動かして呟く。 あちこち壊れて穴の空いた床板。 昨日、陳が言っていた。ここは門下の書生たちが使っていると。 陳自身が主催しているわけではないが、ここは「陳塾」と呼ばれている。彼を慕う学 だいぶ改善されてきたとはいえ、男尊女卑が未だ根強い九龍。さすがに女性の姿は見 簡単に身繕いを終え、先刻リムリアの声がした方へと向かう。 そこは、恐らく、台所だと、思われる場所だった(苦)。 床に散らばるなべやかん(別に筋肉達磨のことではない(笑))。 今日の食事当番なのだろう。まるで似合わないエプロンを突っかけた青年が、頭一つ 「あなたたち、まっるで炊事の仕方がわかってないっ! これまで一体どんな食生活を おどおとと頷いて逃げ去る青年。その姿に、顔を見合わせて苦笑する二人。 「困ったモンね。それなりに頭はいいんでしょうけど、これじゃあねえ」 シグルーンの姿が消えてから、リムリアは一人ごちた。 「あたしもライザッハでは、だったからな……言っちゃったら卑怯になるか」 同じ人を好きな女の子同士での友情、か。 「でも、やっぱりちょっと辛いな。ホント……」 リムリアには、シグルーンが二人を連れてくるまでの時間がとても短く感じられた。 |
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朝の食事は、彼女たちにとってはいささか物足りない内容だった。 だがその横には、同じメニューをむさぼるように食べ漁る野郎どもの姿があった。 おかわりを求めて台所に殺到した男たちは、そこが別世界に変わっているのを知る。 更に。そこにいたのは、おたまを手にして、「慌てなくてもおかわりあるですの」と たちまちアリーヌは、男たち全員のアイドルになった(笑)。 嵐のような朝食タイムが終わり、ずずっとお茶をすするシグルーン。 「あの人たち、どうしたの?」 リムリアの視線が、部屋中を動き回った。すぐにシグルーンも察する。 「そうね。せめて『人の住める場所』にしましょうか」 謝りの言葉など聞きたくはなかった。なぜならそれは。 「違う、別に責めてるわけじゃないの。ただセイルがどんなこと言ったか、気になった 今度の「ごめん」には、微妙に違うニュアンスが含まれていた。 (そんなにひどいの? セイル……) うつむいて手を握り締めたまま口を閉ざすシグルーンの姿に、リムリアはこれ以上聞 「わかった。じゃセイルのことは任せるわ」 かくして、陳塾の歴史に『火の七日間』と記された一大騒動が始まる(爆)。 「彼女たちは破壊の女神だった。 |
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七日目。ようやく塾生たちは日常を取り戻したかに思った。 翌日から新生「陳塾」は、ラワンの一大名所に成り上がっていたのである。 セイルとの話し合いの結果、一同はここの修復に自分たちの所持金を一切使わないと よって彼女たちは資財の調達に際し、自らの「芸」をもってした。 ティロルとファローラのコンビ芸は、芸達者の多いクーロンでも高い評価を得た。 元々陳塾は、地元の人たちから幾許かの支援を受けている。陳母子の人徳もあるが、 そこに現れた彼女たちは、陳塾と民衆を結びつける鎹(かすがい)となった。 彼女たちと共に学ぶこと。 全てが陳塾の「塾生さん」たちに繋がることだと、人々にはわかっていた。人の口に 塾生たちも、程なく悟る。 「治」の本質とは何か? その根拠が経済的満足であるか軍事的恐怖であるか精神的信念であるかは体制による 「強制の執行者」である。 民衆は基本的に「強制」を嫌う。そしてこうした抑圧に対する反感は、顔の見えない では、役人に求められる資質とは何か? 一体誰が、自分より甘い汁を吸っている奴の言うことを大人しく聞くというのか? 『役人に謙虚さなど必要ない。ただひたすら高慢であれば良い。 だから役人は、自分の前に立つ民衆の心を知らねばならない。 彼らの存在など意にも介さない、堂々と自らの煌びやかさを誇る発令者のために。 そして彼の代理人として「実際の執政」を遂行する愉悦のために。 塾生たちは、民衆が彼女たちに見せる、「自分たちには決して見せない顔」を見た。 愕然とした。落ちこむ者もいれば憤慨する者もいた。 陳瑞錬という「名宰相」を手本とする。 そんな簡単な気持ちだった。単なる憧れだったのかもしれない。 『自分たちにその覚悟があるか?』 答えは要らない。ただその問いを常に意識に留めておくだけで良い。 逆説的に、それは歴史が証明している。 |
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「あれ? セイルこっちじゃなかったの?」 リンスとのストリートライブ(笑)を終えて陳塾に戻ってきたシグルーンは、食堂で近 ふふ。最近セイル、あそこばっかりね。 門から入ってすぐの所にある中程度の館。元々集会などの場として造られたらしいこ 「ごめんなさーい。あ、ミコ!」 遠慮無く扉を開くと、そこには散らかされた布団を丁寧に畳むミコがいた。 「お帰りなさいませ、シグルーンさん。今日もお疲れ様でした」 はい、と笑顔で頷くミコを跡目に、シグルーンは裏へと急いだ。 館の裏手にある草むら。元は観賞用の庭園だったらしく、苔むした置石や、今は蛙や シグルーンはすぐに、子供たちと戯れるセイルの姿を見つけた。 セイルは、とても楽しそうに笑っていた。 でもその笑みは、子供たち以上に、共にいるライザに向けられていた。 心底楽しそうに、声をあげて笑いあうセイルとライザ。 どうしようもなく、嫉妬に身を焦がしてしまうくらい。 シグルーンはそこに足を踏み出せなかった。 |
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その夜。シグルーンは一人、林の中の池のほとりで、一人リュートを弾いていた。 それなのに、彼女の研ぎ澄まされた神経は、彼女の訪れを告げてくる。 「……女の子の一人歩きは危険よ、ライザ?」 嫌だな。本当に嫌になる。 ライザはそれでも、嫌な顔一つせずシグルーンの横に腰を下ろした。 演奏が終わる。静寂が訪れる。 「わたしね、弟がいたの。……知ってるよね」 シグルーンは頷いたが、お互い相手の方を見てはいなかった。 「両親がね……あの子が八才の時に事故で死んじゃったから、わたしがずっと面倒見て 「私ね、小さい頃から霊感っていうのかな、そういうのが強くて。ずっと近くの教会で 「両親が牧場やってて。小さい牧場だけどね。私たちだけになって困ったけど、その時 「あの子に牧場任せられるようになって、少し余裕が出てきた頃かな。私もだんだんと ふふふ、と笑うライザに、ようやくシグルーンは視線を向けた。 「いいじゃない。誰だって同じよ。……でも、聞いていい?」 ライザが振り向いた。その顔から笑みが消えた。 「巨大な何かが世界中を壊し回り、そこに住む人全てを踏み潰していく夢」 こくりと頷き、再び視線をそらせてうつむくライザ。 「私も最初は、ただの夢だと思ってた。父さんや母さんが生きてる頃、よくその話をし そうだ。今のシグルーンにもはっきりとわかる。 「……でも不思議とね、あの子はこの夢の話を楽しそうに聞いてたわ。今日はどんな夢 「今思うとね、寂しかったのかなって思う。私だってそうだった。たった一人の家族、 「変な話だけどね。幾つになってもあの子、私の後ばかりついてくるの。毎日仕事が終 クスッと笑う。 「僕が姉さんと結婚してあげる、って」 馬鹿な子よね。そうライザは口の中で呟いた。 「私が十八になった年だった。その前の年辺りからなんだか変な天気が続いて。私たち 「私の夢もますますリアルになっていった。夢の中の化物の、肌の手触りまで感じられ 「ある日私は教会で一人、神様に祈りを捧げていたの。その時だった。突然あたりが真 恋愛神マーティス。グナガン監視の任に就いていた上級神の一人。 「神様はおっしゃられた。今の異変は、大昔この大陸の地下深くに封ぜられた魔神が、 「そして私は、それまで自分の見ていた夢が、過去実際に起きていた事だと知ったの。 ライザは、静かに自分の服の裾を捲り上げる。 「神様は私にこれを下さった。そして言われたわ。もし私にその覚悟があるのなら、次 「覚悟はできていたわ。けど、結局私は最後まであの子にこの事を話せなかった。何も 運命の日が来る。ライザたちが「パッティの封印」と化す、その時が。 「本当にいいのですね? そう尋ねる神様に、私ははいと答えたわ。私の体は光に包ま ぎゅっと、ライザの手が握り締められた。 「突然教会の扉が開かれて、あの子が駆け込んできたの。何か不都合でもあって予定よ |
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『どうして、どうして姉さんなんだ!?』 『此ノ者、神ノ御意識ト調ズル魂ヲ持チタリ』 『だからって、なんで! 神なんだろ? あんたたち、神様なんだろ!?』 『神ト魔神ハ天秤ノ両端。神ノ御手ヲ以テ事ヲ成ス事能ズ』 『ふざけるな! だから人間を犠牲にするってか? 姉さんを使うってのか!』 『全テハ世界ノ調和ノ為。神ト人ノ世ノ平和ト安寧ノ為』 『誰かを犠牲にしてか!? 自分以外の誰かを犠牲にして、しかもそれを誰も知ら 『事態ニ一刻ノ猶予モ無シ。此レ唯一ノ手管也』 『そんな言葉でごまかすな! 返せ、姉さんを返せ!』 『此ノ者、自ラ承レリ。万事此ニテ納レリ』 『嫌だ! 絶対に嫌だ! 姉さん! ライザ姉さん!?』 『封印ノ儀、今正ニ始ラン』 『姉さん、姉さーん! 待ってて、僕がきっと助け出すから! 絶対にもう一度、 |
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『僕を忘れないで』 『僕はいつでも、ここにいるから』 |
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シグルーンの両目から、知らず涙が零れ落ちていた。 「……私は、あの子の最期を見取ってあげられなかった」 シグルーンが初めて聞く、ライザの叫び。 それを破ったライザの言葉は、シグルーンの感情をも切り裂いた。 「ねえシグルーン? 今日、託児所に来てたでしょ? 何で声をかけなかったの?」 心臓が止まるほどの衝撃。 「一年前、封印から開放された時、セイルさんは私に向かってこう言ったわ。『あなた ライザはそう言いながら顔を上げ、シグルーンを見つめた。 「あの人、もしかしたらリースの生まれ変わりかもね」 ライザはそう言って立ち上がる。膝やお尻の泥を払う。 ライザとリース。 そして、『セイルとライザ』。 三つの名前が、シグルーンの頭の中をぐるぐると回り続ける。 |
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「あ、おはようございます。お勤めご苦労様です」 朝食前の掃除をしていたリムリアは、夜勤明けで朝帰りの陳の帰宅に遭遇する。 「おはよう、ございます」 お客様かな? リムリアはきちんと頭を下げて挨拶したが、彼は無視している。 「あまり表に出すべきではないのではないかな、兄上?」 兄上? 閣下に弟なんていたの!? でも確かに顔立ちは似てるかな? 「ここは私の家だ。家の中の事は全て私が責任を負う」 母屋の方に向かう対照的な二人。 「……で、それが朝食を食べ損ねた理由?」 苦笑しながらシグルーンはそう聞き返した。 「その後いろいろ彼のことを塾生さんたちに聞いてたのよ。それが凄いの。彼、なんと あの嫌味ったらしい顔を思い出して一瞬むかついたが、ふと疑問を感じた。 「え? でもあいつ、陳閣下と対立してたみたいよ? ……じゃあ兄弟で対立派閥に分 そんな事もあるのだな、と特に気にはしないシグルーンだったが、その後用事で門の 「失礼。瑞祥(ずいしょう)総監がご訪問されているはずだが?」 シグルーンはいそいそと母屋へ向かう。顔を見てみたいと思ったからでもある。 「兄上! 九龍のためですぞ!?」 思わず足を止めてしまう。そして静かに壁に体を寄せて聞き耳を立てた。 「それは私が判断する」 そこに別の人物の声が挟まれる。 「瑞祥! 失礼ですよ、兄上に対して!」 シグルーンは思わず身を隠す。兄弟が家の外に出てきた。 「もう、出てきて良いぞ」 赤面するシグルーン。そして意外そうに瑞錬が尋ねた。 「それにしても。人払いをしてあったはずだが、何故ここに来た?」 と、結局渡せず仕舞いだった手紙を取り出した。苦笑する瑞錬。 「……中を見てみろ」 白紙だった。絶句するシグルーン。 「よほど君に聞かせたかったらしいな。あいつの仕掛けそうなことだ」 シグルーンって「いいひと」だからTAOに利用されるよ。 「まあ聞かれてしまった以上仕方ない。……どうするかね?」 シグルーンは躊躇したが、言わねばならぬと思った。 「長く見積もって、あと二ヶ月……いえ、一月半」 瑞錬は目をつぶった。そしてそのまま言った。 「この期に及んで卑怯な振る舞いをする事を許して欲しい。これは私の独り言だ」 息を呑むシグルーン。 「もはや九龍の力ではどうにもならぬ。誰か助けて欲しい。お願いする」 シグルーンは、無言でその場から立ち去った。 その夜。 セイルと少女たちは、既に全員、戦闘の準備を終えていた。 |
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翌朝。一同は朝食前にミーティングを開いていた。 「で、調査結果はどうだったの?」 は〜ああ。器用にも、寝不足のあくびと一緒にため息をつく一同であった。 「……ねえ、後どれくらい時間ありそう?」 出た、お馴染の科白。 そろそろ塾生たちが起きてくる時間となった。 (……ちょっと、シグ?) その時、シルヴィアが小声でシグルーンを呼び止めた。 (どうしたの?) ぽつんと一人残されるシグルーン。 どうしたんだろ、私? 違う、そうじゃない。わかってるくせに。 考えられない。 ガタっと椅子から立ち上がる。 朝日がまぶしかった。 楽しそうに語り合う、セイルとライザの姿。 シグルーンの中で、何かがプツりと切れた。 「セイル、ちょっといい?」 その笑顔には、先日まであった暗さも冷たさも無い。 「大事な話があるの。ちょっとセイルの確認をとっておきたくて」 笑顔で手を振り合う二人。目を背けたくなるほどの嫌悪感。 「……なんですか、話って?」 セイルが何の邪気も無しに笑う。 「ちょ、ちょっと、シグ……んっ?」 自分から唇を求めた。舌を差し出し、彼の唾液を自分から飲み込んだ。 「シグ……どうしたのですか……?」 その瞬間、セイルの瞳に哀れみと悲しみが浮かんだ。 シグルーンは、また自分が愛する人を追い込んでしまったことに気付く。 でも止まらなかった。 シグルーンは彼にしがみつきながら、体を下へと下げていく。 「ん……シグっ!」 自分の頭をつかむセイルの手に、熱いものがこもり始めた。 シグルーンは、幾度と無く絶頂を極めた。 |
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クーロンには、セイルたちのような「怪物退治」の専門家はいない。 セイル・シグルーン・リムリア・ミコの四人が、第一陣として中央本宮の地下に足を そんな怪物の亡骸が、山のように積み上げられていた。 本当に自分たちの力が必要なのか? そう思ったが、この戦果を挙げるために費やさ セイルたちは驚く。クーロン兵の強さに対してではない。 セイルは半ば、怒りと共に言い放った。 この一晩でセイルたちは、クーロンが十ヶ月をかけて挙げた戦果の、実に1/4に相 この四人は正に鬼神の如くであったと、TAO総監の陳瑞祥は報告を受ける。 そのことに対して彼は、何の言葉も発しなかったという。ただ、以後も変わらず彼ら どんな異常事態でも、それが三日続けば日常と変わらない。 彼らが探索に参加し始めて、三週間が経過する。 その日、ついに八つ目の鍵が開かれる。 |
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「そんな無茶な! 危険過ぎるわ!」 リムリアの驚きは、その無茶な作戦ではなく、「セイルの命令」という言葉を使った (今度はあなたなの? 一体どうしたってのよ、こんな時になって……) 言葉を失ったリムリアに声をかけたのはセイルだった。 「お願いします、リムリアさん。ここがクーロンでなければこんな無茶はしませんが、 そう言ってパッティの五人に視線を向けた。五人とも申し訳なさそうな顔をしていた 先に述べたように、ラワンにおける封印の配置はこれまでと大きく異なる。既に三体 ただしこの作戦における真の問題点は、これらと別のところにあった。 これはパッティの五人だけでなく、セイル、シグルーンたち全員に対しても同様だ。 とすれば、魔神攻略に割けるのはわずか三人だけ。 リーダー及び回復魔法のセイル。 この三人だけで、グナガンに匹敵するかもしれない魔神を倒そうというのだ。 「ミコ! あなた、こんなことできると思ってるの?」 すがりつくようにミコにしがみ付いたリムリアだったが。 「わかりません。でも、やってみる価値はあると思います」 口調とは裏腹に、ニヤリとするシルヴィア。セイルは破願した。 「これが最後です。お願いします」 あたしも、私もという声が一斉に上がる。 「ああんもう……なんなのよこのメンバーは! いいわよ、やるわよ! やればいいん そう言ってシルヴィアは、居並ぶじゃじゃ馬たちの顔を見まわす。つられて視線を動 「そうかも、しれませんね」 キャハハという笑い声が場を満たす。苦笑してそれに和すリムリア。 (これなら平気かな) セイルを見た。右にシグルーン、左にライザがいた。 (……あれ?) 何か変なものが見えた。 右。蒼色の情念。 思わず、胸に手を当てるリムリア。ぎゅっと押し付けられたその手に、とある感触が (あ、そうだ) 今さっきの漠然とした何かを振り払い、リムリアはセイルに近付いていった。 「セイル、これ持っていって」 リムリアがセイルに渡したもの、それは小さな白い真珠だった。 |
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準備は全て整っていた。 塾生たちが全員寝静まった深夜。 「ごめんね、さよなら言えなくて」 リンスの漏らした言葉に、思わず涙ぐむ娘もいる。 「せめて館の主人にくらい、礼儀は通してもらいたいな」 全員が、物音一つ立てずに戦闘態勢に入る。 「大変失礼致しました、陳閣下。短い間でしたが、これでお暇させて頂きます」 今更そんなことを言う陳に、シグルーンは憤りを感じた。 「閣下、お分かりのはずです。私たちは必要とあれば何でもすることを。……阻止なさ 睨み合いが続く。 「見た目はそっくりだが、まだまだ母上には及ばぬな」 シグルーンがそのism(イズム)を咀嚼し終わるのに一年を要する。 「……ふふ。最初に言っただろう? 私はただ、見送りに来ただけだ」 立ち尽くすシグルーンを無視して、陳はそうセイルに言った。 「本当にありがとうございました、閣下。ご恩は生涯忘れません」 セイルは深く頭を下げた。下げ続けた。 やがて、館から彼らの気配が全て消失する。 「やっかいな娘を残したな、シルヴァーナ? いつまでも隠しおおせるものではなかろ アーハイムでは穏便に世代交代が済んだと言われているが。 「誰一人として、その誕生を祝福出来なかった子供、か……」 願わくば、我が九龍にとばっちりがこない事を。 (その時まで、手を下す立場に自分がいられるかどうかの方が怪しいな) 九龍のためだなどと口では言うが、我ながら度し難い。 |
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「皇の間」の東壁。扉はそこにあった。 セイル、シグルーンとミコ、そしてライザの四人。 「……これが、昨日のうちにネーナが写しておいた紋章よ」 扉の中央には、ネーナの持つ「火」の紋が描かれている。 「今、これと彼女は魔力の道を通じて繋がってます。あなたたちが魔神を倒し次第、私 いいでしょう、とセイルが頷く。 王家の者が、恐る恐る、宝箱から取り出した鍵を扉に穿たれた鍵穴に差し込んだ。 「下がって! 早く!!」 セイルは彼を護衛の方に突き飛ばし、扉の前に仁王立ちした。 護衛に囲まれながら代表が完全に逃げ切ったのを確認して、セイルは呟いた。 「行きます」 愛用の杖を前にかざしながら、セイルは扉をゆっくりと押し開けた。 「!?」 一瞬、凄まじい光に視界を奪われた。 「四人が始めました! 今です!」 四方の宮に陣どるパッティの四人が結界を強化したのだとすぐに悟る。 ほぼ等身大のカイト神像。 (これが「火」の魔神なのか?) 違和感がある。発する力と気配は、紛れも無く魔神のそれである。 まるでそんな戸惑いを見透かしたかのように、神像から炎の槍がセイルに向かって突 「しまっ……!」 凄まじい速さに避けることもできない。両手を前に組んで顔を覆った。 『バシュウーッ』 セイルは目を疑った。炎が、自分の眼前で蒸気を上げながら四散していたのだ。 「リムリアさんのです! シグルーンさん、今!」 セイルの右後ろから一陣の風が走り抜けた。 「もらった!」 凄まじい剣圧が、神像のまとう炎を全てなぎ払った。 「駄目ーっ! シグルーンさん、下がって!!」 シグルーン自身、何故それが出来たのか不思議だった。 神像の切り筋は、跡形も無く消えていた。 そしてさっきのがぬるま湯に思えるほどの新たな灼熱をまとった神像から、無数の炎 「効かないの? あれが!?」 セイルがリムリアから受け取った真珠を握り締めながら、三人の前方に結界を発生さ 「どういうことですか!?」 セイルは慄然とした。もしそれが本当なら、我々は奴に勝てないのではないか? 「……シグルーンさん。今の、もう一度お願いできますか?」 やけに落ち着き払ったミコの言葉に、ギョッとするセイルとシグルーン。 「無理よ! 今この中に飛び出したら、攻撃前に焼き殺されちゃう!」 ミコはこの時、自分が何を言ったかを自覚していない。 「行きます!」 躊躇する間も無かった。ミコが、これまでシグルーンたちですら見たことの無いほど (やって、くれる!) シグルーンは、まるで自分が本当に風になった気がした。 (戻れるかっ!?) 自分の足元に、なぜかふわっとした風がまとわりつく。 この時やっと、自分の胸元からこぼれ出た青いペンダントが光を発していることに気 「くっ、やっぱり駄目ですか!?」 さっきと全く同じだった。神像にダメージらしきものは全く無い。ところが。 「いいえ、思った通りです!」 今は、光と炎に隠されてよく分からない。 「どうやって、攻撃しますか?」 ミコは懐を探った。そして、ナイフのようなものを取り出した。 「お願い、起きて! 力を貸して!」 黒く錆びたそれに話しかける姿は、いささか滑稽にも見える。でもミコが両手にそれ ズム、と音を立ててミコの体躯から湧き上がる魔力のオーラ。 (この子、こんなに凄い魔力を持ってたの!?) 同じ魔法使い手として、シグルーンはその桁違いの魔力に呆然とする。 「よかった……これで勝てる。シグルーンさん、これで」 そう言ってミコは、自分が生み出した光の剣を手渡してきた。 「私の魔力を込めてあります。あれを切る時に開放してください」 そう神像を見やるミコだが、はっきりわかるほど消耗していた。 「大丈夫? 無理しないで!」 という間にも、ふらっと足元がおぼつかない。 (ごめんなさい、早く、早くしてください……) シグルーンは覚悟を決めた。 「セイル、出来る限り間合いを詰めて!」 セイルがかざす「白」い真珠が、輝きを増したように見えた。 「……まだ! もう少し!」 ミコの肩を支えたまま、ジリジリと前へ踏み出すセイルの後ろをたどる。 「限界です! シグっ!」 シグルーンの手から離れるとミコは、自らの足で床を踏みしめ、深呼吸をする。 ガラスの瞳の奥で、何かが光った。 |
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「黒」い宝石が、全ての光と炎を吸い込んで沈黙する。 三人はそれを、どこか遠くの世界の映像であるかのように見つめていた。 |
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「ありがとう、みなさん」 ライザの声に、シグルーンは目を覚ました。 「……え?」 ライザは、跡形も無くなった神像の台座跡に膝をつき、何かをしている。 「たった今、『これ』の封印が終わりました。あなたたちの役目は終わりです」 すっと立ち上がるライザは、まるで天使のように輝いている。 「本当にありがとうございました。これで、もう二度と、魔神がこの世に現れることは まるで重さというものがないような動作で、ライザは、未だ意識を失って床に伏せた 「『これ』をどうするかはあなた次第です。でももう二度と、こんな苦しいことを続け ライザは、黒色の何かをセイルの手の中に包み込んだ。 「ありがとう。楽しかったです、この一年。二度と人として生きられないと思っていた そう言ってライザは、セイルに優しく口付けた。 「……ライザ、さん?」 その時もう、ライザの体は台座跡の所まで後退していた。 「ライザさん! 一体何を言って……ライザ!?」 突然、ライザの周囲に緑色に輝く光の壁が湧き上がった。 「ライザ、どういうことです! さよならって、一体!?」 (ごめんなさい、セイル……これが、私の、本当の役目なの……) 高くそびえ立つ光の円柱に、突然四方から四色の光の帯がまとわり付いてきた。 (あの子達も発動しました……この四色の光……これこそが『魔神』の実体です) これまでになく幻想的な光景。いつの間にか目を覚ましていたミコと共に、シグルー (ここラワンこそが、実は魔神の最終的な『処分場』なのです) ライザが、悲しげな表情を浮かべる。 (私の紋章は、トラム山地下一階とつながっています。そこに流し込むのです) 「そんな!? それではグナガンが力を得てしまいます!」 ミコの叫びに、ライザはニッコリと微笑んだ。 (大丈夫。『あの体』に、この全てを受け入れる容量はありません) (コードネーム『パッティ』の最終段階なのです) そこに、ミコの更なる叫びが投げかけられる。 「ちょっと待ってください! ではライザさんはどうなるんですか? それほど巨大な ライザは答えなかった。なぜなら既に、その答えをセイルに告げていたから。 「ライザ、ライザ! 出てきてライザ! 止めるんだ!」 (ありがとうセイル。本当に嬉しかった。私を目覚めさせてくれたのがあなたで) 「止めてください! あなたはまた、またしても私を置いて行ってしまうのですか!」 (ううん、セイル? 人の別れなんていつどこで起きるか誰にもわからないわ。だから 「違う、違う! あなたがしているのは結局、自分一人が犠牲になればいいなどという (セイル? あなただってこの前、自分を犠牲にして私たちを護ろうとしたじゃないで 「じゃあ神様ならいいんですか!? 神様なら、誰か一人を犠牲にして他の人が安穏と (……あなたは、本当に昔から、変わらないのね) 「ライザ……お願いだ、もうこんなこと止めてください……」 (でも嬉しかった。あなたがあなたのままで。……心配しないで。私は、いつまでも、 「またなんですか……私はまた、あなたを自由にすることができないんですか?」 (私はいつでも自由ですよ。あなたが気付いていないだけ……) 「ライザ、ライザ!? 嫌だ、行っちゃ嫌だ! ライザ、ライザ『姉さん』!?」 (ありがとうセイル……あなたに、また、逢わせて、くれて……リー、ス……) 「姉さん!? ねえさーーーん!!」 緑色の円柱は、凄まじい光の渦となって地の底に飲み込まれていく。 「あ、ああ、ああーっ、わあああーーーっ!!」 あまりに呆気なく、それは終わった。 まるで、ひと一人がこの世からいなくなったという事実すら残っていないかのよう。 その時だった。 「セイル=W=フェルナンデス、シグルーン=フレグランス、そして春日弥呼」 シグルーンとミコは、悲しみに浸っていることも許されない自分たちの状況を知る。 「大人しく連行されれば良し。さもなくば、この場で処分せよとの命が出ている」 四人が発する気は、クーロンで出会った人物中最大のモノだった。 「お前たちの行動次第では、他の場所にいる仲間たちの対応も変わるとの仰せだ。返答 全く、どうしてこういう時に同じような事しか言えないんだろう? 「セイル=『ウォルサム』=フェルナンデス! 返答はいかに!?」 セイルの背中が、ビクンと震えた。 「……静かに、なさい」 その時のセイルは、シグルーンでも止められるかどうか疑わしい、一匹の獣だった。 「……シグ、ミコ、行きますよ」 二人は返事をしなかった。ただ、辺りに散らばる血溜まりと肉塊を見ないようにする |
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クーロン脱出は、やってしまえば簡単だった。 裏で瑞錬と陳塾の塾生たちが協力してくれたのも見え見えだったが、それ以上に九龍 後日、弟は兄に言ったという。 『不可能なことをしようとしても無理だと、ようやくわかりましたよ』 もしシルヴィアがそれを耳にしたらこう言っただろう。 『あなたたち全員、サンダース教授の所に手伝いに行きなさい』、と。 セイルたちはラワンから幾つもの川を下って南の海に出る。 テホンに辿り着くまで、およそ二週間を要した。 それは、この仲間たちにとって今度こそ本当に訪れた、別れの始まりでもあった。 ファローラは、獣人の森に残ると言った。 アルブルズを越えた直後、ルーは別れを告げた。 北と西への分かれ道で、一人西に足を踏み出したシルヴィアが言った。 中央山脈を縦断中、ミコとアルピナが別々の方法へ去っていった、 ショートラムとライザッハへの分岐点で、最後の別れが待っていた。 リムリア、ジーマ、アリーヌ、そしてエリスンのショートラム組。 この十人が、まるで様相の変わったショートラムに帰り着いたのは、最後の魔神攻略 あの日、ショートラムではとてつもなく巨大な地震が起こったという。 霊峰と呼ばれるトラム山が、半分ほどの高さに潰れていた。 トラム山内の洞窟の全てが失われ、最上階の神の間に行く術も失われた。 それほどの天変地異でありながら、ショートラムの町には一切の被害が無かった。 やがて少女たちは、この町での日常に戻っていく。 エリスンには程なく、アーハイム王立大学から推薦入学の許可が届けられた。 パッティの四人は巫女として、セイルと共に教会で暮すことになった。 そしてシグルーンは、リムリアの宿に逗留しながら、この町の復興に助力した。 全ては終わった。 そう。終わろうと思えば、ここで終われたのだ。 |
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『セイルは、どうしました?』 ガタン。 「随分、面白そうな話だね。マーティス『様』?」 『……マーティス、どうして?』 《第一章》了 2001.4.15 The First Chapter, 4th Story : |