| 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 〜〜 第一章 〜〜 〜 第三話 〜 「伝説の残照(タマシイノショウゾウ)」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 |
|
大陸中央を横に貫く、広大なアルブルズ山脈の合間を北から南へと縦断し、南方密林 「……どうやら、彼らのテリトリに侵入したようですね」 そんなセイルのつぶやきに、続く少女たちも苦笑いしながら一応警戒態勢を取る。 「ニャッ」 ピョンと跳ねるようにセイルの前に出たファローラは、前方の森に向かっていきなり 「○×△□○ーッ!」 呆気にとられる少女もいるが、幾人かは表情を緩めた。 「大丈夫。ファローラさんのお知り合いです」 獣人族の言語に少しは造詣のあるエリスンやシルヴィアならともかく。 ミコの言葉を裏付けるように、前方の森の中にある幾つかの気配から殺気が失せた。 それは少年、というよりは青年のようだった。 最初は警戒の風を解いてはいなかったが、先頭にいるファローラを認めると、走り出 親愛の情を示すように頬を擦り付けるファローラ。困った顔をしてはいるが、やはり どういうリアクションをすればいいのかと、困ってしまうセイルたち。 でもだからといって、彼らに気付かれないように近づいてくる気配に気付かないほど 「ようこそ獣人の森へ、人の子よ」 獣人族の首領たるライオン族の長、ファローラの祖父である彼は、流暢な公用語でそ 「はじめまして、私はセイルと申します」 こうしてまた一つ、予言が成就した。 |
|
百年ほど前まで、南方は「人」の世界ではなかった。 大雑把に言って、この大陸は横倒しの菱形を成している。 肥沃な大地に商工業の盛んな、アーハイムなどの諸国家が乱立する西方世界。 古代には幾つもの先史文明が存在したともいわれ、現存する亜人種たちはその末裔だ それは、未だにこの地が、完全なる人の世界との融合を果たしていないことにある。 今から百年前。この地を訪れた一人の冒険者が、とある獣人族との交流を持ったこと 従来、彼らは一意に「怪物」として扱われてきた。 それゆえに今日現在においても、彼らとの接触を拒む人々は少なくない。それは嫌悪 人間社会の運営原理の根本、経済的欲求からである。 これまで大陸における交易流通は陸路に頼らざるを得なかった。特に東西間の交易は 流通学の常識だが、陸路よりも水路(海路)の方が流通量、早さおよびコストの面で 太古の先史文明時代は定かではないが、歴史に残された数百年の間、幾度も「人」は ところが百年前、ひょんなことで彼らとの交流が成立した。当然の如く、彼らと協力 だが未だに、この地方は交易の中心地とはなっていない。 理由は幾つもある。水路の成立に伴うように跋扈しはじめた海賊たちの存在。技術の 一時期、なだれ現象のように深まっていった彼らとの交流も、一世紀を経た今となっ 獣人の側も同様である。再び自らの社会に閉じこもって、純血を護ろうとする種族が 今でも南方水路はかろうじて運営されており、将来の豊かな可能性が約束されている 人も、そして獣人も。 そう、この時は。 |
|
「ここが、そうですか?」 セイルの問いに長が答えた。続く少女たちからも小さな歓声が挙がる。それほどこの 今彼らの眼前に存在するのは、2〜3キロ四方の径を持つ中規模の湖である。その北 この湖自体が一個の生命体ではなかろうか? 「『テホン』、我らの言葉で『神々の泉』という意味じゃ。ここの他にもあと六つの泉 考古学者ではあるが、いやだからこそかもしれない、シルヴィアは多大な興味を引か 「あの……質問してもよろしいですか?」 そう長に尋ねたのはミコだ。いぶかしげな表情を浮かべた長だったが、彼女の視線の 「ふむ……そう、あれこそが真の聖地。祭壇の間じゃよ」 二人が見つめているもの、それは湖の中央にぽつんと存在する小島だった。直径わず 「ではセイル殿、そしてファローラ。かの地に向かいますぞ」 長と二人、計三人のみを乗せた小船がその小島に向かうのを、湖畔でじっと見つめる 「……聖地、ね。なんとなく違うような気もするんだけど」 エリスンの呟きにリムリアが反応した。 「どういうこと?」 シルヴィアがパッティの少女たちを振り返ると、ココリコが手を上げていた。 「うん、あたしの方」 ココリコが服の裾をちらりと持ち上げる。太股に刻まれた例の紋章がにぶい光を発し 「ふ〜ん。ってことは、あの小島の地下にまた迷宮でもあるの?」 答えたのはミコだった。 「あの小島から物凄い力を感じます。もしかすると、島自体が魔神かもしれません」 そう言ったのがココリコだったことが、少女たちの緊張を高めた。 「何かの力で封印されてるけど、あの気配は間違い無いよ。あれが第四の」 そう言ってまっすぐ小島を見据えるミコ。 |
|
「困ったことになった、のかしらね?」 う〜ん、と少女たちは腕組みをして悩む。 彼女たちの視線の先にあるのは、小さな赤い宝石。 二人は揃って穏やかな表情を浮かべ、気持ちよさそうに小さな寝息を立てている。 だが、このままではそれを確かめることができない。 「しかし、まさか魂を抜かれるなんてね」 少女たちは、二人の傍らに置かれた濁った赤い光を見つめる。 長はこれを、『絆』と呼んだ。 滅亡の危機に瀕した、獣人社会を導く救いの星であると。 |
|
四百年ほど前のことである。 テホンを中心に存在する、七つの神の泉。 更に百年もすると、幾つかの泉はほとんど干上がったも同然の状態になった。それに すなわちそれは、獣人たちの生活基盤の喪失を意味する。 彼らも彼らなりの対策を講じはしたが、水位低下の原因がわからない以上、効果的な 自らの存亡の危機に対し、一致団結して事にあたるのではなく、お互いを相食むこと やがて、七つの泉のうち三つまでが完全に干上がるに至る。聖地のテホンを含む比較 『彼』が密林を訪れた。今から百年前のことである。 『彼』は、どこでそれを知ったかは不明だが、聖地テホンに眠るという神器を求めて 『彼』は人間としてはじめて、テホンの中央の小島、祭壇の間に足を踏み入れる。 無論、パッティの封印の四、ココリコの持つものと同じ文様である。 そして『彼』は、それが当然であるかのように、付き添いの獣人たちの制止を振り切 まるで、杖か剣のようなものを納めていたと思われる窪みである。 自分は、強大な力を持つ武器を探している。 獣人たちは狂喜した。それこそ自分たちを救う手掛かりだと。 そして『彼』は森を離れる。獣人たちから聞く事のできた幾つかの聖地の謎と共に、 だが今一つ、人間社会には知られていない後日談があった。 数年後、『彼』は再び森を訪れる。 『彼』は死病に犯され、明日をも知れぬ身の上だった。 彼は獣人たちが見守るベッドの中から、息も絶え絶えにこう語った。 自分は、失われた『それ』に出会った。 『彼』は『それ』が眠る土地の名を獣人たちに残し、この世を去った。 その後、獣人たちが救いの『絆』を手に入れるまで、百年近い時が必要だった。 そう。テホンの祭壇にある紋章の石版に、セイルとファローラが手をかざした時。 |
|
「私は絶対に行く必要があるわ」 最初にそう叫んだのはシルヴィア。 「アドレイアには調査で行ったことあるし、知り合いもいるから何かと便利だしね」 何でこんなこともわからないのかと、シルヴィアはため息をつく。 「ここには『魔神がいる』のよ! 今はどうやら封印が生きてるみたいだけど、もしも シグルーンは言葉を失った。反論できない、全くその通りだからだ。 「無論、アドレイアでも何が起こるかわからないから、それなりの戦力で向かわなくち そして討議の結果、パーティとしてのバランス、デリケートな状況に対応できる人材 リーダー兼案内役としてシルヴィア。 そもそも主力二人が眠っている状態で、これ以上の戦力を割くことはできない。残留 「時間が無いわ。もう今日中にでも出ないと」 その疑問はもっともだった。すいと手を上げたのはエリスン。 「これは仮説だけどね」 皆が彼女を注目した。 「みんな気付いてたかな? あのテホン、もうかなり干上がって浅くなってたって事」 なるほど、と皆が納得する。だが即座に声が上がる。 「じゃ、水がこのまま干上がったら!」 一同の表情の深刻さが増した。 「あたしたちの責任は重大ね。どれだけ早く『それ』を回収して戻ってこれるかが勝負 そしてシルヴィアはシグルーンに向き直る。 「じゃ、後のことはお願い」 そんな二人の会話の傍らで、ライザがミコに歩み寄っていた。 「……ミコさん」 ミコにとって、その言葉は心に残るものではなかった。 (でも、そう出来ることこそがあなたの力なのですよ) ライザがそう言っている事をミコは理解していない。 |
|
アルブルズ山脈北麓、山並みを挟んで丁度テホンの反対に位置する町、アドレイア。 だがこの風光明媚な地が獲得したのは「名勝」という高名ではない。 かつてこの地は、南のテホンと同じく幾つかの小さな湖が点在する、本当の意味での だがその繁栄は、五百年ほど前のある日、突然終わりを告げた。 地の底から、突き上げるような鳴動と共に襲い掛かった大地震。 何故それが起きたのか? 誰も知らない。誰にも分からなかった。 そしてこの地は人間の罪の象徴として、禁断の地、呪詛の町となる。 まるでそれを証明するかのように、この地では未だに死人が絶えない。というのは、 呪いは、神の齎すものか? もしもこの地が悪名を払拭できるなら、その答えも導かれように。 |
|
「お久しぶりです、教授」 ミコたちは、これほど情けない顔をするシルヴィアを初めて見た。 チャールズ=サンダーズ教授。その筋では有名な考古学者。 「でも学者としては超一流なのよ」 リビングに入ってきた人物の姿を見て、少女たちはお茶を啜る手を止めた。 「初めましてお嬢様方。私、流浪の吟遊詩人、ジャン=オーレリアと申します。どうぞ どう見てもそれ以外には見えない、間違い無く吟遊詩人の格好。 「こんな町で他に泊まる所も無いでな。宿代代わりにワシの手伝いをしてもらっとる。 シルヴィア以下、全員呆気にとられる。 「ありがとうございます。しばらくお世話になります」 シルヴィアは思わず居住まいを正した。 「あの〜、教授?」 と言って、ずっとニコニコ顔を続けるジャンを指差した。 「狭い家で悪かったな! それに男の人って、ワシも男だぞ?」 と、割り込んできたのは当のジャン本人。 「何が大丈夫よ?」 女性陣全員の顔がハニワになった。 「ほ、ほほほほほほほ、ホモ!?」 ティロルの叫びに、やっぱり笑ったまま答えるジャン。 「おカマではありませんよ」 どう反応せいってのよ(笑)。 「もしかして……お二人……」 なんだよ美中年って、なんだよ萌えって(苦)。 『おいおい、とんでもないトコ来ちゃったよ』 まあシルヴィアとて、一人は覚悟してても二人になるとは思ってなかったけどね。 かくして、伝説の地での多種多様(笑)な苦難の日々が幕を開けた。 しかし真に彼女たちの命運を左右したのは、この小さな出会いそのものだった。 |
|
「へえ凄〜い、よくこれだけ調べられたね」 ジーマの感嘆の叫びに、まるで自分のことのように胸を張るシルヴィア。 「一応誉め言葉と受け取っておくが、これでもまだ全体の二割にも満たんよ。そもそも サンダーズ教授の解説は、感嘆ではなく嘆息を呼んだ。 「ふへえ……そんな広い所から『それ』の沈んでる場所探せっての? 勘弁してよ」 そんな会話の脇で、ミコが教授に話し掛けた。 「あの、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」 ぺこりと頭を下げるミコ。 「教授が初対面の『生徒』の名前を覚えておくなんて言ったの、初めてだわ」 くすっと、二人は声を立てずに笑う。 「ミコって、どこまで凄くなるんだろうね?」 ジーマの疑問に応じるシルヴィアの瞳には、小さな嫉妬が浮かんでいた。 |
|
「今でもこんな所が残ってるんですね」 広大な湿地帯の北辺に位置する、今日のアドレイア市街。 湿地沿岸から近く、まだ安全地帯が多いこともあって、この廃墟は昔からアドレイア 「資料によれば、ここは『北老』の館の一つだったらしいぞ」 ジーマと教授の会話が耳に入らないわけではなかったが、ミコは周囲に広がる寂しい (なんでこんなに切ないのだろう?) ミコは、自分が人であると知っている。 そして同時に、人には決してできないことも知っている。 今、自分の目の前に広がるのがまさにそれ。 「時」という超越者。 「『奢れる者も久しからず』、とは言うけど」 いつの間にか後ろに控えていたシルヴィアの呟き。 「こうまでされなきゃならないような、一体どんな罪を犯したんでしょうね、この人た その言葉に、意外そうな表情で振り返るミコがいた。 「罪、ですか?」 シルヴィアは呆気にとられる。 「どうしてそう思うの?」 そう言ってミコは膝を着き、足元に転がる何かの破片に手を伸ばした。 『乙女の見るはまほろばの夢 シルヴィアはその声の主を睨み付ける。 「……なんであなたまでここにいるのよ?」 ちゃっかり一同に紛れ込んでいるジャン。一端の吟遊詩人らしく美しい声と旋律では 「だったら教授のそばにいなさいよ。あたしたちの邪魔しないで!」 苛立ちを隠さず、シルヴィアはその場を離れた。 「どんな声が聞こえますか?」 ジャンは目をつぶって首を横に振る。 「あなたの言うことは正しいですよ、ミコさん。でもそれは傲慢というものです」 ジャンはポロンとリュートを鳴らし、突然唄い出した。 『言葉言の葉木の葉の言葉(ことば ことのは このはの ことば) 首をかしげるミコに、ジャンはこう言った。 「ただの早口言葉ですよ。吟遊詩人足るもの、こういう技がないとね」 ジャンはリュートをBGMに奏でながら、廃墟の奥へと進んで行く。ミコはなぜか、 壊れた扉の跡らしき場所を過ぎる。 「間取りからして居間だったのか応接間だったのか。ほら、暖炉の跡があるでしょう? ジャンの指差した四角い石窯に指を触れる。 「ねえ、この壁を御覧なさい。何か掛かっていたようなあとがありますね? きっと館 ミコにも、まるでそれが本当にそこにあるように見えた気がした。 「お詳しいですね」 壁の真下、少し盛り上がった土くれを蹴飛ばすと、そこから二、三の棒のようなもの 「ほら、多分これは斧ですね。刃の部分は全部錆び落ちちゃったみたいですけど。木で ミコも同じように、その一つに手を伸ばした。 「ほう、西のものではありませんね。その作りは東方の『刀』と言う奴ですよ」 ミコは、彼女にしては軽挙と言えたかもしれないが、ふと鞘から刀を抜き出した。 「ああっ、駄目です!」 一瞬ざらっとした手応えを感じると、現れたのは鋼色の刃ではなかった。 柄と鞘を呆然と握り締めたまま、ミコはジャンを見上げた。 「……斧も刃が錆び落ちてたでしょう? 何百年も手入れをしない剣は、例え鞘の中に だが何故かミコは動かない。ジャンがどうしたのかと疑問に思った時。 「可哀相なことをしてしまいました」 ジャンはやっと、ミコが刀に対して謝っているのに気付く。 「くくく……やっぱり、面白い人ですね、あなたは」 それに対し、ジャンは急に表情を消して応えた。 「そう思っているかもしれませんよ?」 ミコは頷けなかった。 (傲慢になっているつもりはありません。でも……) ミコは改めて力を込め、その柄を握りしめる。 |
|
翌日から、彼女たちの湿原探索が始まる。 範囲が広いこともあり、二手に分かれての行動となった。 「ごめんね。どうもあたしあいつと相性悪くて」 そうシルヴィアはミコに頭を下げたが、ミコに否は無かった。 二班にはジャンも同行していた。最初は拒んだのだが、教授の強い推薦があったため 「こいつ、優男だが結構できるぞ。伊達に一人で世界中旅してきたわけじゃないみたい シグルーンの例もある。吟遊詩人でそれなりの戦闘経験を持つ者は確かに多い。だが だが、心配は杞憂だった。 湿地帯を熟知しているということ。 時間的余裕のない彼女たちにとって、ジャンの経験は極めて有用だった。 これにより、湿地探索それ自体は順調に進んだ。 理由は明白である。そもそも彼女たちには『何を探せば良いのか分からない』のだ。 獣人たちの言う、『彼』の出会った『それ』。 何も分かっていないのである。 結局、全てが行き当たりばったりなのだ。 無理ではないだろう。かろうじて無茶と言える愚行だ。 しかし。 「結局この一年の間、あたしたちのやることは全て同じってわけよ」 時間との勝負。 疲労と失望に満ちた日々。 |
|
「ああ、ミコ君!」 いつもと同じ、何一つ成果のない一日の終わり。 「何でしょうか、先生?」 何で私に、という素直な疑問が顔に出たのだろう。教授は笑った。 「結構面白い品でな、こういう物を発見者の了解無しに発表するのは仁義に欠けるのだ 二人はそのまま奥のリビングに向かう。 そこには、10センチほどの細長い鉄の棒があった。 「刀の中子(なかご)だ」 ミコは未だに赤黒い錆びの残るその鉄片を手に取った。 「不思議なことに、その中子には何一つ文字の刻まれた痕跡がない。ただ一つ、その中 それはミコにも分かっていた。思わずその穴を覗き込んでしまう。そしてその先に教 「知り合いの刀鍛冶に聞いてみたのだがな、普通こういうことはありえないそうだ。も そこでわざわざ一息入れる教授の表情に、思わず引き込まれるミコ。 「祭祀用の物であるかのどちらかだそうだ。まれにそういうのがあるとな」 ミコは、どう応えて良いのかわからなかった。 「君は、東方の出身かね?」 やはりな、と教授は笑った。 「東の大国、クーロンの先にあるという小さな島国の伝説を聞いたことがあるかね」 ミコは思わず、ビクっと体を震わせた。 「この世界の東の果てにある、現人神(あらひとがみ)の棲むという島国の伝説。そこ ミコはうつむき、顔を上げられない。 「国を治むるは、天より降りし神の血を引く神子(みこ)の一族。あまてらす(天照) そして教授は、ミコをじっと見つめた。 「君はもしかしたら、その国の出ではないのかね?」 しばらくの沈黙の後、ミコは搾り出すように声を発した。 「私には、わかりません。……確かに祖母は、一度だけその話を私の幼い頃にしてくれ 教授は、まるで答えを知っているかのように問い掛けた。 「変な話だね。光が消えれば闇だけになるはずなのに」 ふむ、と頷き、教授は再度ミコに問うた。 「では、なぜそれが恐ろしい体験だったのかね?」 ミコは一度視線を逸らし、けれど思い切ったように教授の目を見据えて言った。 「自分もまた、消えてしまいそうな気がしたからです」 教授は、まるで愛娘を見るような優しい表情で解した。 「つまりその後君は、祖母君との約束を決して破らなくなった、ということだな」 ミコは思わず頬を赤らめ、うつむいた。 「君は良い環境で育てられたようだ。良き肉親との良き関係……世の中には、なかなか なんと直接的で、正直な申し出であることか。 「わかりました。私でお役に立てるのでしたら」 そしてなんと率直な応対であることか。 間違えてはいけないが、彼女は無知でも無邪気でもない。 これを無敵と呼ばずしてなんと呼ぶか。 |
|
更に一週間が経った。しかし何一つ進展はない。 それは、そんな失望に満ちた、満月の夜だった。 |
|
リュートの奏でる軽快なリズム。 ジャンの演奏に合わせて、月明かりの下で楽しそうに踊るリンスとティロル。 それをジーマは楽しそうに、シルヴィアは苦笑しながら見つめる。 一同は、例の北老館跡に来ていた。 疲労が溜まっていたこともある。 『少しは歳相応に遊んだらどうだ?』 教授の助言を容れたのは、半ばやけくそになってのことかもしれない。 思わず踊り出したくなるくらい。 となればジャンの出番。 あまり無茶をするタイプでないとはいえ、リンスもティロルも陽気の性。 この様子を見れただけでも、教授の言を容れたのは正解だった。 楽しげなメロディが終わりを告げる。 「ねえ、踊ろうよ! ジーマもミコも!」 苦笑しているが固持している感じではない。それを察したリンスが、半ば強引にミコ 「さあ、いこ!」 歳だからというわけでもなかろうが、シルヴィアには声をかけるものがいなかった。 ジャンが次の曲を奏ではじめた。前曲とは違い、今度はテンポのゆったりとしたバラ 少女たちも一瞬戸惑いはしたが、決して特異な曲調ではない。 しばらくして、全員の視線が一点に集中する。 それは、神秘的という言葉以外では表現できない踊りだった。 東風のゆったりとした上着を纏う少女の動き。 曲が終わっても、誰も何も語ろうとしない。 皆、ただただ圧倒されていた。 赤面しながらシルヴィアの所に戻ってくるミコ。 「……ねえミコ。あなた、幾つになったのかしら?」 その突然の問いは、でも不自然ではなかった。 「……先日、十七になりました」 はあ、とため息のシルヴィア。 「あなたはもう、『一人ぼっち』になることは無いのね」 そう微笑む少女は、とても十七には見えない。 十四の頃。この少女はか弱い、というよりもひ弱な子供でしかなかった。 (『童の刻は語る事も童の如く。大人に成りては童の事を忘れたり』、か……) シルヴィアは、今度こそ本当にミコに対して嫉妬心を抱いた。 「ねえミコ、付き合わない?」 そう言って取り出したのは、ラム酒のボトルと小さなコップ二つ。 「わ、私、お酒は……!」 押し問答の挙句、結局ミコは盃を受け取ってしまった。 「本当に大丈夫だってば。そりゃ酔いはするけど、量さえ間違えなければ、ね?」 仮にもシグルーンと並ぶ薬餌の専門家である。ミコとて酒の効能は知っている、が。 「結局いつかはたしなむ事になるのよ。こうでもしなきゃ踏ん切りつかないでしょ」 そう言ってシルヴィアは自ら盃をあおった。カップ半分ほどを空け、ふうっと息を吐 改めてカップを見つめるミコ。そして意を決し、ついにそれを唇に運ぶ。 ぎゅっとつぶっていた瞳が、まるで騙されたような色をたたえて開かれる。 「どう?」 よかった、というシルヴィアの顔に安堵したのか。ミコは、今度はそれを楽しむよう 「もう一杯、よろしいですか?」 シルヴィアは内心ニタリとする。 そして10分後。 信じられないことに(お約束かもしれないが)、ミコは酒乱だったのである(爆)。 「うふふふ、ふふふふ」 正直、最後まで書き続けてみたい気もする(笑)。 ぽとり。 「うふふ……うん? なんですかあ、これ〜?」 にぶい紅色に輝く小さな石。獣人たちが『絆』と呼ぶもの。 「あ〜、セイルさんだ〜。ファローラさんもいる〜」 注意が自分からそれて、やっと一息つくシルヴィア。そして今のミコにこんな大事な 「こらぁ、いつまでもかくれてないで、さっさとでてきなさ〜い!」 そしてようやく、違和感に気付く。 「セイルさ〜ん、じかんですよ〜」 ぺたっと膝を地に付いて、ミコはそれを高く掲げる。 まるで、誰かに話しかけるように。 「じゃあ、おめざめのきす、いっきま〜す!」 そう言ってミコは、その小さな紅い石を、同じく紅に染まった唇に触れさせた。 |
|
レーザー発信という物理現象がある。 光電効果の連鎖発生を促し、その特定方向の光線を選別増幅することで、極めて同期 この時、ミコの手から発した紅い光が同じ現象であったかどうかは不明だ。だが。 酩酊によって制御を失った、強大なミコの魔力。 この三者が協調して生み出した光線が、『絆』の到来を求める『それ』に反応し得た 尤も、それに気付いたのは実際に謎が解けた後だが。 相も変わらぬ行き当たりばったり、結果論的な進展ではある。 |
|
「結局、ここなわけね」 ジーマとシルヴィアが、地図の一点を見つめる。 未だ安全地帯が発見されておらず、どうなっているか不明の、白紙のエリア。 確かに、いかにも、という場所であったため最初から目星を付けてはいた。 しかし。 「本当に、間違い無いのよね」 そう言ってシルヴィアはミコを見やった。 「わかった。……だとすれば」 そこに割り込んできたのはサンダース教授。 「あの説を信じておるのかね、シルヴィア君?」 二人は奥の間に姿を消す。 「……でもまあ、怪我の功名というか。ミコ、お手柄だったね」 照れを隠すようにジーマが笑う。 「少なくとも、どこにあるかは判ったんだから」 リンスにも久しぶりの軽口が出る。そう、これでなくてはね。 「どしたの? まだ何か心配事?」 苦笑するミコ。確かにそういう所もあるらしい。 「最近……」 ミコは自覚する。そう、自分も同じなのだと。 昨晩シルヴィアに言ったことに嘘は無い。でも、愛しい仲間たちの存在を自分の一部 「私は、卑怯な人間なのかもしれません」 自分が人に依存していると自覚すること。 似て非なる両者のバランスを取るのに必要なのは。 「ずるくて、良いんでしょうか?」 妥協なのだろうか? そうじゃ無い気がする。 「それが『大人になる』ことなんでしょうか?」 そうだ。今更何を言っているのだ? 「ねえみんな、今後の相談なんだけど」 シルヴィアが幾つかのメモを持って戻ってきた。 ミコは、やれることをやろうと、改めて心に誓った。 |
|
かつてアドレイア市街の中心部には、巨大な塔があったという。 無論、事実上議事は四老中の制御下にあった。そして大老の。 五大老の施政は、まず賢明と言えるものであったらしい。 ただ世の常ながら、独裁に対する大小の不満は存在した。 しかし、五大老はその全てを鎮めるのに成功した。 四老中の私邸と、大老の座す中央塔。 未だにその事実は証明されていない。 その有力な証拠となる場所を、既にサンダース教授は発見している。 そして驚くほど呆気なく、地下への入り口を見出す。 あの満月の夜からわずか五日。 |
|
「で、シルヴィア? 東はどうだったの?」 一同は、お互いを見渡してその先の言葉を読み取った。 全員が、数百年誰も踏み入ったことのない地下道を行き来したために埃まみれの状態 「結局、力づくになるわけね」 その後交代でシャワーを浴び、人心地ついたところで皆リビングに集まった。 「……さて。今日の所で進んだのは、お互いこの辺りまでね」 東から進入したシルヴィア班と西からのジーマ班は、既に大雑把な地下通路図を作成 「今日のペースなら、どっちもあと半日で中央部に到達できるね」 うん、と全員が頷く。 「いやはや、今日はお疲れ様でした。お嬢様方?」 シルヴィアのヒステリー。よほど性に合わないらしい。 「こっちは遊びじゃないんだってば! ジーマたちに迷惑かけなかったでしょうね?」 その場を取り繕うように、ジーマが答えた。 「シルヴィア、そんな言い方は悪いよ? 結構助けられたんだから、あたしたち。ねえ それでも毒づきを止めないシルヴィア。皆が苦笑する。 ジャンの職業は吟遊詩人である。先にも述べたが、それなりの戦力ではある。 『復歌』。歌とメロディの持つ慰労・高揚作用をもって、仲間の行動力を倍増させる 「すいません、気になさらないで下さい」 珍しくミコが前に出る。するとシルヴィアもジャンに対して口を噤んだ。なにせ先日 「……全く、だんだん可愛げが無くなっていくよね、ミコって」 楽しそうに微笑むミコ。そう、ここでこういう風に笑えるようになったのだ。 「それではジャンさん、明日もよろしくお願い致します」 ジーマが天井を見上げて呟く。 「そっか。上手くいけば明日で終わりなんだね」 おやおやと苦笑いのジャン。 「構わないけど、明日に響かないようにしてよ? 何が起こるかわからないんだから」 皆が一斉に笑い合う。いい意味で緊張もほぐれているようだ。 きっと明日はうまくいく。 |
|
「よし、これで終わり! ミコっ、お願い!」 複雑に組まれた指先が、ジーマの矢によって動きを止められた怪物に向かって突き出 「ふう……ちょっと手間取ったね。でもやっとだよ」 怪物の後方には、身の丈をわずかに超える大きさの鉄製の扉があった。 「もうシルヴィアたち、到着してるかもしれない。急ごう」 まだ煙を上げる黒い塊を興味深そうに覗き込んでいたジャンが、未練有り気にミコの 「……さて。一体何年開いたことなかったのかしらね、この扉?」 ジーマがその取っ手に手をかける。勿論開かない。 「いっそ、壊すしかないかもね」 となると、ミコの魔法の出番。 「……いけない!」 その叫びと同時だった。凄まじい地響きが彼らに襲い掛かった。 「きゃーっ!」 地下通路の壁面に、幾つもの亀裂が走った。あちこちで石壁が剥がれ落ちる。 「落ちついて! まだ大丈夫!」 ミコの叫びが二人の耳に届いた時、振動もまた嘘のように静まっていた。 「……一体、何が起こったのよ?」 その時、再び大きな轟音が襲ってくる。 破壊音と共に、扉が向こう側から吹き飛ばされてきた。 「……あっ! ごめんジーマ!」 その声はシルヴィアだった。後ろにリンスとティロルもいる。 「え……何、何なの? さっきのあれ、シルヴィアたちなの?」 勝手に、今ジーマたちがやってきた通路を戻って行こうとするシルヴィアたち。 「封印が解けたんです」 走りながら叫ぶシルヴィアの手に、1メートルほどの木の杖が握られていた。 「ええっ? それがそうなの?」 そうジーマが叫ぶのも無理はない。どうみても、どこにでもあるようなただの杖にし 「向こうの通路の出口に地上への階段があってね。その上に白いお墓があったの。で、 教訓。悪いことを予想するとその通りになる。 「やばいっ! みんな、急いで!?」 全員、壁に身を打ちつけながらも必死で前に進もうとする。 「この先! あと曲がり角二つっ!」 ジーマが先を行くシルヴィアたちに叫んだ、その時だった。 「駄目ーっ、ミコ急いでぇ!」 ジーマはそう叫ぶのがやっとだった。何とか自分はその中をくぐり抜けることに成功 「しまった!」 後ろを走っていたミコと、殿(しんがり)をつとめていたジャンが取り残された。 「シルヴィア! ミコが!?」 ジーマは口を噤んだ。シルヴィアの唇と手が硬く震えていたのだ。 「大丈夫、ミコだもん。あの子ならきっと大丈夫」 ジーマもまた、自らをシルヴィアと同じ位置に置いた。 「急ぎましょ。ここだってそんなに保たないわ」 二人は振り返らず、先へと進む。 そして。 「……皆さん、先に進んだようです。よかった」 先を閉ざされた地下道の中で、ミコとジャンが言葉を交わす。 「魔法で……吹き飛ばすわけにもいきませんね」 ミコはぎゅっと唇を結ぶ。 自分の持ち物を確かめる。何か使えるものは? 「……あ」 あの中子だった。教授に頼まれて持ち続けていたものだった。 もしかしたら、何百年か後に、自分もこんな形で発見されるのかな? 「諦めてはいけませんよ。そうでしょう?」 思わず振り返った。ジャンが優しい瞳で見つめている。 「チャンスは一度だけです。魔法をお願いします」 ジャンは微笑んでいた。そして真剣だった。 ミコの心から一切の騒雑物が消え失せる。 手の中に、中子を握り締めた。 瞬間。 (ジャン、さん?) ジャンがミコの体を抱きかかえたまま、『魔法と同じ速度で走っていた』のだ。 この時、自分の手にジャンの手が重ねられていたことに、ミコは気付いていない。 まるで永遠とも思える時間が過ぎたように感じたのもつかの間。 「さすがですね。素晴らしい魔法でしたよ」 後ろを振り返る。 「もうここは駄目です。急ぎましょう」 ジャンに促され、ミコは何も考えることの出来ないまま、出口へ向かった。 数分後。 地上に這い出てきたミコを、号泣しながら抱きしめるシルヴィアとジーマがいた。 |
|
「それじゃ教授、本当にお世話になりました」 翌日、少女たちは既に旅立ちを迎えていた。 昨日の一件の直後から、付近には小さな地震が頻発するようになっていた。震源を探 「恐らく向こうでも封印解除の余波が影響してるんでしょうね」 魔神の活動が頂点に達しつつあるのは明らかだった。そのため、彼女たちは時間短縮 「アルブルズを、越えるしかないね」 昨日の午後は、山越えの準備で過ぎてしまった。特に、シルヴィアがサンダース教授 「何でこんな時にそんなことしてんのよ、シルヴィア!?」 何はともあれ、翌早朝。 「先生。これ、お返しします」 そんなこんなのやり取りが慌しく過ぎ、呆気ない別れの時が過ぎる。 「では教授、私もこれで」 とぼけた顔のジャン。サンダースはその横顔を凝視したまま続けた。 「何のために、あの娘に『あれ』を渡したのかね?」 ふふ、という薄笑いがサンダースの耳に入る。 「一体なにを考えておるのだ、『貴様ら』は?」 苦虫を噛み潰したような顔のサンダース。 「最後に一つ、聞いても良いかね?」 彼は振り返り、出会った時から全く変わらない笑顔で言った。 「ジャン=オーレリア。『DALK』ですよ」 ハハハ。 そして彼は、サンダースの前から姿を消した。 |
|
アドレイアと獣人たちの聖地テホンは、地図上の直線距離なら百キロ程度しかない。 無論、そこが山脈でなければの話。 山越えが言うほど楽でないことは、山を知るものなら自明である。 加えて。そもそもアルブルズに既知の山越えルートなど存在しない。 獣人たちとの交流が果たされた今日でも、行き来できるのは山脈の合間にただ一箇所 シルヴィアたちの選択は、控えめに言っても自暴自棄である。 |
|
「ちょっと待ってよ〜」 一同は、自分たちの選択の無謀さをようやく悟っていた。 一つ目の尾根を越えた時、全員が凄まじい絶望に襲われる。 これを後何度繰り返せば良いというのか? 膝から力が抜け、ガクッと崩れ落ちるジーマやリンス。 「行きましょう。みんなが待ってるわ」 それを後押しするミコ。この中で一番体力の無い彼女が、息を切らせる様子も見せず 「……ミコにそんなこと言われたんじゃ、無茶しないわけにはいかないね」 ティロルが、弾む息で座り込む二人に告げた。 「わかってる。あと一分」 必死に息を整えようとする皆を見ながら、ミコも必死に耐えつづけた。 「……よしっ、じゃ、行こう!」 初日だったこともある。それでも彼女たちは、言うだけのことはして見せた。 軽い食事をとると、早速眠り込んでしまう娘もいた。 「火の番と周りの警戒に、交代で起きてなくちゃ駄目だね」 シルヴィアが荷物袋から観測機を取り出し、頭上に輝く月と星の位置を探る。 「これでやっと、行程の1/4ってトコね」 疲れはまだいい。我慢もしよう。 「……間に合うのかしら?」 気丈にも起き続けているミコ。今となってはその顔に疲労の色も隠せない。 「あなたも、もう寝なさい」 無理に顔をほころばせる。二人がアドレイアで自分を見捨てかけたことを未だに申し そして二人に感謝しながら、体を休めようとした時だった。 ぐるるる。 一組ではない。それはたちまちのうちに、彼女たちを包囲していた。 「やっちゃったかな……そう言えば聞いたことがあるわ。この山には『神』が棲んでる それに応えるように、数匹がそろそろと少女たちの前に進み出る。 そして突然、その中の三匹が三方から跳躍して襲いかかってきた。 「ハアッ!」 無論、この程度を問題にする彼女たちではない。 ビクっとひるむ狼たち。絶好の獲物だと思っていた人間たちが、見た目とは違い、相 倒し切れるのか? ズザザザッ。包囲の輪が縮まる。 その躊躇すら見て取ったのだろう。 再び、地の底から唸るような振動が襲ってきた。 「やばいっ!」 全員立っていられず膝を突く。それでも敵への警戒を失わないのはさすがだが、この 「これの震源、間違い無くテホンよ!」 その時、そんなジーマの嘆きを打ち消すほどの叫び声が挙がる。それも。 「イヤーッ! まだ駄目ーっ!」 シルヴィアは絶望を感じていた。半日でテホンに辿り着くなど不可能だった。でも、 シルヴィアは鬼の形相を浮かべ、前に右往左往する狼たちを見つめた。 「あたしが切り開く。あなたたちは何も考えず、全力で走りつづけて!」 そう言ってシルヴィアは例の杖をジーマに渡す。 「じゃあ、いってみましょうかーっ!」 そうシルヴィアが剣を振りかざした時だった。 「待ってください!」 え? そしてシルヴィアも気付く。 まさか? あたしたちに道を空けてくれるの? 「何……この気……」 そして彼女たちは、信じられないものを目にした。 深く光る双眸には明らかに知性と尊厳が感じられる。 ところが、次の彼の振る舞いに更なる驚愕を感じることになる。 「……え?」 神が、人間など歯牙にもかけないと思われるような大神が。 ミコは。 無防備に晒されたその頭に手を当てる。 「そう、あなたたちにもわかるのですね。『あれ』が目覚めてはいけないものだと」 彼が頷いたように、少女たちには見えた。 「……ありがとう、是非。お願いできますか?」 彼は再び立ち上がり、後ろを振り向いた。 そしてミコは、シルヴィアたちを振り向いた。 「この子達が、私たちをテホンまで運んでくれるそうです」 信じられなかった。こんなことがあり得るのだろうか? 「信じよう。きっと大丈夫だよ」 ティロルが真っ先に、後ろにやってきた巨大狼の一匹に歩み寄る。 「初めまして。あたしティロル。よろしくね」 彼女は臆することなく、その喉元に手を伸ばした。 「あはっ。ね? みんなも!」 昔、サーカスで寂しい生活を送っていたティロルの唯一の友人は、老いたライオンだ 数分後。 「それじゃ、お願いします」 長に身を委ねたミコが、その耳元にそっと呟く。 「ひえーっ!」 ジーマなどは乗馬を嗜(たしな)んだことがあるが、それとは比較にならない振動が 月明かりに照らされた辺りの景色が、凄い勢いで後方へと流れて行く。 少女たちは皆いつしか、自分たちが何でこんなことをしているのかを忘れた。 疲労も忘れた。 そして、時が経つのも忘れた。 だからそれが終わったのを理解するのに、数刻を要した。 眼下に見渡す限りの密林。 彼女たちは森を見下ろせる高台にいた。 それは、恐ろしい有様だった。 湖の中央に発生している、巨大な渦。 水を弾き出そうとする「何か」。 こんなこと、ずっと続くはずがない。 「ありがとう」 狼たちは、誇らしげに遠吠えた。 最後に、長が残る。ミコから離れ難いようだった。 「本当にありがとう。あなたのおかげです」 グルルという唸り声が、悲しみの声にも聞こえる。 「駄目ですよ。あなたにはあなたの場所が、責任があるのでしょう?」 瞳に潤むものを見たのは、少女の錯覚か。 「いつかどこかで、またきっと。そうでしょう?」 クウ、という呟き。 「だって、『こうやって再び会えた』のですから。大丈夫」 その言葉にようやく、彼はミコから離れた。 「じゃ」 別れを見届けて、シルヴィアがミコを促した。 「行け−ッ!」 五人は一斉に高台から走り下って行く。 「ああっ、セイルーっ!」 リンスが叫んだ。遠目にも、彼が膝を突くのが見えた。 「いけないっ! シルヴィア!?」 シルヴィアが例の杖を取り出した。だがどうすればいいのか? 「お願い! 応えて! 今こそあなたの出番なのよ!」 何も起きない。起きる様子も無かった。 「あなたはその為の存在なんでしょ!? どうしてなにもしないのよ!」 シルヴィアが必死に杖を振る。しかし何も起きない。 『何も起きるはずがない』 ミコは、自らがそう悟ったことに驚いた。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 Status Check...Crises Level B+. === Initial Program Type_B (C)Sunflower === Hello, Master. |
|
ミコは、懐から中子を取り出した。 あなたは、誰なの? しばらく、同様に意味不明の言葉が続く。 『汝、我が主なりや?』 いいえ? 『汝、力を欲するや?』 力? どんな? 『魔を制し、神を制す力なり』 そんな大きな力、私は……。 『汝、力を欲するや?』 その時、眼前の光景が再び目に入る。 『然り。汝、力を欲するや?』 欲しい。だって今本当に必要なのはあなたの力だもの。 『汝、我が主なりや?』 わかりません。でも……。 『汝、我が主なりや?』 私はきっと、あなたの友達にはなれます。 『汝、我が主なりや?』 だから友達としてお願いします。私のお友達を助けてください。 『……汝、認められたり』 え? 『我を汝で満たさん。されば我目覚めん』 満たす? 『我を満たせ』 そしてミコは、じっと中子を見つめる。 もしかして。 ミコは躊躇無く、左手の小指の先を噛み切った。 そして。 |
|
セイルたちは、魔神が突如として現れた光の刃に切り裂かれるのを見た。 やがて、ココリコによる封印の呪文が唱え終わる。 『彼』が百年前に獣人たちに言い残した通り。 |
|
一週間後。 「もう、大丈夫なんですか?」 セイルとミコの会話。一見、微笑ましくもあるが、実際は相当難しい状況だった。 これまでにない、魔神との直接的な戦いを演じたセイルたち。 ココリコによる封印の儀式が無事終わったのを見届けるやいなや、全員が昏睡に近い 特に、知恵袋のシルヴィアとエリスン、そして医療担当のシグルーンとミコがダウン 「……でも、まさか本当にあれを使う羽目になるとはね」 シグルーンはそれ以上口にはしなかったが、内心不安を隠せずにいた。 元気になった一同を見渡す。驚くほど元気になったセイルを、そして自分を。 「……さて。で、これからどうなるの?」 そう言ってシルヴィアが皆の前に差し出したのは、例の杖。 「でもこれって、結局一体なんだったの?」 皆が手に取り、あれこれと杖を見回し続ける。 「ごめんなさい遅れて。今やっとココリコが起き上がれるようになったの」 その時。少女たちが手にする杖を見たライザの表情が凍り付いた。 「ん? どしたのライザ? ……ああこれ? これが例の、アドレイアで封印されてた ライザは、異常なほどに震える手で、その杖を受け取った。じっくりと、杖の先から 「ちょ、ちょっとライザ!?」 キュ、キュという音が数回。 柄の中から、何かがポトリと床に落ちた。 そしてその中には、丁寧に巻き込まれた羊皮紙があった。 そこに記された文字を見た瞬間、ライザは思わず口に手を当てた。 「う、うううーっ!」 羊皮紙を抱きしめ、ライザは泣きながら崩れ落ちた。 |
|
翌日。セイルとファローラ、そして獣人たち各部族の代表がテホンに集う。 湖岸から、その様子を見届ける少女たち。 「これで、獣人たちは救われたのかしら?」 儀式が終わり、セイルと合流した少女たちは、ついに最後の目的地へ向かう。 その行程には水路を使う。テホンから山一つ越えた先にある湖が、クーロンへと続く ファローラの祖父、獣人の長に道案内されながら、一同は山の中腹に差し掛かる。 そこには、今でも手入れの欠かされない、こじんまりとした墓があった。 「それが、『彼』の墓ですじゃ」 一同は息を呑む。誰も足を踏み出さない。 その一人、ライザが前に進み出た。 墓石の前に立つ。そしてひざまずく。 「『リース=ウォルサム』……わたしの、おとうとです」 ライザは、昨日と同じように泣き崩れた。 2001.2.28 The First Chapter, 3rd Story : |