|
「物語」。 それは、人のつむぐ一つの言葉からはじまる。 文字で、 時にそれは悲しく、 滑稽で、刺激的で、風刺的で、観念的で。 どんなものでも、 「物語」がまるで別のものに変えてしまう。 それは『夢の魔法』。 だから人は、それぞれの思いを込めて「物語」をつむぐ。 楽しみながら、 そして時に、自らの命をかけて。 これもまた、そんな「物語」の一つ。 「物語」。 |
| 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 〜〜 第一章 〜〜 〜 第二話 〜 「奇蹟の徴(マホウノシグナル)」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 |
|
「……リル?」 リムリアは、そう呼ばれたのが自分だとは気付かなかった。 「リルだろ? そうだよね、ねえリル!」 リルって誰だろう? そう思ってリムリアはあたりを見まわしてみる。 周りにいる人たちも同じことをしている。そして彼らの視線が自分自身に向けられて 「あ、あたし? なに、なにそれ?」 皆の視線が、自分と、もう一人の人物を交互に見ているのに気付く。そこにはどこに 「リル……ホントにいたんだ、僕のリル……」 リムリアの言葉を遮って、男はこともあろうに彼女に抱きついてきた。 「あ、あ、あ、いやーっ!」 反射的に彼を突き飛ばしてしまう。手加減するヒマもなかった。 やばいっ。 どうしようとパニックにおちいりそうになるリムリアの視界に、自分が今突き飛ばし 「はいっ、これは夢です。幻です。どうも失礼いたしましたーっ!」 そう言うが早いか、彼女はダッと脱兎のごとく走り去った。 後にこの通りには、「白昼ゾンビ」と「妖怪怪力娘」が出没してドツキ漫才を行うと |
|
「ホントに、どうもすいません」 良くないわよ。これでもうあの通りに行けなくなっちゃった。せっかくいいお茶の葉 ヒクヒクと口元と目元を震わせながら、リムリアは目を覚ました男性からお詫びの言 ここはリムリアたちが借りている宿の一室である。手頃でそれなりの設備のある宿屋 自由都市ライザッハ。北の街道の要衝に位置する貿易都市。 |
|
ライザッハは元々、この世界を統括する神々の中でも愛の神マーティスや力の神ファ 西方、東方共に、この地を自分たちの勢力下に置こうとしたことは一度や二度ではな どちらかに暗君が立った時代では戦火が絶えなかった。特に小国が乱立し、数十年の 実際、三十年ほど前までは小競り合いが頻発していた。だがユネル王が支配するアー だがセイルたちがこの地を訪れたのは、ここが貿易都市ライザッハだからではない。 彼らの目的地は他でもない、この地にあるホリュースの大神殿そのものだった。 彼女が床の紋章に手をかざした瞬間、それは起こった。 気付くと、そこには地下へと通ずる穴が開いていた。 |
|
「自己紹介がまだだったわね。あたしはリムリア。リムリア=キャラウェイ。仲間と一 バン、とテーブルに手をついてリムリアが立ちあがった。大恥をかかされた乙女の怒 「しまった、もうこんな時間だ!」 青年はリムリアをほとんど無視するように身支度をはじめた。えっとと辺りを見まわ 「ちょっとちょっと、何よ、逃げるつもり!?」 リムリアも驚くほどの素早さだった。バタンと叩き付けられた扉が、収まりきらずに 「……逃げられたか」 しぶしぶと彼がふき飛ばしたり汚したりした室内を片付ける。何せ彼女はこれが本業 「あらぁ。もうおしまいですの?」 ……チョルラの言葉を理解した瞬間、リムリアのこめかみがぶち切れた。ついでに顔 というのは嘘です、もちろん。 「あ、あ、あ、あ、あた、あたしは、そそそそそんなことしません!!!」 あまりに悲しくなって、リムリアは部屋に引きこもってしまう。 (二番街の、アレナ劇場、だったわよね……) 完全武装で乗り込んでやる。 リムリアの瞳に、本気(と書いてマジと読む)の殺意がともっていた。 |
|
最初、攻略は極めて順調に思われた。 先の探索での経験が今回も生かされたのだ。 各人はショートラムにおいて各々の戦闘術を極めており、その分野に特定してしまえ では何故、シグルーンが見せたような奇蹟を彼女たちは起こせるのか。 答えは「経験」である。例えば相手の攻撃一つ受けるにしても、パワーやスピード、 確かに、DALKのように神の庇護を受けて能力向上が果たされたり、バルキリーの 『人は所詮、人以外のモノにはなれない』。 よって彼女たちのできることにも限界がある。ショートラムのように、階数は多いも 第二の魔神攻略においても、この手法は確かに有効だった。 最初はそう思えた。 しかし魔神たちは、もう既に一体が完封されてしまったことに気付いている。 最初はリムリアだった。 第一層を攻略中の時である。ふと、視界がまるで水面(みなも)に写った映像のよう 今だ。 パーティはリムリアを先頭に、敵の一団に襲いかかった。 勝った。 先手を取れた。勝利を確信する。そして最初の一撃を驚いた様子の敵に振り下ろそう そこにいたのは、セイルだった。 リムリアは必死に制動をかける。驚いている暇もない。後ろに続く少女たちも制止し リムリアは自らの失敗を悔いたが、どうもおかしい。自分一人が疲れて間違えただけ そして同様の接触が、次々と起こるようになった。 ホリュースの神殿に残されていた記録から、ここの魔神の特徴が判明した。 人が使えば癒しや護りの力となるが、魔神に使われたら強固な防壁や精神攻撃の術と 結局彼らには従来の方法を押し通すしか手がなかった、これまで以上に慎重に行動す セイルたちは焦る。そうしてはいけないと知りつつも。 一同の心労はピークに達しつつある。 リムリアが町に出たのもストレス解消の一環だったが、そこであんな目に遭えばぶち 一月かかって、地下二階までの攻略の目処が立った。例の一件から十日ほども経って |
|
『魔王カーズ、みんなから奪った「夢のかけら」、今こそ返してもらうぞ!』 ありきたりの、どこにでも転がっている英雄物語。 この町の繁栄が生み出した副産物、娯楽。 生活と物資と情報に満たされた人々が手にした余裕という名の退屈。人はその退屈す リムリアとて、別にこの手を芝居を見るのは初めてではない。だが幼いうちに母親を 『……見事だ、勇者カルス。ごふっ、さあ、さっさとこれを奪い取るがよい』 轟音と暗転。 ハッピーエンドのフィナーレと共に、舞台の幕が降りる。 幾度かの盛り上がりの後、本日の上演終了のアナウンスが響く。 最後の一人が出て行く。 「あの、どうしましたか、お客さん?」 そしてようやく彼女は、当初の目的を思い出すに至った。 |
|
「すいませんたびたび。どうぞ、ゆっくりしてって下さい」 そう言ってファルは席を外す。舞台裏の一室には女性二人だけが残された。 「……しかし。なんていうか、腰のすわらない人ですね」 リムリアに苦笑いの言葉で応える、二十代後半と思われる女性。 慌てながら彼女に訪問の目的を告げたリムリアを、彼女は最初驚きの表情を浮かべて しかしその説明も済まないうちに、別の男性が現れてファルを呼びにくる。彼は後を 「でも、彼があのお芝居の脚本を書いていたなんてね」 笑みを浮かべる女性の顔を見て、リムリアはちょっとした引っかかりを感じた。 「……あの、ヒルデ……ガルドさん?」 ヒルダは最初、言おうかどうしようか迷った風だった。 「ファルの、です」 何かに言い訳するように、ヒルダは席を立ってそのカバンを取り上げた。テーブルの それは落書きのようにも見えた。幾人かのキャラクターの描かれたデッサン。 「……えっ、嘘!?」 それはまさしくリムリアだった。 どうして彼がこれを知っているの? 「驚かれたでしょう? 私も一瞬まさかと思ったもの」 納得すると共に、ちょっとほっとする。 「……ここまでそっくりだと、なんか怖いです」 釈然としないものを残しつつ、リムリアは再度固辞した。 「ふふっ。実現のめどが全く立っていない企画ですから。気にしないで下さい」 からかわれたのだと知り、でもほっとした彼女は、そろそろ帰ろうかと思った。 「……あの、さっきのお芝居ですけど」 あ、という顔をしてヒルダが目を伏せる。 「いえ、別にどうでもいいですよ、ほんとに」 ヒルダはまっすぐ見据えてくるリムリアから視線を逸らして言った。 「このお芝居は、その方の作品だからです」 ヒルダは、ふっとため息をついた。 「この話はやめましょう。今すぐわかってもらえることではありませんし」 挑発的なヒルダの微笑み。リムリアは湧き上がる闘争心に駆りたてられ、心の奥底に 部屋を出たリムリアは、改めてファルを探す。 「ファルさん!」 その時もう彼女は、呆然としているファルたちに背を向けて立ち去っていた。 |
|
「さあ、それじゃ今日も頑張りましょう!」 リムリアのやけに元気な声が神殿のホールに響く。 「どうしたのリム。今日はやけに元気じゃない」 この時チョルラが何を言ったか、賢明なる読者の皆様には察しがつきますね。 「えーっ、うそーっ。あのリムが?」 そう言ってチョルラが指差す先にいるのは、パッティの少女たちと楽しそうに話すリ う〜んと考え込んでしまう一同。 「おはようございます、皆さん。……どうかしたんですか?」 誰とは言わんが、またしても余計な一言を漏らす考え無しが一人。 「リムリアさんに!?」 困惑する彼女たちをよそに、セイルはあっけらかんと言ったものだ。 「それはよかった。なるほど、ずいぶん楽しそうですね。ここのところ結構ふさぎがち 唖然とする一同。 彼女たちの頭の上に巨大な雲形のフキダシが出現する。 『この朴念仁!』 同時に、パッティの少女を除く全員の頭の上に矢印付きで「関係済み」という小さな (いや実際、よく「この男」をこれだけの少女が慕い続けるものだと思います。かつて あだしごとはさておき。 この日の迷宮攻略でも相変わらず魔神の干渉は激しかった。 リムリアのパーティには、それほどの影響が出なかったのである。 パーティの他の少女たちが幻惑されている中、リムリアだけが状況を正確に把握し、 一日の攻略が終了し、神殿に戻ってきた時も相変わらずリムリアは上機嫌だった。 その時、幾人かが気付いた。 ミコとシグルーンが、エリスンとシルヴィアに視線を向けた。 推論が立ったのは翌日。 精神への干渉。それは脳の情報認識のかく乱である。 魔神の行う精神干渉とは、その連続情報の一部分に何らかの負荷をかけることで認識 認識を誤るまいと一心に集中しようとする。逆にそれは魔神にとって好都合なのだ。 では今回のリムリアは? 「全く攻略に集中していなかった」、これに尽きる。魔神が彼女をかく乱しようとし 魔神が干渉を行う暇がないくらいの反射神経をもって、である。 何なのだ一体。 そもそも魔神側には、セイルたちを防衛する十分な力が無い。 奇策に対する最善の対策とは結局、正面からの真っ当な力押しだった。 何なのだ一体。 この推論を聞かされた一同は、皆一様に落ち込んでしまった。 ベタな解決策ではあったが、彼女たちのとった策、それは。 何なのだ一体。 もちろんこれは敵を呼び寄せたが、敵とて無限に涌き出るわけじゃない。慎重になっ それは傍目で見れば、異常な集団だった。 ともかく。 皆が、表向きはリムリアの浮気(?)を心配しつつも、相手の男性に心の中で感謝の |
|
「どうも、すいません!」 ファルの顎ががくんと下がる。 実は、彼女は約束より三十分も早くきてしまっていたのだ。 別にそんなつもりじゃないのに、仲間たちが察していたようにリムリアは不思議とワ それにも関わらずファルは、なんと四十分以上も遅れてきやがったのだ。リムリアは 「でも……うん、結構ちゃんとした格好できるじゃない」 リムリアは脳裏に、自分が想いを抱くとある青年の顔を思い浮かべたが、口には何も 「なんで、あたしの周りってこんな人ばかりなんだろ?」 リムリアはファルの襟首をぐっと掴み、ズズっと音を立てて引きずりながら大通りの そして二人が公園から消えたかと思った瞬間。 今度は噴水の裏手にある植え込みから、いきなり十人ほどの少女たちが出現した。 「……で、あれがお相手?」 その一言に全員が凍りつく。 「とにかく、追うわよ」 先の二人にも増して異様な集団は、自分たちもまたいい見世物であるということに全 後にこの公園には、「ピーピング娘。」(ピーピング=覗き見、出歯亀)と呼ばれる ……すいません、ベタベタで(爆)。 |
|
大通りに面したカフェテラス。窓際のテーブルで向き合う男女。 「しかし。この程度にバテちゃうって、あなたホントに男?」 もはやファルには返す言葉も無い。 いや実際、彼は責められまい。先刻までのリムリアの凄まじい行動力についてこれた リムリアにしてみれば確かにこれまでの鬱憤晴らしの意味もあった。が、やはり彼女 そう。こんなこと二年以上も忘れていた。 楽しくて楽しくて仕方ない。 こんなこと、もう二度とできないかもしれない。 だから今この瞬間を失うのが怖かった。 止めたくなかった。 ファルは、そんなリムリアにずっと付き合ってくれていた。 お礼の言葉を言おうとしたのに、口をついて出るのは嫌味の言葉。 ここで素直になれるなら、少女は少年の永遠の女神でいられように。 「ちょっと、ホントに駄目なの?」 リムリアは思わずそっぽを向いた。 バカみたい、あたし。 しばらく視線を宙に漂わせ、やっとお詫びを言おうかとファルに向き直る。 彼はすやすやと小さく息音を立てて寝入っていた。 ため息。もう何度目だろ。 セイルも、こんななのかな。 思わず浮かんだ考えに苦笑する。 そう言えばシグが言ってた。 女だってそうじゃない。 そのまましばらく、リムリアは通りを行き交う人の波を見つめていた。 「……もういいの?」 ふっと、交わす言葉が途切れる。 言葉を探すリムリア。そしてやっと、その言葉を思い出した。 「ファルさん?」 ファルは一瞬驚きの表情を浮かべたものの、得心のいった顔をして微笑んだ。 「僕の、思い込みですよ」 顔を赤らめ、うつむくリムリア。 「ねえリムリアさん。『物語』って、何だと思いますか?」 その時初めて、ファルは、歳相応と言える枯れた苦笑いを見せた。 「……リムリアさんみたいな若い人には、いいわけに聞こえるかもしれないけど」 痛い。 「そんなこと、ないわよ」 確かにあたしはあなたより年下だけど。 それと知って「あの人」のために働いてるんだもの。 でも、だから。 ……それもまた、リムリアの未熟さか。 |
|
日が傾きはじめていた。 ベンチに並んで座る二人。 言葉がつかまらない。 そんな風にもじもじするリムリアだったが、ふと視線を感じる。 その時、ファルが空を見上げながら話しだした。 「リムリアさんは、大神殿に用事があってライザッハにこられたんですよね」 ファルは目を閉じ、何かを読み上げるように語り出した。 もうこの世界には残っていない物語。 「大昔、もう誰にもわからないくらい大昔。この町がまだ大都市なんかじゃない、田舎 「その時、一人の少女がこの村を訪れました。美しい女神のような女性だったとも、あ 「彼女の献身行為のかいあって、皆の様態は快方に向かいます。でも、どうしても全快 「でも幾人かの勇気ある若者たちが、村を救おうとしている彼女のために自分の命をか 「今まさに悪魔の牙に引き裂かれんとする少女。 「少女も、悪魔も。もう二度と、村人たちの前に姿を現すことはありませんでした」 「村人たちを悩ませていた病も完全に村から消え失せていました。彼女の後を追った青 「そして彼女の消えた後に残った真珠も、いつの間にか姿を消していました。村人の一 謳うように物語を奏でるファルの声に聞き入るリムリア。 「……『奇蹟の徴』、って」 ファルはいったんリムリアに視線を向けた後、再び空を見上げていった。 「幼い頃この町に来て、両親が最初に連れていってくれたお芝居が、まさにこの話だっ ファルはただ笑うだけで、直接答えようとはしなかった。 「少女はとても活発で明るくて、ちょっとお転婆な年頃の娘。病気がちな母親と二人暮 ふとリムリアの脳裏に、父の顔が浮かんできた。 「でも彼女が十七になった時、母の様態が急に悪化します。お医者様に診てもらっても ファルは改めて、リムリアの全身を見回した。 「……なんだか、本当にリルと話してるみたいだ」 口では謝ってるけど、顔が笑ってる。 「その時たまたま、一人の冒険者が町を訪れます。青年は武者修業のため、この町にあ いやだ、まるで。 「……ここから先は、よくあるお話ですよ。この時二人はもう、お互いを意識しあって ……なんかズルい、それって。 と、その時。 ファルが、リムリアの手をすっと取った。 「……リル。君はこの手に、自分の未来を持ってるんだ」 何? この人は、一体誰に何を言っているの? 「自分の夢を信じて。……それが本当、の、『奇蹟の徴』、なん……だ、よ……」 ファルのまぶたが、ゆっくりと閉じられる。 ところが。 自分の手に重ねられたファルの手から、急にぬくもりが失われていく。 ぞくり。 ちがう、これは眠りによる体温の低下ではない。 「……ファル?」 リムリアはそっと彼の手を離し、その肩に手をかけて小さく揺すった。 「ファル、ファルさん?」 返事が無い。 ぶるっ。 震える指先を、彼の首筋に当てる。 いやだ。 彼女はこれまで幾千の命を奪ってきた。 なのに冷静になれない。 その時。 「ちょっと見せて」 真剣な顔をしたシグルーンとミコがそこにいた。 え? 「は?」 改めて周りを見ると、そこには仲間たちか集っていた。 なに? そんなリムリアを半ば無視して、シルヴィアが肩越しにファルの様態をうかがってい 「どう?」 シグルーンの顔も蒼白だった。 「……近くに、病院ある?」 ジーマが即答した。 「急がないと。すぐ運びましょう」 ルーがファルを抱き上げる。 「気をつけて。あまり揺らすと」 少女たちの見事な連携。 「彼のご両親とか、お知り合いをご存知?」 しどろもどろに、やっとヒルダと劇場の名前を思い出す。 「それじゃあたし、すぐ行ってくる」 ティロルがもう走り出していた。 「とにかく、一緒に病院へ行きましょう」 年長者らしく、シルヴィアがリムリアの肩を優しく抱いて誘導する。 どういうことなのか、なんとなくわかる。 リムリアはふと、自分の手のひらを見つめた。 なに? |
|
「あたしの、せい?」 ヒルダの沈痛な表情。確かに彼女が嘘を言っていないのはわかる。 「ファルは……そういう身体なのです。昔から……」 ヒルダはそれに続く言葉を飲み込んだ。 なんでよ。なんでこうなっちゃったのよ? 今、ファルは処方を受けて眠りについている。 全ての感情の消え失せた表情で横たわるファル。 三つの息吹から生み出される二つの苦悶。 「……十年前からわかっていたのです。むしろ今までもっていたのが不思議なくらい」 ヒルダは組んだ両手を額に当て、うつむいてしまう。 「……この一ヶ月。ファル、本当に楽しそうだった。これまでにないくらいいい仕事が ガタン。 「あたしは『リル』じゃない!」 先に、リムリアの瞳から涙があふれてきた。 「……ごめんなさい。でも、あなたがファルと出遭ってくれたことで、ファルが救われ わかってる、こんなこと言ったって仕方ないこと。 誰か助けてよ。 リムリアの嗚咽。 小さな啜り泣きが、次第にその間隔を開けていく。 「わたしもね、昔は脚本家を目指してたの」 リムリアは応えない。 「故郷の町じゃ結構有名だったのよ。神童だって。子供の頃から作文はうまかったし、 「……ふふ。でも演劇学校に入って驚いた。お話一つ書くのに、お芝居一つ作るのに、 「努力が全てを解決するなんてお題目、ここじゃ何の意味も持たないわ。確かにね、積 それがなんなのよ。 「……ファルに出会って、ファルの作品を見て。技術は稚拙で、わたしの方がずっとま 「卒業の時、わたしにはいろんな所から引きが来たんだけど、ファルには全然こなかっ ヒルダの横顔が、リムリアには一瞬、鏡に写った自分の顔に見えた。 「ヒルダさんは、ファルさんのことを好きなんですか?」 それこそが、訊いてはいけない言葉だった。 号泣だった。 居た堪れない。 静かに部屋から出る。 そこに、セイルがいた。セイルだけがいた。 愛しい人の顔を見て、リムリアの何かが途切れた。 その夜、実に半年ぶりに、彼女は愛しい人の体温を感じて眠った。 |
|
既に攻略の糸口を見つけたセイルたちにとって、課題は時間だけだった。 結界維持のコツを掴んでいたパッティの少女たちの協力もあって、探索は驚くほど迅 魔神の攻略第一で迷宮構造の探索に余計な時間をかけなかった事もあり、わずか一月 |
|
リムリアは。 ヒルダと共に、眠ったままのファルの看護を交代で行っていた。 駄目か。 二人の心を絶望が侵食していく。 |
|
「ゴメンね、みんな」 シグルーンがリムリアに言う。 ファルを見舞うリムリアを見舞いに来た仲間たち。 「明日はあたしも」 リムリアとて、彼女たちの気遣いを無にするつもりはない。 「真面目に、そろそろこういうことを考えてもいいかも」 皆が、眠り続けるファルに視線を向けた。 それだけは絶対に嫌。 大変だけど、辛いけど。 「でも、本当に大丈夫なわけ、あっちの方は?」 シグルーンが自分の言葉に笑う、皆も。 病室ということで、一応は声を抑えて会話を楽しむ少女たち。 「……それってどういうこと?」 リムリアの心がざわめく。 「……で、反対側の同じ場所が魔神の居場所だったってわけ。敵は多かったけど、道が 奇蹟の徴。全ての願いを叶える秘宝。 「……リム、どうしたの?」 そう? シグルーンたちもいぶかしげに思ったが、特に追求はしない。 じゃあそろそろ。 そんな言葉を交わして皆が立ち去る。 眠り続けるファルの顔を見つめる。 「『奇蹟の徴』、だってさ」 改めて口にその言葉を出すと、リムリアは奇妙な現実感を覚えた。 『奇蹟の徴』は実在する。 それがあれば。 リムリアはヒルダに連絡を取った。 |
|
「リム!? どうして来たの?」 シグルーンが、バルキリーの戦闘服姿に身を包むリムリアを見て驚きの声を挙げた。 「やっぱり最後だしね。皆と一緒に戦いたくて」 リムリアの真摯な瞳。シグルーンは拒否できない。 「今日は、お願いします。セイル」 セイルはにっこりと笑った。 ごめんセイル。今日だけは、あなた以外の人のために戦うね。 「それじゃ……今日もいつものように、チョルラさんたちと一緒に」 チョルラはまるで、リムリアの真意を知っているかのような優しい笑みで応えた。 |
|
仲間たちが切り開いた安全路を通って地下五階まで降りる。 あちこちに、生々しい死闘の跡がうかがえる。 苦もなく、地下五階に到着する。 そこで一同はパーティ毎に分かれる。リスク分散のためである。 リムリアのパーティもまた、その一つを進んでいく。 いったん休憩を取る。 「後は、大丈夫でございますことよ」 チョルラは、そう言ってくれた。 「これ、シルヴィアさんが。五階の地図ね」 現在地と、リムリアの目的の場所がよくわかるように描いてある地図。 「正直、お役に立つかどうかわからないんですけれど」 わかってるのかわかってないのか、相変わらずの能天気で笑うアルピナ。 「ごめんみんな。最後まで迷惑かけちゃって」 思わず泣き出しそうになる。 「リムリア?」 チョルラが、時々見せる歳相応の大人びた落ち着きで語りかけてくる。 「時にはね、好きな人より友達のほうを大事に思う心があったっていいんですよ」 意外な言葉だった。でもそれは今のリムリアにとって一番嬉しい言葉。 「生きていれば、いつかなんとかなります。だから」 リムリアは、仲間たちに向かって精一杯頭を下げた。 「……ありがと。ホントにありがと」 涙を見せたくない。 くもってよく見えない地図を凝視する。 暗闇の中に消えていくリムリアの背中を見送りながら、ティロルがつぶやいた。 「ホントにあると思う?」 いつの間にかイヤリングを外していたアルピナのマジな言葉に、チョルラとティロル |
|
幾つもの玄室を通りぬける。 迷路などというのもおこがましい単純な道筋。 彼女は全力で走る。 そして。 それまでの扉とは明らかに違う、一つの大きな扉の前に立つ。 『奇蹟の徴』。 荒ぶる呼吸を整える。 音もなく、それが開く。 そこは広間。 でもリムリアにはわかる。 だから叫んだ。 「いるんでしょ! 出てきて!」 静寂を震わせて広間を満たす響き。 「お願い、出てきて。応えてよ!」 何度も何度も叫ぶ。 「あなたの力が必要なの! あたしに力を貸して!」 応えるものは何もない。 「お願い、あたしに!」 リムリアの足が、無意識のうちに広間の中央に差し掛かる。 「あたしに、『奇蹟の徴』を見せて!」 叫びと、彼女の足が広間の真中央を踏みしめるのとが全く同時に起きたその時。 「!?」 突然、彼女の足元から光が発した。 リムリアが声を挙げる暇もなかった。 当時に、床に出現した模様もまた、何一つその痕跡を残すことなく消滅していた。 |
|
セイルたちは眼前に龍を見つけた。 まぎれもなく、それは魔神だった。 セイルたちは怯まない。 全員が所定の行動を取る。配置に着く。 その時。 突然、彼らの眼前に水の壁が出現した。 全員がその水に囚われる。 セイルたちは罠に落ちたことを知る。 後ろで、シーラが倒れているのが見えた。 セイルたちは知らぬ。 魔神が最後に取った手段。それはセイルたち戦闘員ではなく、ライザたちの方を無力 魔神側にとっては、それで十分だった。 仲間の補助を失ったシーラは、眼前に何の障害物もなく存在する水龍の波動をまとも セイルたちは残らず、その力に囚われた。 感情を整え、魔神の力に対抗しようとするセイルたち。 しかし採り得る手段は何一つ存在しない。 |
|
そこは、小さな山間の村だった。 あたしの名前はリル。病気がちの母親と二人暮し。 嘘。 リムリアにはそれがわかる。 村にあるただ一軒の宿屋。 「リル!?」 予想通りの声だった。そこには、ファルがいた。 「リル、リルだよね! よかった、ホントにいたんだ……あ?」 彼の表情が、ゆっくりと失望の色を浮かべる。 「ごめんなさい、人違いでした。……あ、でも」 少女の言葉に、再度ファルは驚きの表情を浮かべた。 「もしかして、リムリアさん? どうしてあなたがここに?」 ファルは驚きと嬉しさの表情を交互に浮かべた後、しかし悲しみを瞳に宿らせた。 「ありがとう。でも……」 ファルはしばし戸惑った後、苦笑いするように応えた。 「わかりました、僕の力の及ぶ限り。でもリムリアさん。一つ質問していいですか?」 リムリアの瞳と、ファルの瞳が正面から向かい合う。 多分、彼は答えを知ってる。 そんな感情のうつろいすら見透かしたのだろうか。 「いいんですよ。……それじゃ、さっそく行きましょうか」 宿を出ると、すぐそこに洞窟の入り口があった。 「それじゃあ、まずは……」 ファルのつむぐ言葉が、次々と現実としてリムリアに襲いかかる。 なるほど、ファルの考えることってまともじゃない。 ヒルダさん、あなたも大変ね。 次々と襲いかかる様々な力を持った魔物たち。 そして、冒険の中で育まれる二人の関係。 楽しかった。面白かった。 そして。 一体どれだけの時間が経ったのか。 二人はついに、『奇蹟の徴』を手にする。 リムリアは、ファルと一緒にその輝きを握り締める。 目の前に扉が現れた。 あたしにはわかる。 さあファル、一緒に行きましょう。 リムリアはファルの手を握り締めて、その扉へ向かおうとした。 なんで? その時。 ファルの後ろに人がいる。 リムリアの驚いた表情と視線に気づき、ファルが後ろを振り返った。 「……リル。ほんとうの、きみなんだね?」 少女はにっこりと笑い、リムリアの方へと歩いてきた。 「ありがとう、リムリアさん。私の代わりにファルさんをここまで連れてきてくれて」 そう言って、リルは二人の手を解く。 「ファルさん? ファルさんは私にいろんな体験をさせてくれました。人との出会い、 両の手のひらを上に向ける。 「そう、私はこの手で、自分の未来を掴み取れるんです。だから私は、私の物語の結末 自分の愛娘を見るように優しい瞳。 「ああ、好きにおし。リル」 それは父が、セイルと一緒に旅に出ることを告げた時に言ってくれたのと同じ言葉。 自分を、一人の人間として認めてくれた言葉。 そしてファルは、リムリアにそっと『奇蹟の徴』を渡す。 「リムリアさん、これはあなたが手に入れたものです。あなたにとって必要となるもの ファルはリルと手を繋ぎ、リムリアに背を向けた。 「ファルさん!」 引き留めたかったけど、引き留めていいのかどうかわからない。 「ファル! ヒルダさんは!?」 ファルの歩みが止まった。 「大丈夫。彼女もまた、『奇蹟の徴』を持つ人ですから」 ……ずるいよ。そんな。 バカ。馬鹿野郎。大馬鹿野郎。 「……さようなら」 誰にも聞こえないくらい小さな声。 バカ。 もう見えない。誰もいない。 なのに、なんであたしの後ろには、こんな扉があるのよ。 もうやだ、こんな世界。 セイルたちのいる、あたしの世界に戻るんだ。 リムリアは、そのぽつんと立つ扉に手をかけた。 後ろを振り向きたかった。 でも。 最後の力をこめた。 光が満ちた。 |
|
セイルの意識も限界だった。 助けなきゃ。 くやしい。 その時。 対面の水壁の向こうに、突然光の球が出現した。 パン、とその光がはじけた。 リムリアさん? どうして今ここに? 勿論、魔神がそれを見逃すはずが無い。 やめろ! リムリアの正面に、水面の波紋のような揺らぎが生じた。 驚く魔神。 その時、リムリアが行動を起こした。 瞬間。 水壁が一瞬にして弾け散った。 ごほっ、ごほっ。 水龍が、残された力を振り絞って彼女に攻撃を加える。 水龍はその時ようやく思い出す。 一千年前。 自らの力が失われる直前、最後の魔力でこの世界から弾き飛ばしたはずの存在。 『自らと全く同じ力を持つ存在』、その象徴。 水龍は。 だから。 むくろとなった魔神の前に立ち尽くすリムリア。 リムリアは、小さく嗚咽を漏らしながら、涙を流しつづけた。 |
|
『Stein=Farm ここに眠る 享年29歳』 月の光が明るく照らす墓碑銘。 「ありがとう、こんな時間まで」 人目につかないように、旅立ちは夜。 「みんな、次のお芝居の準備で忙しくて」 次にアレナ劇場で上演されるお芝居のタイトルは『奇蹟の徴』。 「脚本、頑張って下さいね」 と、リムリアがヒルダの手を取った。 「大丈夫。あなたはここに、未来を持っているんですから」 ファルが生前、ヒルダに託しておいた遺稿。 「そうね」 二人の手が、ぎゅっと握られる。 もちろん、それは錯覚。 「それじゃ、またいつか。きっと、絶対絶対、またこの町に来ます。その時に」 笑顔で去っていくリムリア。 なんてあの娘、物語の科白知ってるの? ヒルダはリムリアを呼びとめようとする。 墓地の出口に、一人の青年がいた。 リムリアが、先頭の青年に寄り添う。 月明かりの下、遠ざかっていく二人。 それは、ファルと、ファルの物語の主人公、リルに見えた。 数歩を踏み出す。 でも。 やっぱりそれは夢。 ヒルダは、自分の手のひらを見つめなおす。 変なの。 勇気がわいてくる。 そう、私が、あの娘たちが。 それが奇蹟。 2000.2.28 The First Chapter, 2nd Story
: |