□□□ 二万五千分の一の奇跡 □□□
by MORIGUMA|
「うおおおおおっ!」 イラついていた。 白いガクランが残像を作り、 瞬時に8人の特体生とおぼしき学生たちを吹き飛ばす。 『ちっ、まだ未完成か』 3人がよろよろと立ち上がるのを見て、 ホワイトファングと呼ばれた男、斬真 狼牙は、 牙のような白い歯を噛んだ。 暴虐なけりが、3人をボロのように叩きのめし、 誰一人立つもののいない広場で悔しげな顔をする。 累々と転がる屍同然の学生たち。 11年前、魔界孔と呼ばれる孔が新宿に出現し、 異様な波動を出す特殊な鉱石が各地に出現した。 その波動を受け、特異な能力を持つ人間が出現する。 若い学生たちに多く発生した力、 B能力と呼ばれる力を持つものたちは、やがて特体生と呼ばれるようになった。 現在の日本を牛耳っているのは、 その特体生の集団である全国学園運営管理機関『学生連合』、 通称学連であることからも、その力がどれほどのものか分かると思う。 狼牙は、その特体生をふくむ30人もの集団を、けが一つなく叩きのめしていた。 「狼牙、いいかげんにしておけ。いくら必殺技が未完成だからといっても、 少しは哀れと思え。」 狼のようなぎらついた目が、ふとすねたような目に変わる。 狼牙のように白い、しかしもっと大人びた服装の男が来た。 斬真 豪、狼牙の兄であり、狼牙がただ一人苦手とする男だ。 自称(他称も)『地上最弱の男!』。 「ほっといてくれ、兄ちゃん」 「いいからこい」 「ちょっ、ちょっと、いてええっ、いてえって兄ちゃん!」 どういうタイミングなのか、 力は弱い、体力はない、女子供でも倒せるというのに、 豪に耳をつままれると、いともたやすく引っ張っていかれてしまう。 だが、同時に兄の優しさも身に染みる。 だれしも、口に出せないことがある。 泣きたくて悔しくて、それでもどうしようもないことがある。 豪は狼牙のいらだちの理由を知っている。 実は、必殺技なぞどうでもいい。 無意味に荒れ狂う自分を、 男としてなだめ、正す兄は、 悔しいが一枚上の『漢(おとこ)』と認めざる得ない。 自分に出来ることなら、たとえ命を投げ出してもかまわない。 あいつを、治してやることが出来るなら・・・。 びくっ 狼牙が一瞬身体を震わせた。 輝くような白い姿が、ふわりと降り立つ。 日本にはいるはずのない、真っ白い巨大な狼。 「久那妓・・・」 白い大きな姿がゆらいだ。 青く美しいチャイナドレスを着た、目の覚めるような美貌の女性が立っていた。 透けるような白い肌と銀髪、何者も見逃さぬような鋭く輝く目、 狼牙のいいなづけ、天楼 久那妓。 「叔父上から連絡が入った、どうやら見つかったらしい。」 兄弟の目が輝いた。 「分かった、狼牙先に行くぞ。」 「あっ、俺も!」 「後で説明してやる、久那妓といてやれ。」 狼牙の足がぴたりと止まる。 久那妓の顔色が少し青い。 「私のことは、気にせずともよい」 強がりか、本気か、あるいは両方か。 この誇り高い女性の強さを、狼牙はよく知っている。 だからこそ・・・・・、いとおしい。 細い可憐な姿を、狼牙は軽々と抱き上げた。 「ばっ、ばか。降ろせ。」 「けちけちするな、お前をだっこできるのはひさしぶりだ。」 久那妓は頬を染めてつぶやいた 「馬鹿・・・・。」 つぶやくと、静かに狼牙の腕に抱かれていた。 半年前、突然久那妓の身体に異変が起こった。 狼の姿に変身したのだ。 この11年、魔界孔は徐々に広がり、そのたびに日本中に異変を起こしていた。 魔界孔の影響で変身するものも少なくなかった。 理性すら失って、本物の怪物になってしまうものもいる。 久那妓も並の女性ではない。 中国の歴史ある格闘技を受け継ぎ、 特体生としても桁外れのパワーを誇る、 狼牙と比肩しうる力の持ち主だった。 だからこそ、幼馴染とはいえ、いいなずけとして狼牙を認めている。 彼女が全力で精神力を振り絞れば、ひと時の間だが人間の姿に戻ることが出来た。 魔界孔の影響で変身した人間は多いが、 ひと時とはいえ、自力で戻れる人間は記録がない。 だが、その苦痛は想像を絶し、戻れる時間も徐々に短くなっていた。 「くっ・・・」 広い額に汗がにじんだ。 細い首筋が、柔らかな腰が、美しい乳房が、艶やかな脚が、 狼牙のいとおしい全てが、苦痛に震えていた。 そばにいてやることしか出来ない。 狼牙のような男には、身体を切り裂きたいほどの苦痛だった。 血がにじむほど歯を噛みしめ、 瞬時に久那妓の姿が消えた。 足元にたたずむ一頭の白狼。 久那妓は泣く男は大嫌いだ、狼牙は笑ってぼやいた。 「くそお、もう少し長けりゃ、そこらで一発楽しめたのによ。」 『このスケベナス!』 尻を噛まれ、悲鳴を上げて逃げながら、狼牙は誓う。 『必ず、必ず元に戻してやるからな、久那妓。』 「久那妓の叔父上からの連絡で『例のもの』は聖城学園の番長が持っている。」 『例のもの』久那妓の異常を治せる最強の鍵、 それは『学生連合』の中にあった。 一度は一人の男によって統一されて生み出されたた学連だったが、 総番長の原因不明の急死により、 強力な地方組織の集合体と化した。 『例のもの』は、その強力な力ゆえに、 各組織の代表者か、それに順ずる番長が持っている。 たとえ狼牙といえど、個人でそれに挑むのは、 巨大な城砦に素手で挑むに等しい。 絶望しかかった狼牙を励ましたのは、豪だった。 「『例のもの』は6つ。だが、そのうちの一つが行方が知れん。 その一つが得られれば、可能性はある。」 爆発しかけていた狼牙は、その言葉で踏みとどまった。 さもなくば、一人ででも学連に挑みかねなかった。 天楼の一族は、日本の裏表両面に広い人脈を持っている。 その情報網が、蜘蛛の糸よりも細い可能性を探り当てた。 代表者ではない番長が『例のもの』を持っている。 狼牙は地響きを起こさんばかりにして立ち上がった。 ザアアアアア・・・ 激しい雨が降っている。 暗く重い雨天にもかかわらず、 狼牙は今、心の底から怒っていた。 久那妓の異常と向かい合い、膨大な情報と現実に向き合ううちに、 あまりにもちっぽけなこの国が見えてきた。 全国学生連合の統一の志は忘れられ、 覇権を、権力や欲望のみを争い、 あるいは現状の維持に溺れ、 あるものは過去の憎悪に囚われ、 そして・・・、大勢の久那妓がいた。 魔界の影響に苦しみ、憎悪と差別に殺されていく弱い者たちがいた。 無数の、嘆きと憎悪が満ちているというのに、 そんな声など耳も貸さぬ、力に争うばかりの者たち。 何のために、自分たちの力が在るのか。 どこからかもらった力だけをありがたがって、 それが何の為になるのか。 狼牙は単純だ、自分をごまかすことは出来ない。 真正面から全てを見据えた。 そして、本気で許せなくなった。 『ぶっこわす、こんな力だけの世界、マジでぶっ壊してやる。』 豪は、狼牙の背中を黙って見ていた。 その背中に燃える怒りが、彼の目には見えていた。 それは同時に、彼の怒りでもあった。 魔界孔が出来て11年、 その間に生まれた特体生は、推定二万五千人。 『二万五千分の一の奇跡・・・・・だが、やらねばならん。』 特体生誰一人として出来なかった奇跡に、二人は挑もうとしていた。 FIN |