大対決

 

大序章

 

新型爆弾と魔界孔――立て続けに2度もの天変地異に襲われた極東の島国、日本。

新型爆弾を落とされ戦争で疲弊しきったところへ、地を割って開いた魔界孔。

かつてあった島国の姿を失い、あるべき秩序を失った。

さらに、西に広がる大陸へ進出するために日本を前線基地とするべく躍動する新興国家。

奈落の底から魔界孔を通って地上へ這い上がる太古の伝承に記された異形の魔物ども。

傾き行く日出ずる国を糺すべく、東西に2人の男が立ち上がった。

東に斬真 狼牙。

西に山本 悪司。

これは、荒廃した故郷を再び立ち直らせるべく名乗りを上げた男たちが、避けられぬ対
決に挑みゆく熱血パラレル物語である――

たぶんナー。

 

1章《楽しい組織運営》

 

1

 

《悪司!!

そう叫んで飛び込んできたのは、パーマがかった藤色の髪の女だった。女はもみあげの
濃い男に抱きついていく。

「ぅぉっ!? シーネル! ちょっ、ば――やめろって! たこ焼きひっくり返せねぇだろっ」

《ニホン語じゃナニ言ってるか分からないわ! あぁ、会いたかったわ、悪司!!

「あーもーうぜー! 俺ァ腹減ってンだよ! 食っちまうぞ!!

と、最後の一言だけウィミィ語で怒鳴り散らす。

《宣言なんて要らないわ、黙って私をベッドに担ぎこんで――》

「ん‥‥、揉め事?

奥の部屋からのっそりと出てきた女は、手の平で目元をこすってから、あくびをした。

「ぉぅ、トコ、こいつをちょっとシバいてくれ!

「はい」

気だるげに返事をしながら、下着姿のどこから取り出したか分からない鞭を器用に延髄
に当て、悲鳴も上げさせずにシーネルを沈黙させた。

 

《で、なにしに来たんだ?

悪司組事務所――

オオサカ全市を裏から統括する小さな建物に、市政から市の世論まで動かす者が集った
中で、その男はウィミィ語で尋ねた。

山本 悪司――太平洋戦争に出兵し、ニホンの敗戦から1年後に帰国し、さらにそののち
1年半をかけてオオサカの全てを掌握した男だ。戦前から戦時中まで最盛を誇り、オオサ
カを地域管理組合《桃山組》と
2分していた同じく地域管理組合《わかめ組》の若い跡取
りだったが、徴兵に応じて出征、太平洋諸島のルソン島で敗戦国の捕虜としての生活に甘
んじていた。彼が帰国したときオオサカは占領国《ウィミィ》の直轄地に当てられ、ウィ
ミィ軍人の前線基地として軍事施設の建設などが進められていた。ウィミィの提唱する《
女性絶対上位主義宣言》の下に《奉仕青年団》を隠れ蓑として暗躍し、生家であるわかめ
組を外部から制圧――《悪司組》と名を改めて新興宗教団体《那古教》を吸収、以前から
交流のあった桃山組を乗っ取る過程においては《オオサカ市議会》を占拠、市長選挙では
信頼の置ける神原
夕子を当選させた。

《トーキョーに新しい勢力ができたらしくて、その報告に来たのよ》

シーネルは出された粗茶に渋い顔を返して、答えた。

シーネル・ブラウン――ウィミィ国籍、階級は大佐。オオサカに建設中のウィミィ軍事
施設長官だが、最前までウィミィ極東軍事司令部々長だった。オオサカ市政を手に入れて
もウィミィ本国から送られてくる軍隊には手も足も出ない悪司が、建設中だった軍事施設
《エデン》を急襲、これを占拠したが、その際にウィミィ本国を欺くために手に入れた将
官だ。

《報告ったって、そンなモン使いっパシリに頼めばイイじゃねーか。今までだってそうだ
ったんだし》

《こんなもん、エデンから出るための口実よ。悪司が最近来てくれないから寂しくて、私
の方から会いに来たの》

《おーおー、かわいいコト言うようになったじゃねぇか》

《じゃあ、かわいい私にもっと会いに来てくれる?

《ああ、すぐにでも行ってやるさ。だから、話が済んだらすぐに戻れよ》

《うん、じゃあ話すね。新興勢力の名前は狼牙軍団。トップは斬真 狼牙。トーキョーの聖
城学園の総長で、番長を兼任――》

《ちょっと待て、そンな厳しい名前の女がいるのか?

《斬真 狼牙は男よ。表向きには日比生 咲苗という女子生徒が代表となってるけど》

《ふーん》

乗り出した身を背もたれに戻し、悪司は茶のおかわりを頼む。湯飲みを受け取りながら、
妻――《山本
元子》は口を開いた。

「悪司、トウキョウで何があったの?

「若、我々にもご説明下さい。ウィミィ語はさっぱりですので」

元子に続いたのは、悪司が幼かった頃の教育係《大杉 剛》。生まれは不祥だが、育ちは
オオサカ。悪司の祖父《山本
一発》に拾われ、わかめ組に連れて来られたが、敗戦直後に
組織の不穏分子と見られ、わかめ組の座敷労に幽閉。悪司の帰国時にこの座敷牢を脱獄し、
悪司組の切り込み隊としてその拳を振るってきた男だ。

「さっちゃん、よろしく頼む」

軽く手を振って、小柄な叔母にぞんざいに悪司は話を任せようとした。

「私は便利な通訳ではないぞ。第一、お前のウィミィ語はスラングだらけで私にも分からん」

「俺のは分からなくても、シーネルのは分かるだろ。机で文法のオベンキョーも大事だけど、
こうやってナマのウィミィ語に慣れるのも大切なんだぜ」

「一理あるが、私はまだウィミィ語検定の5級も取れてないくらいだぞ」

「ナマのウィミィ語には人並み以上に触れてるはずなんだけどなぁ、さっちゃんは」

「確かにそうだな。お前のおかげではあるが、その大半は戦場でだ」

お団子頭の少女は、年甲斐の無い面持ちで頷いた。

岳画 殺――通称《さっちゃん》。血縁上では悪司の叔母だが、歳は14歳。悪司組がオオサ
カ各所で起こす抗争に率先して参加していたが、戦場では水を得た魚のように嬉々としてロ
ケットランチャーを放っていた。朝は学校、放課後は抗争、夜は宿題に追われる日々で、あ
まり表情には出ないが、本人は楽しげに過ごしている。

《悪司、どうしたのよ? あたし、ニホン語はさっぱりなんだけど》

大杉と同じコトを言うシーネルに、悪司は面倒そうに頭を掻いた。

「トウキョウで、狼牙軍団っつー新しい勢力が台頭してるんだってよ。どうやったかは知ら
んが、多分俺たちと似た状況だと思う」

そこまでニホン語で説明して、悪司はシーネルに向き直った。

《で、その狼牙軍団とやらはオオサカまで来るのかい?

《今すぐってワケじゃないけど、全国制覇を目標にしている以上、そう遠くないと思うわ》

「そのうちオオサカにも来るかも知れない。連中の目標は全国制覇らしい」

「では、しばらくは東に進出するのは控えた方が得策ですね」

口を挟んだのは、それまで黙っていた島本 純。

情報収集とその整理、知略に長けたこの赤毛の男は、人知れぬ抜け穴から物価の上下まで、
組織の有益となる機を決して逃しはしない。が、あくまで彼は参謀であり、その役割を体現
している。すなわち、集めた情報を悪司に伝え、悪司組の存続と拡充を図る。彼らの抗争が
表沙汰にならないのは、警官らの行動まで熟知した彼の言葉通りの地点で相争うからだった。

「ああ、そうなるな。狼牙軍団ってのが東半分を制圧してくれれば、おいしいトコはあとで
横取りできるってコトで」

「まあ、実際にはもう少し複雑に動くでしょうが」

「は〜い、質問〜」

「はい、夕子さん」

間延びした口調で手を挙げた女を、悪司は指した。

神原 夕子――オオサカ市長。悪司組の幸運の女神と呼ばれる彼女だが、その異名も伊達で
はない。奉仕青年団に居座ったばかりの悪司の下にわかめ組から抜け出してきたのも《な〜
んとなく、そうした方が良さそうだったから》だけらしい。実際、わかめ組はそののち悪司
の手で壊滅に追い込まれたのだから、彼女が味方でいるだけで強運が味方しているとも言え
る。

「東には向かわないってことは、西に向かうってコトでしょう? だったら、シコクを早めに
制圧した方がイイかな〜、ナンて」

「それは夕子さんお得意の《な〜んとなく》かい?

「うん、な〜んとなくそう思うだけなんだけど。それに、素敵医師だっけ? わかめ組に来て
たあのヤク中がバラ撒いた麻薬も早く手を打たなきゃ」

「あー、それもそうだな。放射能と同じで浄化不能っぽいとは思うんだが」

「な〜んとなく、それは大丈夫〜。シーネルさん経由で、ウィミィの科学力もアテにできるし」

「んー。ま、なるようにしかならんだろ」

春の彼岸が過ぎ、桜が咲き始めたオオサカの昼下がりだった。

 

2

 

「さて、いよいよ全国だ。狼牙軍団、気合入れて行くぜっ」

そう呼びかけるのは、新興《狼牙軍団》の総長。名を《斬真 狼牙》。目に映える白い学ラ
ン姿から《ホワイト・ファング》の呼び名がついていた。半年前まで全国の学園で転入学を
続けていたが、聖城学園に腰を落ち着けたその日のうちに番長に宣戦。
2ヶ月余りで聖城学園
を統一し、闘京地域に躍り出るや戦争寺学園から独立した獄煉を制圧。その夜に戦争寺学園
総長暗殺事件が起こるが、その黒幕を狼牙軍団としてこれを糾弾する、と主張するカントウ
地方を治める
PGGの会見報道が流れる。一介の転校生から番長へ、一介の番長から組織の総
長へ――狼牙は今、まさに下克上の道の半ばにいた。

「そうね。戦う相手も私たちの組織も、今までより大きくなるし」

応じるのは日比生 咲苗。狼牙が属する学級の委員長であり、彼の愛人でもある。魔界孔が
開いた直後に全国各地に突如として出現した黒い結晶体――研究第一人者の番場博士にちな
んで
Bストーンと名付けられた石の影響を受け、特体生と呼ばれる者の1人だ。

特体生は常人より身体能力が飛躍的に向上するなどの影響を主に受け、狼牙を含めたほぼ
全ての軍団組織者がこれに当たる。

「で、これからどうする?

尋ねたのは狼牙の許婚――天楼 久奈妓。彼女もまたBストーンの影響を受けた特体生である。

「まぁ、やることは今までと変わらないさ。各地にケンカ売り歩き回るだけだろ」

「ふぅ、お前のコトだからそう言うだろうと思ってはいたが‥‥。馬鹿もここまで来ると大
馬鹿だな」

「馬鹿とケンカを取ったら、この男にナニが残ると言うのだ――いや、ナニも残るまい」

扉を開けて入ってきた白マントの男は、爽やかに前髪を掻き上げ――殴り飛ばされた。

「くだらない寝言ならベッドで言っててくれ、兄貴」

「むぅ‥‥違うぞ、狼牙。この兄は、反語表現という実に面白い言い回しを愚かなお前に教
えてやろうと――おぶっ」

「ふ‥‥またつまらぬものを蹴ってしまった‥‥」

狼牙が蹴り出した足を戻すのに合わせて、白マントの男はくず折れた。

「斬鉄拳とまでは言わないよな‥‥」

「兵太、不謹慎だと思うよ‥‥」

などと囁き合うのは、漢を目指す男と自称する陣内 兵太と、女子と見間違いかねない顔を
した成瀬
有紀の2人――どちらも狼牙の級友だ。

「狼牙よ‥‥聞け‥‥。兄が、策を授ける‥‥」

「頼りにしてンだからよ、もっとちゃっちゃと話を進めてくれよな」

「うむ」

「またくだらないコトを言ったら、それを遺言にしてやるからな」

言いながら指骨を鳴らす狼牙に、兄は――

「――ナニをしている、狼牙。早速、本題に入るぞ」

と仕切り直した。

至上最弱の男を自負する狼牙の兄、斬真 豪。かつて幼い狼牙に特訓を課したのは豪であっ
たが、今の殴られ蹴られの姿からそれを想像するのは困難なコトだった。彼に言わせれば――

《はっきり言って、戦力として俺は群を抜いて劣っている。野良犬に噛まれた程度で軽く死
ねるほどだ――そう。至上最弱の男とは、俺のコトよ
!!

《俺は、知恵と計略でお前の力になろうと思う。戦力としては期待するな、不幸になるぞ》

ということだ。

「知っての通り、PGGは大きな組織だ。個体能力では我々が圧倒的に有利だが、数を相手に
してはまだ勝つのは難しい。そこで、
PGGにとっての塔鳥のような、Bパワー供給地をまず
手に入れることが重要だ」

そこでいったん息を区切り、豪は日本地図を広げた。

「この闘京に隣接する横濱――他に比べれば闘京で得られるBパワーも多いが、横濱でもほぼ
同量の
Bパワーを得られる」

「ってことは、今の倍のパワーが手に入るってことだな。よーし、まずは横濱から――」

「話は最後まで聞け、馬鹿者」

真下から突き上げた豪の掌が意気込んだ狼牙の顎を捉え、奥歯の噛み合わさる音が大きく
室内に響いた。

「横濱を取るのは重要な課題だ――が、我々は西進しない」

「それが賢明だな。横濱は独立都市としてどの組織にも属していないが、隣の名児耶は護国
院の勢力下だ」

「それもありますけど、豪さんが改めて言うには、それ以上の理由が何かあるんじゃないで
すか
?

頷く久奈妓に、問う咲苗。

「咲苗くんの言うとおり、護国院のためだけに西進しないのではない。これから西日本はし
ばらく荒れるだろう」

「キュウシュウの内乱みたいにか?

「最悪の場合はそうなるだろうが、そのために我々は横濱を取ってすぐに東へ転進する」

「ちょっと待て、兄貴。なんでカンサイが荒れるんだよ? 護国院の統治下で大して不満は上
がってないし、治安もいいだろ」

「今までは、な。だが、王阪に《悪司組》という名前の新興集団が現れた」

「組っつーと‥‥ヤクザか?

「そうだ。特体生はいない――はずだ。にも拘らず、建設中とは言えウィミィの軍事施設を
急襲し、かつ全員が生き延びている。どういうコトか分かるか
?

「ウィミィの《エデン》を占領しちゃったってことですか!?

困惑顔の狼牙に代わって驚いた咲苗は、豪に顔を上げた。

「全兵士が銃を携帯してる上に砲台まであって、基地周辺を装甲服を着た兵士が定期的に見
回ってる《エデン》ですよ
!? 特体生ならともかく、一般の人には入り込むことすら難しいの
に‥‥しかも全員が生還って本当ですか
?

「王阪でエデンが急襲されたのは事実だろう。実際、本国への通信記録が残っている。奇妙
なのはここからだが、その翌朝にもエデンは本国へ連絡を入れている。通報は誤報でした、
とな。臭う話だろう」

闘京にも《エデン》はある。太平洋戦争に勝利したウィミィは、大陸へ進出するべく日本
を前線基地に改造を始めていた。
1つは女性上位主義宣言を徹底する思想統制、もう1つは主
要都市への《エデン》と呼ばれる軍事基地の建設。闘京のエデンは既に完成しており、特体
生が組織だっても無傷で進入することは難しくなっていた。

その事実を思い出し、室内の空気が重くなる――兵太でさえ軽口を言えないほどに。

が、その中に不敵に笑う男がいた。

「へっ。なんだ、問題なんかナニもねぇじゃんか。要は、特待生並みに強ぇ一般人がいるか
も知れねえってコトだろ。俺たちの目標は全国制覇だ。遅かれ早かれぶち当たるんなら、そ
いつらのことを知ってようが知ってなかろうが関係ねぇよ。派手に打ち合うだけさ
!!

拳を振り上げる狼牙。

「全く‥‥お前はいつもそうやって私の心を揺さぶるな」

そう言って、久奈妓は自分の拳を狼牙のそれに並べた。

「そうだ! こんなことでビビってちゃ、漢になれねぇぜ!!

威勢よく、兵太もそれに倣う。

「ぼ、僕も頑張るよ!

兵太に引きずられるように、有紀も拳をかざす。

「どんどん面白くなっていくわね。斬真 狼牙、本当に退屈しない男だわ」

静かに高く拳を上げるのは《鉄血の金剛丸》の異名を取る、元 戦争寺学園執行部長。

「くぅーっ、燃えてきたぜ!! ファイッアアァァァッ!!

それに並んで拳を突き上げる、元 戦争寺学園番長。

「ほら、委員長も」

狼牙は、隣で圧倒されている咲苗に空いてる手を出した。

「‥‥うん」

狼牙の手に手を重ね、咲苗も立ち上がって拳を掲げる。

まるでそれを待っていたかのように、マントを翻して豪が立ち上がった。

「ではみなの者、手始めに横濱を陥とすぞ!!

《応!!

全員が力強く応じた――直後。

「なんで兄貴が仕切るんだよ!!

狼牙は全力で豪を殴り倒した。

 

 

 

 

would be continued....