アトラク小説

 < お盆 ・深山初音二十四歳、帰宅  >



・・・

若葉染まりて紅葉ひとはら
時の移ろい いまも変わらず
世々のしがらみ 枯らすも咲くも
人が如くに 浮身に常返(かえせ)

気まぐれと
縁に語りいく
花も暦を違うことなく

ここに滞る 永久(とこしえ)の身衣
夢幻の現に霞消えゆく 刹那の波紋

思い返す
ヒトの営みはまたいつか
現代(ここ)に残せる久遠の桜
流るる川の彼処にいと障りなく
また幾月の絡み糸

・・・

 お盆。
「……ここでいいのかな……」
 この年でも一際暑い太陽に照らされ、少女は人里離れた川辺を一人歩いていた。
 麦藁帽子の影から見えるその顔は、暑さに憔悴しきって死んでいるかのよう。
 川辺から反射する日光が、尚更少女を責め立てていた。
「あつい〜〜」
 暑いと。悲痛な声が漏れる。
 だが太陽は、まるで少女を嘲笑うかのように照り輝き、その身をじりじり焼いていた。
 年頃の娘にとって、それは針地獄にも等しい。生き地獄という言葉の意味を知り、少女は項垂れた。
「こんなところに本当に母さんいるの〜〜?」
 それは意味をなさぬ、愚問。
 あの「母」に住む場所の環境など問題ないのだから。
 そして少女――、深山初音は、そんな母が苦手だった。


 祖父から電話がきたのが三日前。
 ちょうど大学卒業後の進路を決めかねていた時のことだった。
『……母さんが?』
『会いたがっている……、らしい。せっかくの夏休みだ。気分転換も必要だろう』
『……』
 正直、気が重い。
 億劫。
『でも……もう十年近く会っていないし』
『十年か』
 電話の向こうから聞こえる祖父の声も、心なしか弱い。
 人は年老い、やがて死ぬ。それが摂理。
『あの娘は、いまだ何一つ変わらぬというのに……』
『……』
 深山かなこ。
 年老いることもなく、死ぬこともない、ヒトではないもの。
 ――初音の、母。
『あの娘に年月など関係ない。十年、まるで変わることのないあの娘には』
 ――初音。
 変わらぬ顔、笑顔で自分を呼ぶ母。
 ――あなたよ、初音。
『アヤカシだから……』
『?』
『……』
 首を振る。この祖父に語る必要もないこと。
 初音はふぅっと息をついた。
『……会いたがって、いるのですか?』
『ああ』
『わかりました。母の現在の住所は……はい』
 カチャン、と受話器を置く。
 目を伏せる。
 目を開く。
 ゆっくりと、右手を伸ばした。
『……』
 人の手だ。この手は。
 はっ、と安堵の吐息をもらし、初音は早々と床についた。

・・・

 母の家は、都会から離れた田舎にあった。
 村の近くまでが一時間一本の市電、そこから更に二時間歩く。
 それも人の住んでいるところから次第次第離れていき、休むところもなくなっていく。
 太陽は熱い。飲み物もない。今さらのように後悔が胸に広がり、母を恨めしく思った。
「本当にどこにいるの〜〜」
 とうとう人の姿も見かけられないようになってしまった。
 とぼとぼと初音は一人、川辺を歩いている。


「あれ……」
 ふと、初音は眩暈を感じ、脚を止める。
(……糸?)
 身体にいつの間に纏わりついていたのか。
 ゆらり、ゆらり。
 白い、白い、蜘蛛の糸が一筋。
 初音を導くように、先へ先へと伸びている。
「この先に……母さん、いるのかな……」
 何故か初音は、そう思った。
 歩き出す。一歩一歩。糸に誘われるように。
 さら、と川の流れる音が聞こえた。
 辺りは、人の気配もなく、ただ静寂。
 しかしそれは怖れる様なものでなく、まるで自分を迎えるような。
 そんな安らぎにも似た静けさに包まれていると、初音は思った。


 太陽の熱は、いつの間にか失せていた。
 小石の歩き難さ、蒸し暑い湿気。
 そんなものもなく、辺りはただ沈黙。
 そして、ゆっくりと、白い糸は伸びている。
 すぐ近くの、ちいさな家へと向かって。

・・・


 カチャリ……。
 扉を開ける。
 ふわ、と柔らかな匂いがした。
「……」
 懐かしい匂い。
 初音は、そっと目を細めた。
 懐かしい人。
 その、自分よりも幼い、少女の顔が、少しだけほころんだ。
「初音」
「……ただいま、お母さん」
「遅かったのね。心配しちゃった」
 まるで、夜遅く帰ってきたような、その程度の口調。
 幾月も過ぎたのに、変わらぬ姿、変わらぬ心。
 それでも少しだけ、安堵した。
「……ただいま。お母さん」


「お腹すいた?」
「ううん。食べてきたから」
 短く返し、初音は家のなかを見回す。
 少女趣味のデザイン。おそらく手作りなのだろうか、「Kanako」と刺繍されたものもある。
 初音はそっと、その服に触れて呟く。
「かわいい」
「そう? 初音に褒めてもらえると、糸も喜ぶわね」
「……ふふ」
 無邪気にはしゃぐ母を見て、初音は微かに笑った。
 かわいい、といったのは母のことなのであるけれど。
 それを口に出すのは、少し恥ずかしかった。
「……ねえ、母さん」
 ゆっくりと椅子に寄りかかりながら、初音は言葉を紡ぐ。
「どうしたの?」
「寂しかった?」
 じっと初音は母を見た。
 かなこは首を振った。
「いいえ」
 それからにっこり笑い、
「初音が、居てくれたから」

・・・

「そういえば初音、どこに出かけていたの?」
「いろいろ。特に、……」
「南?」
「どうしてわかったの?」
 初音の問いに、かなこは黙って微笑み、軽くウィンクした。
「楽しかった?」
「景色は綺麗だったけど……、人が多かった。海洋都市も出来ていてね」
 そういえば髪の色が緑色の女の子が歩いていた。
「琴○ちゃん?」
「ううん、佐山みど○ちゃん」
「……」
「……」
 ……。
「……別の話、しよっか」
「そうね」

・・・

「初音、好きな人できたかしら?」
「……」
「どうしたの?」
「いない……」
「確か、もう二十五よね。四捨五入して三十歳」
「違う! 二十四で、まだ八ヶ月も差があるもん!!」
「はいはい」
「それに、……お母さんのこと、放っておけないし……」
「ん?」
「なんでもない!」
 初音は。
 かなこが苦手である前に、かなこが好きなのだ。
 忘れたつもりでも、どこかで思っている。
 
 母さんを、ずっと、大事にしてあげたい。
 ――もう、泣かせたりするのは――。
(……もう?)
 何の、ことだろう。
  
「……お母さん」
「ん?」
「初音って、誰?」
「……」
 初音は自分の母親を見つめた。
 かなこは。
 自分の娘から目を逸らし、窓から空を見上げると、首を傾げて、
「姉様よ」
 と、答えた。

 
・・・   
  
 夜。
「今日は、一緒に寝ましょうか?」
「……」
 言いながら、布団を並べて置くかなこに初音はがっくり項垂れた。
「24にもなって母親と添い寝……」
「あら? 24にもなって付き合っている子のいないほうが問題では?」
「……いじわる」
 

 夏の夜に虫が鳴く。
 りん……りりん……。
「……夏だね」
「夏、ね」
 ん、と初音が小さな欠伸をする。
 瞼がうつらうつら。
「眠くなってきた」
「ずいぶん早寝じゃない?」
「ここまで、けっこう歩いてきたから……」
  

 虫の音が途絶えた。
 静かに流れる、優しい声、子守唄。

「お母さん」
「……今日はお休みなさい。明日は、まだあるから」
「……」
 ふと、初音は母の顔を見た。
 それから、自分の顔に触れる。
「……お母さん」
「?」
「私は……人間(ヒト)?」
「……」
 
 ざっ……。
 子守唄が消える。風が揺れ、辺りの木々が騒ぐ。


 ゆっくり。
 かなこは、息を吸った。
 止めて。

「初音は、初音でしょう?」

「……」
 それは、何の答えだというのだろうか。
 少なくとも、今の自分の問いに対するものではない、けれど。
「……そうだね。ありがとう、母さん」
 そしてゆっくり、瞼を閉じる。
 穏やかな寝息。
「……初音」
 かなこは、娘の寝顔を掌で撫ぜる。
「初音は、初音……よ」


 ――幾月が過ぎて。
 もはや、忘却の彼方に置いてきた者もいて。
 それでも色あせぬ、面影、想いがある。

「姉様……」

 ――こんなもので良かったかしら…お気に召して?

「姉様……」

 ――私を捨てる、などと言うつもり?

「姉様……」

 ――明日生きていて、気が向いたなら……また遊んであげるから

 ――そうだったわ……そうだったわね

「姉様……ッ!!」

 ――かなこ。

 
 ああ。
 もはや届かぬ、この気持ち。
 ただ考え、ただ想い、永劫に留める貴方は。
 この身、この心、この命の、絶対の支配者は。
「ここには……いない……」

 共に過ごした時間は、けして短いものではなかったけれど。
 この身体を、その記憶で満たすにはいと容易いほどに、けれど。
 
「姉様……、初音……」
 
 ――それでも。
 共にありたかった、貴方が幸せになるまでは。
 貴方が、生きていることを、哀しみで終らせないよう――

「……」
 そして、一緒に。
 どこまでも、傍にいたかった。

 ――既に叶わぬこと、けれど。
 溜息を漏らすかなこ。
 

「ん……?」
 いつの間にか、愛娘の毛布がめくれている。
「寝相、悪いのかしら……?」
 一瞬そんな考えが浮かんだが、首を振って訂正する。ただ暑いゆえに除けただけだ。
 でないと……、イメージ映像で笑い死ぬ。
「それはそれで可愛くもあるのだけれど……」
 クスクス、微笑みながら、かなこは初音の毛布に手をかける。 
「ん……」
 初音が僅かに身動ぎする。
 その目が、少しだけ開いた。
「起こしちゃった?」  
「……」
 ぼんやり、初音はかなこを見つめる。   
「……お母さん?」
「どうしたの、初音」
「何もないけど……」
 ふと、初音は呟く。

「お母さんが、泣いているような気がして。
 ……どうして泣いているの……?」

 ――何故、泣くの……?
 
 ああ、と。
 零れる溜息は、けして交わらぬこの想い故。
「気の所為。初音、心配性なんだから」
「それならいいけど……」
 それじゃあお休みなさい、と初音は布団に潜り、今度こそ眠る。
「……」
 かなこは、はっと息を吐き、窓から覗く金色の月を見た。
「初音、姉様……」
 永遠の彼方にも留めるその名。
 この身をすべて捧げた、紅の瞳をもつ支配者。
「もう、年が二十五ほど廻りました……」
 驚いたのは、初音の容姿。
 まるで変わっていなかった。かつての貴方と。
 蜘蛛であるが故、また初音はヒトのように暮らすことは出来ない。
 初音自身もそれを恐れている。目を背けている。だがいつかは悟るだろう。
 そして「いつか」など、ほんの些細な時間。
 ――そのときは?
「……ふ」
 一瞬、かつて見た屋上の二人が浮かび、かなこは微かに笑った。
「私が殺してあげる、か。初音、貴方が望むのなら――」
 ふと、ある一つの考えが浮かぶ。
「それとも……貴方が私を殺す? ならばそれでも、……」
 いずれにせよ。現在(いま)の話ではない。
 かなこは微かに俯いた。


「……」
 ふと床に転がる糸玉を取る。
 白い、蜘蛛の糸のような。
「服、久しぶりに織ってみようかな……」
 糸をかける。縦糸、横糸。
 白の筋が幾重にも連なり、一つの形へと、紡がれる。
「あと、明日は何を作ろうかしら……ね。……初音」
 風が蜘蛛の青い髪を撫ぜ、風鈴を揺らす。
 ちりりり……ん。

「おかえり、初音」

   Summer close..




・・・あとがき・・・

 初投稿です。PNはふろんじすとん、略してFg。 
 アリスソフト様のゲームでは、アトラクナクアが好きです、音楽も、シナリオも。
 またこんな、アダルトで独特な世界観のVSNをPLAYできたらな、とか思っております。
 自分で作るほどの腕が、ないものですから。←他力本願。

 えーと、このSS、アリスの館456の公式ガイドブックにあった小説の続き、ということになってます。
 だけどあくまで、かなこさんにとって深山初音さんは永遠を共に生きる娘……です。
 この辺の解釈に自信なし。
 覚悟完了。

 シリアスでギャグはあまりありません。
 人物の心理の変わりが、はっきりとわかりません。
 文章の表現力、語彙が極めて乏しいです。
 当方に迎撃の用意なし。

 なので、非難や批判、罵詈雑言、虎頭の鉄拳(ゲーム違い)、やっほーです。
 お暇があれば、「身の程を知るのね、豚」など、ナイスな感想をください(笑)