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アトラク・ナクア前章《お市》
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「お市、達者でおるか?」 鷹狩りのついでに、信長が清洲に寄った。 四方の敵をなぎ払いながら、閑を見つけては、 相撲を興行し、南蛮渡来の珍しい物を眺め、鷹狩りに走り出す。 信長ほど活力に満ちた武将も珍しいだろう。 お市は頬を染め、小娘のように走り出した。 「兄様ああああああっ」 「なんだ、子供のように走りおって。」 笑いながらお市に声をかける。 「兄様、お風呂と食事の用意をさせております、どうぞご休息を」 鷹狩りで汗をかき、空腹だろうと素早く用意を命じていた。 「さすがお市だ、良く分かっておる」 信長の広い背中を見ながら、お市はある決意をしていた。 昼の暑さも緩み、涼しげな風が吹き始めていた。 「ん・・・いかぬ。いつの間にか寝ておったか」 座敷に長々と横になっていた信長は、ふと目を覚ました。 柔らかな枕は温かく、息づいていた。 『お市の膝・・・?』 におい立つ女の香り、それがずんと信長の男を刺激する。 そして、上から優しく見下ろしている黒い深い瞳。 母に嫌われ、疎んじられた幼少期、 このような膝は、どんなに望んでも得られぬはずのものだった。 『母の血が、この膝に流れている』 男にとって、もっとも抗いがたいものの一つ。 まして信長にはトラウマに等しかった。 お市が、信長の広くたくましい胸に手を伸ばした。 白魚のような指先、長く美しい爪、 その指先がひどく熱かった。 風のさざなみの中、二つの影が一つになった。 雄々しく猛々しい欲望に、 白いしなやかな肌が絡みつき、 幾度も、幾度も、果てていく。 『我、六天魔王信長、天ニモ地ニモタダ一人ナリ』 激しい熱と欲望に、蜘蛛すらも陶酔し、我を忘れた。 影がゆらぎ、巨大な蜘蛛が数瞬現れた。 人ほどもある蜘蛛と、男が絡み合う影、 それに、声もなく立ちすくむ男がいた。 信長の軍団に妖しの匂いを嗅ぎつけた銀は、 密かに武将たち数人に、破邪の印を打ち込んでおいた。 妖しの妖術に惑わされぬように。さすれば、騒ぎが起きるだろうと。 だれも近寄れぬはずの清洲城の奥に、 明智光秀は近づいてしまった。 清洲城を転がり出るように逃げ出し、 危険なはずの夜道を、光秀は死に物狂いで馬を飛ばした。 『わ、私は何を見たのだ?!、あれは、あれは、あれはああああ!?』 明け方、信長はわずかに青い顔で、 何事もなかったかのように京へ向った。 お市にも静かに笑いかけ、静かに馬を進めていった。 |