アトラク
アトラク・ナクア前章《お市》


『プロローグ』

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□□□ 5章 □□□

信長は、あのような裏切り者に妹を任せたことを、ひどく恥じていた。

お市を嫁に欲しがる男は、星の数ほどいたが、
誰にも首を縦に振ろうとはしなかった。

それは、お市にとっても都合が良かった。

兄様の側にいて、その声を聞き、凛々しい姿を見るだけで、
お市はとても幸せな気持ちになった。

だが、それだけでは安心はゆかぬ。


『くくく・・・女は魔物よのう』


ふと、蜘蛛すら不思議な気分に囚われる。

自分は本当に外から来た蜘蛛なのだろうか、
あの女の中に作り出された幻影ではないのだろうか?。

お市の壮絶さには、蜘蛛すらいつの間にか引き込まれていた。


「猿どの」

もはや信長の大きな勢力になっていた藤吉郎だが、
他の者に言われると腹の立つあだ名も、
お市に親しみを込めた声で呼ばれると、
顔が笑み崩れ、へその下まで元気になってしまう。

「これはお市様、相変わらずお美しゅう。」

口のうまさでもbPだが、お市に関しては誰も反論できまい。

艶やかで長い黒髪、
絹のような白い肌、
ほんのりと染まる頬と、美しい鼻筋、

3人の娘を産んだとは思えぬ、妖しいまでの美しさだった。


女狂いで有名な藤吉郎、後の豊臣秀吉にとって、
お市への思慕は、今にも沸騰しそうに高まっている。
信長の妹でなければ、どんな手を使っても手に入れてやるのだが、
さすがに、六天魔王を名乗る信長の恐ろしさは身に染みている。

猿の欲望の激しさは、お市にも蜘蛛にも好都合だった。


「ちと困っておる、手伝ってくれぬか。」

大喜びでついてきた藤吉郎を、奥の間に誘い入れた。
ふっと能のような足さばきで、藤吉郎のしわの多い顔に近づいた。

まぶしいような笑顔に、藤吉郎の喉がごくりと動く。

「わしは兄様が大事じゃ、おぬしが兄様に忠義を尽くしてくれておること、
よおっく知っておる。だからこそお願いしたい。」


柔らかい白い手が、藤吉郎のごつごつした手を包んだ。
手から全身に、興奮とも快感ともつかぬものが走りあがる。

蜘蛛のような指の動き、それが、さわさわ、さわさわ、
藤吉郎の理性を奪っていく。


「猿どの、これからも兄様に、代わらぬ忠誠を誓えるか?。
そなたが、命をかけて忠義を誓うと言うなら・・・・」

ヌラリと輝く唇が、
藤吉郎の指をはさんだ。

びくびくっ、
金玉がつりあがり、陰茎が激しく震えた。
ねっとりした唇が、舌が、からみ、舐めあげる。

指から伝わる感触に全身がしびれた。


黒髪の女郎蜘蛛の記憶、それから抜き出した手管、
それがいつの間にかお市が使っていた。
蜘蛛は、自分が使わせたのか、お市が引き出したのか、
それも忘れ去る。ただ、ただ、面白かった。


指に這う、赤い舌、
爪をなぞり、全体をうごめく妖しい唇、

妖しい、甘い吐息。
お市の美しい肢体が目の前に息づいていた。
深い、底のないような黒い瞳、
その中に、意識が飲まれていく。


「私は、どのような代償も喜んで受け入れます。」


脳髄が白熱するような、お市の声、
血が沸騰し、恐怖と歓喜が同時に膨れ上がる。

だが、蛾に火に飛び込むなと言って、聞くだろうか。

小柄な藤吉郎の体が、戦場を駆け巡る凶暴な兵士のそれとなった。

「おう、おおう・・」

ふくよかで美しい乳房、
吸い付き、離さぬ様な肌、
まぶしいぐらいに白く、妖しい香りを漂わせる。

漆黒の瞳が、妖しいきらめきを放ち、
長い美しい腿が、小柄な引き締まった身体を引き寄せ、絡み付ける。

白い細い腕、長い指先が、日に焼けた身体にからみつく。

それはまるで、白い蜘蛛にからめ取られた虫のように、
喘ぎ、突き上げ、のけぞる。

「誓う、誓うぞおおっ」

声にならぬ快感が、己の陰茎から凶悪に絡み、締め上げてくる。

「我が命、生涯、捧げまするうううううっ!」


お市と蜘蛛が、己の胎内で蠢く男に、妖しく笑った。



すでに、清洲の城は目に見えぬ糸が張られ、
蜘蛛の結界となっていた。

蜘蛛かお市が望まねば、だれも奥へ入ることを忘れた。

そう、もはや蜘蛛かお市か、その間を分かつのは難しいほどであった。



ありったけの精を吸い取られた藤吉郎は、
法悦の笑みをうかべ、よろよろと歩き出す。

『そなたが忠誠を見せれば、私もまたお招きいたしますわ。』

その声が、頭に何度も何度も、繰り返していた。


蜘蛛はお市の身体を通して男たちの精を喰らい、
お市は、信長の身を守る男たちを誘った。


信長の軍団は、恐るべきしぶとさで、
群がる敵軍を確実に潰していった。



「妖しだ、妖しのにおいがする」


一人の編み笠をかぶった僧が、
秀吉の軍勢の側を通るとき、鼻をひくつかせた。


その僧の名は、銀(しろがね)と言った。
かつて、黒髪の女郎蜘蛛と死闘を繰り広げたモノ。