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アトラク・ナクア前章《お市》
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信長は、あのような裏切り者に妹を任せたことを、ひどく恥じていた。 お市を嫁に欲しがる男は、星の数ほどいたが、 誰にも首を縦に振ろうとはしなかった。 それは、お市にとっても都合が良かった。 兄様の側にいて、その声を聞き、凛々しい姿を見るだけで、 お市はとても幸せな気持ちになった。 だが、それだけでは安心はゆかぬ。 『くくく・・・女は魔物よのう』 ふと、蜘蛛すら不思議な気分に囚われる。 自分は本当に外から来た蜘蛛なのだろうか、 あの女の中に作り出された幻影ではないのだろうか?。 お市の壮絶さには、蜘蛛すらいつの間にか引き込まれていた。 「猿どの」 もはや信長の大きな勢力になっていた藤吉郎だが、 他の者に言われると腹の立つあだ名も、 お市に親しみを込めた声で呼ばれると、 顔が笑み崩れ、へその下まで元気になってしまう。 「これはお市様、相変わらずお美しゅう。」 口のうまさでもbPだが、お市に関しては誰も反論できまい。 艶やかで長い黒髪、 絹のような白い肌、 ほんのりと染まる頬と、美しい鼻筋、 3人の娘を産んだとは思えぬ、妖しいまでの美しさだった。 女狂いで有名な藤吉郎、後の豊臣秀吉にとって、 お市への思慕は、今にも沸騰しそうに高まっている。 信長の妹でなければ、どんな手を使っても手に入れてやるのだが、 さすがに、六天魔王を名乗る信長の恐ろしさは身に染みている。 猿の欲望の激しさは、お市にも蜘蛛にも好都合だった。 「ちと困っておる、手伝ってくれぬか。」 大喜びでついてきた藤吉郎を、奥の間に誘い入れた。 ふっと能のような足さばきで、藤吉郎のしわの多い顔に近づいた。 まぶしいような笑顔に、藤吉郎の喉がごくりと動く。 「わしは兄様が大事じゃ、おぬしが兄様に忠義を尽くしてくれておること、 よおっく知っておる。だからこそお願いしたい。」 柔らかい白い手が、藤吉郎のごつごつした手を包んだ。 手から全身に、興奮とも快感ともつかぬものが走りあがる。 蜘蛛のような指の動き、それが、さわさわ、さわさわ、 藤吉郎の理性を奪っていく。 「猿どの、これからも兄様に、代わらぬ忠誠を誓えるか?。 そなたが、命をかけて忠義を誓うと言うなら・・・・」 ヌラリと輝く唇が、 藤吉郎の指をはさんだ。 びくびくっ、 金玉がつりあがり、陰茎が激しく震えた。 ねっとりした唇が、舌が、からみ、舐めあげる。 指から伝わる感触に全身がしびれた。 黒髪の女郎蜘蛛の記憶、それから抜き出した手管、 それがいつの間にかお市が使っていた。 蜘蛛は、自分が使わせたのか、お市が引き出したのか、 それも忘れ去る。ただ、ただ、面白かった。 指に這う、赤い舌、 爪をなぞり、全体をうごめく妖しい唇、 妖しい、甘い吐息。 お市の美しい肢体が目の前に息づいていた。 深い、底のないような黒い瞳、 その中に、意識が飲まれていく。 「私は、どのような代償も喜んで受け入れます。」 脳髄が白熱するような、お市の声、 血が沸騰し、恐怖と歓喜が同時に膨れ上がる。 だが、蛾に火に飛び込むなと言って、聞くだろうか。 小柄な藤吉郎の体が、戦場を駆け巡る凶暴な兵士のそれとなった。 「おう、おおう・・」 ふくよかで美しい乳房、 吸い付き、離さぬ様な肌、 まぶしいぐらいに白く、妖しい香りを漂わせる。 漆黒の瞳が、妖しいきらめきを放ち、 長い美しい腿が、小柄な引き締まった身体を引き寄せ、絡み付ける。 白い細い腕、長い指先が、日に焼けた身体にからみつく。 それはまるで、白い蜘蛛にからめ取られた虫のように、 喘ぎ、突き上げ、のけぞる。 「誓う、誓うぞおおっ」 声にならぬ快感が、己の陰茎から凶悪に絡み、締め上げてくる。 「我が命、生涯、捧げまするうううううっ!」 お市と蜘蛛が、己の胎内で蠢く男に、妖しく笑った。 すでに、清洲の城は目に見えぬ糸が張られ、 蜘蛛の結界となっていた。 蜘蛛かお市が望まねば、だれも奥へ入ることを忘れた。 そう、もはや蜘蛛かお市か、その間を分かつのは難しいほどであった。 ありったけの精を吸い取られた藤吉郎は、 法悦の笑みをうかべ、よろよろと歩き出す。 『そなたが忠誠を見せれば、私もまたお招きいたしますわ。』 その声が、頭に何度も何度も、繰り返していた。 蜘蛛はお市の身体を通して男たちの精を喰らい、 お市は、信長の身を守る男たちを誘った。 信長の軍団は、恐るべきしぶとさで、 群がる敵軍を確実に潰していった。 「妖しだ、妖しのにおいがする」 一人の編み笠をかぶった僧が、 秀吉の軍勢の側を通るとき、鼻をひくつかせた。 その僧の名は、銀(しろがね)と言った。 かつて、黒髪の女郎蜘蛛と死闘を繰り広げたモノ。 |