アトラク
アトラク・ナクア前章《お市》


『プロローグ』

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□□□ 4章 □□□

お市の輝くような美しさは、女の艶を帯び、美しく花開いた。
すでに一人、娘を産んでいたが、彼女の肉体は
ますます熟れ、甘美になっていた。
長政は彼女を愛し、心底溺れていた。

だが、世は戦国であった。


「なんですって?!」

嫁入りからついてきた侍女が密かに伝えてきた事態に、お市は驚愕した。
信長が朝倉攻めを行う背後を、浅井の軍勢が突いたというのだ。

浅井が全力で攻めれば、信長の全軍は攻め潰されてしまう。

『何とかして、長政様を止めねば。』
3年の月日も、兄への思慕は変わらなかった。


だが、下手に止めようとすればどうなるか。
蜘蛛は、お市の周りに配される侍女たちが急に変わっているのに気づいた。
そして、お市も気づいていた。

侍女たちはひどく緊張して、耳の毛が逆立つほどお市の発言を聞いている。

『おのれ浅井の父親め、わらわが長政殿にすがらぬよう先手を打ちおったな』

宿主の鋭さに、蜘蛛もおもしろそうに笑った。

目に見えぬ糸を伸ばし、侍女たちの意識をのぞいて見ると、
長政の父や、豪族たちから言い含められ、
長政に取りすがろうとすれば、即座に座敷牢に押し込める用意をしていた。


さすがは信長の妹、見抜く目はかなりのものだ。

お市は蜘蛛も感嘆するほど巧妙な手を打った。



夜になり、長政がのしのしと、お市の部屋に入った。
臨戦態勢なので鎧をつけ、刀を下げ、荒ぶる赤い顔だった。
たとえお市が何を言おうと、怒鳴りつけるつもりだ。

だが、お市は何一つ言わず、
酒をの支度をさせ、杯になみなみと注いだ。

静かな目を向け、何も言わず、干された杯をまた満たす。
むしろ、長政が耐え切れなくなった。

「何も、いわぬのか?」

お市は美しいまなざしを向け、静かに応えた。

「私は、浅井長政様の妻でございます。」

胸を突く言葉に、自分の物々しさがひどく恥ずかしく思えた。
長い沈黙の後で、長政はポツリとつぶやいた。

「すまぬ・・・・」

この言葉は、お市の回りに配された侍女たちまで涙ぐませた。

長政が戻ろうとする背中に、ひしとしがみついた。
何も言わぬ、ただ、悲しく震える姿に、長政はすまなさでいっぱいになった。


侍女たちから聞かされた長政の父親や、豪族たちも、これには堪えた。

戦国とはいえ、義理堅いことで知られた浅井家である。
どこかに裏切りへの後ろめたさがあった。

お市の言葉に、強硬論がみるみる緩んでいった。



浅井の追撃がゆるみ、信長は窮地を脱した。



蜘蛛は宿主が面白くて仕方がなかった。


「長政様、お家のためには男の子を作らねばなりませぬ、
お市だけでは心もとないかもしれませぬ。」

お市の白い脚を抱き、激しく腰を使う長政に、
乱れながら、悲しげに言う。

「何を言うお市、お前ほどの女がおると思うか。」
黒髪が白い肌に流れ、
喘ぐ吐息が甘く夜に溶ける。
かぐわしい香りと、蕩けるような肌と蜜、
恥じらいに染まる頬が、美しい艶を放つ。

長政の言葉に嘘はない。
長政の奥方と知りながら、こっそりと恋焦がれる若者も多かった。



これだけの芝居をしながら、心底では怒っている。


どうやったら、この兄の怨敵を滅ぼせるかすら考えている。
自分の命などかえりみもしない。

『面白い、実に面白い女よ』


全力で浅井家をペテンにかけて、骨抜きにしていく。

女でなければ、信長と争うほどの武将になっていただろう。




ゴオオオオッ

城が燃え盛る。
浅井の最後は壮絶な死闘の末に幕を閉じた。


信長の家来、羽柴藤吉郎が城門をあけて、
全軍を引き入れて壊滅させた。


一匹の蜘蛛が届けた小さな紙片が、
警備の隙を知らせた事は、誰にも知られることはなかった。


お市は敵方の血族としては異例の扱いで、
3人の娘と共に丁寧に送り返された。