アトラク
アトラク・ナクア前章


『プロローグ』

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□□□ プロローグ □□□

 黄と 黒と 白と 赤

おどろしいまだらの姿。


音ひとつ無く、
長く妖しい脚を蠢かせ、
動いていく。

1mはあろうかという

  女郎蜘蛛


巨大な蜘蛛は、ぴたりと脚を止める。

何かを恐れ、敬うかのように、頭を垂れ、

空気すらも動かすことを恐れ、

静かにゆっくりと進みだす。



人の痕跡すらない、ただ森の続く山奥、

打ち捨てられ、神すらも忘れ果てたほこら。


その奥にそれはあった。

白い、天井まで届く巨大なまゆ。


蜘蛛はその前にはいつくばり、
長く頭を垂れていた。

やがて、前の脚2本を振り上げ、
口を、牙を狂おしく開く。


きゅおおおおおん、きゅおおおおおん


おぞましく並ぶ目は、涙をこぼし、
奇怪な叫び声は、哀しいまでの響きを帯びた。


「あ・・・あね・・・姉様・・・・」


30年の歳を経た蜘蛛は、
その思いのたけを、ついに言葉にした。



小さな、生まれたばかりの蜘蛛であったころ、
ここが唯一の安息の場所であった。

いかなる獣も恐れ近づかぬここに、
ただ、小さなめす蜘蛛である自分だけが、
安心して眠れる場所。

その優しい主である、巨大なまゆ。
ここだけが、自分の安息の世界。



10年の歳を経て、彼女は夢を見るようになった。
おぼろげな、さまざまな映像が、
歳を重ねるほどに、次第にはっきりとなっていく。


長い黒髪の女性、
そして、巨大な、自分には及びもつかぬ女郎蜘蛛。


さらに10年を経て、
次第にその夢が、言葉が明らかになっていく。


長い長い夢、

人である頃の痛み、
連れ添う穏やかな時間、
恨みと呪いを解き放つ殺戮、

次第に消えていく人
次第に生まれてくる蜘蛛

次第に、彼女の胸は温かくなる。
それは、人でないものの情、
憧れ、愛、悲しみ、喜び、そして不思議な平穏。



無限の時を重ねながら、
その中にたゆたい、存在していく平穏。

平穏を覆し、凶悪な欲望に沸き立ち、
また静かな、終わりの無い平穏に溶けていく。

いつしか、夢は彼女の世界となる。



『兄・・・様・・・』

黒髪の女郎蜘蛛の声、
もう一つの巨大な蜘蛛、

だが、蜘蛛はいつしか人の姿となり、
黒髪の女郎蜘蛛は捨てられる。

蜘蛛は泣いた、鳴くのではない、泣いた。

『銀・・・しろがね・・・シロガネ・・・銀・・・』

黒髪の女郎蜘蛛の叫び、
蜘蛛は泣き続けた、
一緒に泣きたい、自分がお側にいたい、
だが、それはかなわぬ夢。


絶望、呪い、恨み、

『銀!・・・しろがね!・・・シロガネ!・・・銀!・・・』

脚が折れる、目が潰される、
圧倒的な力に、叩き潰され、それでもまだ負けまいとする黒髪の蜘蛛、

稲妻が光る、
全てが白く染まる。





ザアアアアアアアア・・・・

外は雨が降っていた。

雲が渦巻き、稲妻が光る。

カカッ!

地が震えるほどの雷鳴、
打ち倒される巨木の絶叫、

声が聞こえる。


『シロガネ!、銀!、しろがね!、しろがねええええええっ!』


いつしか、彼女はその声の主を、
『姉様』と呼んでいた。

『姉様』の声が聞こえる。
まゆの中で嘆き、叫び、打ち震える声が。

蜘蛛は、自分の身にわきあがるものに、
身もだえし、涙を流した。

それは、彼女の神。
彼女が崇拝し、愛し、慕い続けた神の絶叫。

それを聞く哀しさで、胸が張り裂けそうになる。
それを聞ける喜びで、気が狂いそうになる。


この身を引き裂き、その全てを露にしたい。
貴方の前に、全てを捧げれば、どれほどの歓喜が自分を満たすだろう。


神の絶叫を聞きながら、
蜘蛛は白く輝く。


きゅおおおおお、きゅおおおおおお、
あねさまあああああああああああああああああ、


陶酔が蜘蛛を包む、
全てを露にする、
自分の思いを、受け止めた神の声を、

『産み出そう』




嵐が去った。

一房の卵と、巨大な蜘蛛の骸が、
闇の中に横たわる。


夜が開ける、

パチリ

殻がはじける、数個の卵が、一斉に開く。
小さな小さな蜘蛛たちが、
母蜘蛛の死体に群がり、
まだ温かみすらある骸を食べていく。

母蜘蛛の血も、肉も、目玉も、
その思い全ても、記憶すらも、
全ては子供たちに食われ、その血肉になっていく。

朝日の中に、
子蜘蛛たちは這い出す。

尻から糸を伸ばし、
長く長く、光る糸を伸ばし、
風に乗り、舞い上がる、

いくつもの銀の糸が、風の中に舞い上がった。



そはまぎれもなき蜘蛛の子供、
母蜘蛛の思いを、黒髪の叫びを、
胸に秘めた魔性たち。

いくつもの闇が、
風に乗り、飛び立っていった。



FIN



あとがき


この物語、アトラク・ナクア前章は、

比良坂初音とは、何の関係もございませぬ。

しかし同時に、比良坂初音の思いを受けた魔性たち、

まさしく、彼女の子供たちが、

この物語を編んでゆくのでございます。


わたくしに取りましても、

アトラク・ナクアは今なお大きな衝撃を残しております。

なぜ今この子供たちが生まれ出たのか、

それは私にも分かりませぬ。

私の胎内で生まれた母蜘蛛が、

今卵を孵したとしか、言いようがございませぬ。


子供たちがつむぐ銀の糸、

それはどこへ、どう流れていくのでしょうか。

それでは次の夜伽をお楽しみに・・・。


MORIGUMA