| 【 京夜のドリル日記 】 第9話「真夏の報酬」 著:夕凪 |
日曜 早朝:(深海京夜)自宅前 すずめが鳴き出す早朝。 京夜は自宅前で大きく伸びをしていた。 鈍り気味の体を動かしストレッチで軽く汗を流す京夜。 早朝の静まった周囲から涼しい空気が流れ込んでくるのが心地よい。 「まったく、このままじゃ体も心も腐っちまう」 ここ数日のゴタゴタで、早朝の古武術の朝練がまったくできなかったのである。 ストレッチですっかり体が鈍っているのを確認した京夜は、このまま古武術の型の練習に入るよりも、気分転換にジョギングでもしてみるかと思った。 コースは? ”どうせ気分転換だから、遠回りでもしてみるか” そう考えると、京夜は普段足を向けない場所を巡るコースに走り出した。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 日曜 早朝:海岸通り なんだかんだ走っている内に京夜はアンドルードと内陸を結ぶ幹線道路まで来ていた。 さすがに、早朝すぎて車の通行はほとんどない。 オマケ程度に設置された狭い歩道ではなく、車道を堂々と走る京夜。 「こういうのも、気持ち良くてなかなかいいもんだな」 程良く汗をかきながら、染みるようにつぶやく京夜。 そうしている内に前方から大型トレーラーが走ってくる。 仕方ないので、歩道に避ける京夜。 ところが、その大型トレーラーが京夜の前方で停止した。 「深海君じゃない。こんにちは」 大型トレーラーの運転席から、妙な防護服を着た運転手が声をかける。 意外な呼びかけに”一体誰だ?”とよく見てみると、それは高坂雪之だった。 「なんだ、雪之先輩か。誰かと思ったぜ」 「”なんだ”はないでしょう...ふふ。 深海君ジョギング?精がでるわね」 「先輩こそ、何でそんなトレーラー運転しているんだ?」 雪之と早朝の大型トレーラーが結びつかない京夜は素直に聞いてみた。 「昨日、東北で荷を下ろして、今戻って来たところよ」 「へぇ〜先輩トラックの運転手までやってるのか。こりゃ驚いたな」 アンドルードから東北まではかなりの距離がある。 おそらく夜を徹しての走行だろう。 ”体の鈍り取りにジョギングしている自分とは大違いだ” と意外な雪之のバイトに舌を巻く京夜。 「先輩、大型免許持ってるのか?それにその防護服はなんだい?」 ”好奇心丸出しの質問だな” と自分で思いつつ、あまりにも雪之のイメージとかけ離れた姿につい聞いてしまう京夜。 「ふふ...それは秘密です。 でも、深海君知らないの? 運ぶ荷によってバイト料が全然違うのよ...ふふっ♪」 あくまで、いつもと変わらぬ調子で話をはぐらかす雪之。 いつもの雪之の微笑みがそこにはあった。 「わかったよ。あまり根堀歯堀聞かないよ。 まったく先輩にはかなわないぜ。 そうすると、バイト料はかなりよさそうだな。 でも、そんなにお金を稼いでどうするんだ?先輩」 その、瞬間! 雪之の眼光がカミソリのように光る! えっ!? 「せ、先輩!今、 ホテルの一室で依頼を吟味しているゴルゴ13のような目ェしなかったか!?」 「何言ってるの?深海君。もう、からかわないで♪」 そう、諭す雪之の表情はいつもと変わらぬものだった。 ”気のせいか?” 目をごしごしこする京夜。 そうしている内に、雪之の防護服に通信らしきものが入る。 後ろのトレーラーの方を振り向きそれに答える雪之。 おそらく、トレーラー内部にいる人間からの通信だろう。 「深海君ごめんなさい。すぐ戻らなきゃいけないの。 じゃ、ジョギングがんばってね」 「ああ、先輩もな」 ブロロロロロ〜〜 妙にアメリカンな排気音を残して走り去る大型トレーラー。 トレーラー背後に付いたプロトニウムのマークを見ながら、京夜は ”別に俺のジョギングはがんばるモンでもないがな。先輩も色々大変そうだな”と、しみじみ感じていた。 しかし、京夜は気づいてはいなかった。 海岸通りの高台から成瀬涼がその様子を監視していたことを.... ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 日曜 午後:(深海京夜)自宅 京夜はひさしぶりに一人でリビングでくつろいでいた。 遠出のジョギングから戻ってきた頃には、結衣と琴里は既に外出していた。 不意にインターフォンが鳴る。 ”誰だ?” 京夜が横の窓から覗いてみると、雪之がスーツを着て立っていた。 それは普段見る制服姿の雪之とはまた違った雰囲気をかもし出している。 玄関のドアを開ける京夜。 「先輩じゃないか。どうしてここに?」 「あれ!?深海君。ここ深海君の家なの?こんにちは」 雪之も京夜を見て驚いている。 「少し、お邪魔させてもらってもいいかしら」 「ああ、かまわないが。どうぞ、入ってくれ」 雪之のよそ行きの姿にとまどいながらも、リビングルームに案内する京夜。 「深海君って、良い家に住んでるんですね」 「何を見え見えのお世辞言ってるんだか。先輩、そんなモン必要ないぜ」 「でも、玄関ドアに【変態お断り!】って張り紙してあったから、訪問しようかどうか?少し迷ったんですけどね...ふふっ♪ 深海君、あの張り紙は何?」 「あ、いや。いろいろあるんだよ....先輩は変態じゃないから全然OKだ」 その言葉にドキマキしながら答える京夜。 「ところでお母さんはご在宅かしら?」 不意にそんな事を聞かれ、返答に詰まる京夜。 「いや....あの先輩。俺の両親は数年前事故で他界してな....」 思い出したくない記憶が蘇る。 「えっ!そうなの。ご、ごめんなさい深海君....」 申し訳なさそうに京夜を見つめる雪之。 それは、スーツ姿ではない、制服を着ている雪之の表情だった。 「先輩がそんな顔する必要ないぜ。昔の話だし。ところで、何の用だ?」 しょんぼりする雪之の表情を見て京夜は話題を別のところに向ける。 「そう、そう。深海君、下着買わない?」 と、雪之はスーツケースを開ける。 そこには、女性用のランジェリーが並んでいた。 「ああ、これが下着の訪問販売か。はじめて見るな〜」 「ふふっ....こういう訪問販売は普通、平日の子供や旦那さんが学校や会社に行って家にいない時にするのよ。」 ”言われてみれば、そうだな” と、京夜は思った。 子供や旦那がゴロゴロしている所では売る方も買う方もやりにいくいだろう。 「先輩は何で日曜にやってるんだ?」 「平日は学園があるから....だから日曜だと買う気がある奥さんでも子供や旦那さんに気兼ねして断られる事も多いの....」 少し悲しげな表情をする雪之。 「なるほど。それで日曜も、午前は休んで午後は訪問販売か....大変だな先輩も」 改めて雪之の勤労ぶりに舌を巻く京夜。 「ふふ...午前はファミレスでした。 深海君来なかったでしょ♪」 「ええっ!そうなのか?すごいな〜 でも、そんなにお金を稼いでどうするんだ?先輩」 その、瞬間! 雪之の眼光がカミソリのように光った! えっ!? 「せ、先輩!い、今、 ベッドでなじる娼婦を後目に、考え事をしているゴルゴ13のような目ェしなかったか!?」 「何言ってるの?深海君。もう、からかわないで♪」 そう、諭す雪之の表情はいつもと変わらぬものだった。 ”気のせいか?” 目をごしごしこする京夜。 「それよりも、どう?深海君。この下着、とってもお買い得よ」 「お買い得と言われても、俺には女性モノの下着は.....」 日曜に訪問販売している雪之の為に買ってもいいとは思うのだが......返答に困る京夜。 「あら、あら、深海君。女の子と住んでるんでしょ? 隠したって、お見通しです♪」 どきっ! 核心をつかれた問いに京夜の心臓が震える。 「な、なんでそのことを?」 「玄関に女の子が履く靴があったもの...ふふふ♪」 確かに玄関には結衣の靴がいくつか並んでいる。 「するどいな先輩は。でも、従兄妹がしばらく住んでるだけだぜ」 「深海君が鈍いだけよ。そんな事常識です。」 ”それが常識なのか?” 少し、女性の恐ろしいモノを感じる京夜。 「ところで先輩、俺はよくわからないんだが、 やけに派手目の下着じゃないのか?それ?」 スーツケース内の女性用のランジェリーを指さす京夜。 「そうよ、深海君」 しれっとして答える雪之。その表情は既に商売人になっている。 「そう、って言われても....」 「訪問販売で普通のどこででも買える下着を売ってもしようがないでしょう。これは、少し派手目の下着をお店でなかなか買えない女性向けに、手頃な値段で販売するのがミソなんです♪」 ”確かにそうだ”と京夜は思った。 下着ではないが、例えばそこらのスーパーで買える食材を訪問販売してもなかなか値段等で差を付けない限り売れないだろう。 「だから、その従兄妹さんにどうかしら?深海君」 あくまで、商売人の雪之。 「どう?って言われてもな....」 再び返答に困る京夜。 確かに値段は手頃らしいし、結衣用に買ってもいいのだが.... そんなもの京夜から結衣に渡せば、罵倒され殴られるのは目に見えている。 「それなら、深海君が使えばいいじゃない。....ふふっ♪」 とことん、商売人の雪之。 「ええっ!俺が使う???」 「そう。自分で身につけたり、 頭にかぶったり、 臭いかいだりしてね♪」 少し、呆れる京夜。 「先輩。俺を変態にしてまで下着を売りたいのか......」 「そうよ。....ふふふっ♪」 悪戯っぽい笑顔でしれっとして言う雪之。 「まいったな〜、先輩の商売魂にも..... わかった。こうしよう。 俺が買って先輩にプレゼントするから、先輩適当にみくつろってくれよ」 もう、降参と言わんばかりにサジを投げる京夜。 「それはイヤです。 だって深海君がはいたり、なめたり、臭いかいだりした下着はつけたくないもの...ふふっ♪ だから、深海君の恋人用に私が選んであげます」 素早く下着をみくつろい袋に入れる雪之。 「先輩...今の少し本気で言ってなかったか?」 雪之に舌打ちしつつも、やれやれという感じで料金を支払う京夜。 雪之の手に掛かっては京夜も只の年下の男の子であった。 その時、京夜宅周辺でヘリコプターの爆音が鳴り響きはじめた。 どんどん音が大きくなってくる。 ”一体何だ?” と顔を見合わせた二人は、ベランダに出てみた。 米軍マークの輸送ヘリが飛んでいた。 ベランダの京夜と雪之を見て、輸送ヘリの乗員が指さしている。 京夜宅上空に輸送ヘリが接近すると、中からウインチで一人のアメリカ軍人がベランダにするする降りてきた。 がっしりとした体格のその軍人は雪之に向かってしゃべりはじめる。 「ペラペラペラ〜 (訳:ミス.ユキノおしさしぶりです。捜しましたよ。 大統領の病状が悪化したのです。あなたのオペの技術が必要なのです。 至急、我々と同行していただきたい。)」 「ペラペラペラ〜 (訳:まあ、モーニング大佐。それは大変!すぐに行きましょう。)」 突然、自宅のベランダで英語で会話する軍人と雪之の会話に少し不安を覚える京夜。 「先輩。一体何なんだ?この軍人は?何言ってるんだ?」 「急にホームヘルパーの仕事が来たの。行かなくっちゃ。 それじゃこれでお暇するわ深海君。」 「ホームヘルパー?????」 ホームヘルパーと軍事ヘリが結びつかない京夜は、更に不安を覚える。 「ちょっと待ってくれ先輩!なんだか心配だぜ。 大丈夫なのかこいつら?先輩すぐにだまされそうだからな」 「じゃ、深海君も一緒に来る? ホラ、なんたってヘリコプターに”ただ”で乗れるのよ。 ”ただ”で....ふふっ♪」 そう、あっけらかんと言って輸送ヘリを指さす雪之。 確かに、軍事ヘリに”ただ”で乗れる機会はそうないだろう。 だが、”それは、何か違うんじゃないか?”と思う京夜。 「ペラペラペラ〜 (訳:彼も同行していいかしら、モーニング大佐。)」 「ペラペラペラ〜 (訳:ユキノの助手ですか?勿論かまいません。 さあ、急ぎましょう。事態は一刻を争います。)」 「深海君。一緒に来ていいって♪」 「そ、そうか!?」 あまりにも、すんなり話が進むので、慌ててリビングに戻り、買った下着袋を片手に訪問販売の痕跡を消す京夜。 京夜は今、訳あって家から締め出されているので、家に入りこんでいるのが結衣にバレたら一大事である。 とりあえず持つ物を片手に、京夜宅の裏地に着陸した輸送ヘリに乗り込む二人。 雪之と京夜の乗り込んだ輸送ヘリは沖合に停泊している、アメリカ第7艦隊所属の護衛空母「カイコク-シテクダサイ」を目指す。 護衛空母の周辺は物々しく哨戒機が飛び、護衛艦が対潜シフトをひいているのが見える。 輸送ヘリ内での雪之と大佐の会話は続く。 「ペラペラペラ〜 (訳:ミス.ユキノ。我々の緊急要請に応じてくださった事にアメリカ国民を代表して感謝します。 それからグッドニュースです。司令部から今回の時給が680円から840円になると通達がありました。)」 「ペラペラペラ〜 (訳:まあ、うれしい。俄然やる気がでてきましたわ。 あっ!そうだ。モーニング大佐この下着奥さんにどうですか?)」 と言って、輸送ヘリ内でスーツケース内の女性用ランジェリーを見せる雪之。 「ペラペラペラ〜 (訳:HAHAHHAHAHHA〜!! 残念ながらこのサイズでは私のワイフには収まりきらないよ。 下着販売をしているのかね?よろしい。私のポケットマネーで全部引き取ろう。ミス.ユキノには大統領に専念してもらわなければならないしね♪)」 思わず爆笑し、普通の父親顔を見せてしまうモーニング大佐。 「ペラペラペラ〜 (訳:モーニング大佐は優しいですね....ふふっ♪)」 「ペラペラペラ〜 (訳:なんの。大統領の命に比べれば安いものですよ。 あそこに見える空母から輸送機に乗り換え本土に直行してもらいます。 よろしいですか、ミス.ユキノ。)」 英語がよくわからない京夜は居所がなさげに、その会話を聞いていたのだが、 「何か、先輩うれしそうだな。良いことでも言われたのか?」 「下着が全部売れたの。ふふっ♪ しかも次は輸送機に”ただ”で乗れるのよ。 ”ただ”で....ふふふっ♪」 そう、嬉しそうに空母を指さす雪之。 確かに、輸送機に”ただ”で乗れる機会はそうないだろう。 だが、目前に迫る護衛空母「カイコク-シテクダサイ」を見ながら、 ”それを素直に喜んでいいものか?” と京夜は、ぼんやり思ったりしていた........... ★ ★ ★ ★ ★ ★ そして、 護衛空母「カイコク-シテクダサイ」の弾道カタパルトから射出された弾道機が大気圏を突破する前に京夜は強烈なGで鼻血を吹いて気絶していた。 30分後にアメリカ本土に着いたことも京夜は覚えていなかった。 しかし、ごく一部の軍関係者の間で、”弾道機の中で女性下着の入った袋をぶちまけて失神した「ランジェリーボーイ」”として与太話の格好のネタにされていた事は、航空基地の医務室で見知らぬ軍人から意味ありげにニヤリと女性下着の入った袋を手渡され肩をバンバンたたかれた事から薄々感づいていた。 アメリカ滞在中、京夜は静かに落ち込んでいたという。 その後、 下着袋を片手に普通旅客機で帰国した京夜の元に、アメリカ合衆国から感謝状とバイト代が送られてきたのは一週間後の事であった。 |