【 京夜のドリル日記 】
第6話「無垢な微笑」
著:夕凪

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夕方
アンドルード海洋学園:海洋科


すっかり帰るのが遅くなってしまった。
「まったく、派手にやりやがって」
少し怒気と呆れをふくんだ調子で京夜は毒づきながら歩く。

校門にさしかかると、付近で学園内部を伺っていた成瀬涼と目が合う。
”こんな所でうろついているなんざ、いい度胸だ”
一直線に成瀬へと向かう京夜。
成瀬も京夜を見据え待ちかまえている。


「おい!どういうつもりなんだ?派手にやりすぎだぞ成瀬!」
気勢の一発は京夜が放つ。

「相変わらず元気がいいな。いいところに出てきた。
お前が例のモノを学園に隠しているのはわかっているんだ。
素直に私に渡せ」

京夜の気勢を意に返さず、自分の用件のみを言う成瀬。

「何言ってんだ!?お前が派手にロッカーぶち壊して持っていったんじゃねえか!まったく限度ってモンを考えろよ!」
その言葉に成瀬の眉がピクピク反応する。
「やはり、お前が持っていたのだな。
持って行かれたとはどういうことだ?
まさか、
盗まれたのではないだろうな!?」


「とぼけんじゃねぇ!あんなモン欲しがるのはお前しかいないだろうが?」

ばかもの!アレを入手していれば、こんな所にいる訳がないだろうが!盗まれたのか?この間抜け!!

他人の目のある可能性の高い校門付近で珍しく成瀬は感情をあらわにする。
その語尾は幾分殺気だっており、成瀬の怒り具合と緊急性が京夜にひしひし突き刺さる。

「お前じゃないとしたら誰だって言うんだ?」
「貴様の戯言につき合っている暇はない。
何時盗まれた?すぐにその場所に案内しろ!

有無を言わさず、京夜に詰め寄る涼。
成瀬の気勢に飲まれた京夜はしぶしぶ破壊された学園内のロッカーへと案内する。



ロッカーは派手に壊されていた。
京夜が使っているロッカーは元より、周辺のロッカーが軒並み物色されたように破壊されていた。
そして、その破壊痕は不自然に突き破られ、扉がはぎ取られている。
そこらの泥棒が道具を使ってやった仕業ではない。
その破壊痕から、成瀬はこれは自分が追っている男の仕業だと確信した。

「この男を見なかったか?」
その男の写真を京夜に見せる涼。
「そういえば、今朝こんな奴がうろついていたな。こいつなのか?」
「そうだ。この間抜け
京夜を睨みつけるように毒つく涼。

「いつ頃、盗まれたのに気づいた?」
「帰る時に騒ぎになっていたんだよ。最後の実習時間中にやったんだろ。ぶっ壊したのは精々2時間程度前の話じゃないのか?」

”2時間程度か.....”
あの男が姿をくらますには充分過ぎるほどの時間だ。
通信機らしきモノをとりだし、京夜には理解不能な指示を次々出す涼。
その顔には焦りが見える。
「そんなに、ヤバイ奴が盗んでいったのか?」
「私に話しかけるな!
今、貴様を絞め殺したい気分だ



あの男がアレを入手しているなら、すぐにでもアンドルードから脱出を計ってもおかしくない。
そこで、涼はハタと気づいた。

「この学園には外洋能力のある潜水艇があるはずだな?」
「ああ、実習用のならあるが」
「直ぐに案内しろ!」
「学園の潜水艇で逃げたっていうのか。そりゃ無理だぜ。
学園の潜水艇は常にモニターされているし、実習用の各種のセーフティリミッターが付いている。潜水艇を盗んで行ったなら今頃騒ぎになっているはずだ」
「貴様はとことん間抜けだな。そんなもの細工すればいくらでも殺せる」


涼にせき立てられるように船舶ルームに急行する京夜。
「船舶があるのはここだけか」
「そうだ。少人数で扱える船舶はここにしかない。実習時間は終わっているから全部あるはずだ」
”そんなバカな”と思いつつ潜水艇の数を数える京夜。
もとより実習用の潜水艇はそんなに数があるわけではない。
「全部あるのか?」

「一艘足りない....」
何度数えてみても一艘足りないのだ。
「本当に一艘足りないんだな?」
「ああ、絶対一艘足りねぇよ....」
愕然として答える京夜。しばし、沈黙が二人に流れる。



が、
「この!種なしがぁ!」
遂に涼の怒りが爆発!!!!!!
背後から京夜に蹴りを入れて水面にたたき落とす!涼。

”この男はどこまで私の任務の足を引っ張る気なのだ!?”
溶岩のように煮えたぎる京夜への怒りを隠そうとしない。


しかし、京夜は水面で溺れていた。
「うおっぷ!...うぽ!....
硬直する体を必死に動かし浮力を得ようとする京夜。

「もう、貴様を一般人とは思わんからな。これ以上邪魔するようなら容赦なく排除するからそう思え!」
溺れている京夜に最後通告を突きつける涼。
それどころではなく、必死にバシャバシャ水面でもがく京夜。

「貴様、聞いているのか?」
「うぴ...うほっ!...た...たすけて....成瀬...うおっぷ!
「貴様、泳げないのか?........これは良いことを知ったな」
「ちが...うぉ!.....泳げないじゃ...げふっ!
水を飲み、もがき苦しむ京夜を見て幾分表情が和らぐ涼。

京夜を助ける気などまったくない。
そのまま溺れて入院でもしてもらった方が涼にとっては好都合だ。


だが、その時!
船舶ルームの海洋口通過ランプがチカチカ点滅し始める。
一艘の実習用の潜水艇が戻ってきた。

”まさか!ヤツか!?”
色めき立つ涼!関係なく溺れている京夜!
船舶ルームに緊張が走る!




あれ?お兄ちゃん。何してるの?」

戻ってきた潜水艇の中から顔を出したのは結衣だった。

必死に結衣の潜水艇の前部に付いている手すりにしがみつく京夜。
この手すりは、潜水艇の前部の左右に付いているモノで、ダイバーがここにつかまり潜水艇と一緒に移動したり、海流の荒いところでは流されないようにダイバーが命綱を付けるモノだ。
その手すりにしがみつき、ようやく一息つく京夜。

陸に上がった魚のように口をパクパクさせ、結衣の問いに答える余裕もない。
その真っ青な京夜の表情に結衣の声が荒らぐ。
「お兄ちゃん!ダメじゃない!一人で水に入ったら!」
「結衣......お前、また迷子になってたな....
心配させまいとカラ元気で結衣に軽口をたたく京夜。


潜水艇のシートベルトを外そうとした結衣は、物陰から出てきた涼に初めて気が付いた。

「おにーちゃん。だいじょうぶ〜?」
舌っ足らずの声を出して京夜の元に駆け寄る涼。
同時にポケット内の探知機で近距離でしか判別精度が得られない痕跡サーチを実行。結衣がシロと確認する。

「あれ?初等部の子?名前はなんて言うの?」
「成瀬涼といいま〜す」

かわいらしく、元気に答える涼。

「かわいいわね。ハイ、お姉ちゃんのおやつの飴をあげる」
「わ〜い!ありがとう!おねぇ〜ちゃん」

無邪気に喜ぶ涼。
涼の出現にしばし京夜を忘れる結衣。
ゲロゲロ水を吐きながら、京夜はあまりの涼の豹変ぶりに更に咳き込んでいた。

「でも、お兄ちゃんと知り合いなの?初等部の子はここに入ったらダメなのよ」
涼がなぜ京夜と知り合いで、ここにいるのか?
いささか違和感を感じる結衣。
潜水艇の手すりにつかまり幾分、持ち直した京夜はドキリとしたが、本当の事を結衣に説明できそうにもないので黙っていた。

”成瀬はどう言うだろうか?”
ちらりと涼を見る京夜。


しかし、涼は無邪気な笑顔を絶やさない。
「だってぇ〜わたし、
おにーちゃんの
愛人だも〜ん♪

かわいらしく体をよじらせる涼。
!!?
「あ、愛人!!!?
「ちょっと待て!成瀬!

結衣と京夜の絶叫が船舶ルームにこだまする。

既に結衣は硬直している。
「でも、3号さんだから肩身がせまいの....」
更に、ぽっと頬を赤らめ、もじもじして言う涼。
「さ、さ、3号さん!!!?
成瀬ェェェ!!何を言い出すんだ!


「お、お、お、お兄ちゃん!どういうことなの!これ」
怒気で顔は上気し、震える唇で京夜に問いつめる結衣。
「違う!濡れ衣だ!」
必死に弁解する京夜。


その時、カチャリと音がした。
涼が潜水艇の手すりとそれにつかまっている京夜の手に手錠をはめたのだ。
「おい!成瀬!何だこれは!」
水面にぷかぷか浮かびながら抗議する京夜。

「だってぇ〜いつもわたしがこれを付けて”おさわり”されているから、今日はおにーちゃんの番♪」
京夜の気勢も何のその。涼はあくまで無邪気に返答する。
「手錠で、お、お、お、お、さわりぃ!!!?
驚きのあまり声が裏返っている結衣。

「嘘だ!信じるな....がぼっ!
結衣が興奮して潜水艇のコックピットから立ち上がった為、潜水艇が大きく揺れしたたかに水を飲む京夜。手錠で繋がれている為に抗うことができない。

「ど、どういう事なの涼ちゃん!
お姉ちゃんに話してちょうだい!」

ただならぬ涼の発言に、いきり立つ結衣。


「最初は、医者の卵のおにーちゃんに、体が悪そうだから見てあげると言われて、公園の人気のない場所でおさわりしてもらったの」
「い?医者の卵?ひ、人気のない場所!?

う、うそ....げふっ!
結衣が興奮して叫び声をあげるので、潜水艇は派手に揺れ、ガボガボ水を飲む京夜。



「それで、おにーちゃんの診察を定期的に受けないと命が危ない病気だから、病気を治すには、おにーちゃん愛人になってリハビリしないとダメなんだって。だからわたし、おにーちゃんをナメナメしたの」
そこで、またもやポッと頬を赤らめる涼。
「り、リハビリ!?な、ナメナメ!?
「デタラメだ〜〜〜〜〜ッ!....やめ....ごぉぼっ!
更に潜水艇は派手に揺れ、水を飲みまくる京夜。


「わたしは3号さんだから、いつも3回以上液が出るくらい気持ちよくしないとおにーちゃんに捨てられるの。だから一生懸命ナメナメしてるの♪でも、パパやママが心配するからこの事は言っちゃダメなんだって」
「さ、3回!?え、液ィ!!!!!?

やめてくれ〜〜〜成瀬ぇ!頼む...ごほっ!ごほっ!



ぷちっ!
遂に、結衣の中で何かが切れた。

「こんな子に何をナメさせているのよ!
この変態!!!

激怒のあまり潜水艇のコックピット内に置いてあった実習教本で咳き込む京夜を見境なしに殴りまくる結衣。
「この!ロリコン!チカン!最低男!
「結衣..いたっ!.....げばっ!....やめ......ごぼっ!
バシ!バシ!バシ!バシ!バシ!バシ!バシ!バシ!
結衣の打撃音と京夜が水面であがく音だけが鳴り響く。




変態だった......
あの昔、白く輝く海辺で共に過ごしたお兄ちゃんは、あの頃の自分と同じ年頃の女の子を狙う変態になっていた......

あの頃の記憶が全て汚されたようで、結衣はやるせなかった。
全てを振り払うかのように、そうでもしないと自分がどうにかなってしまうかのように京夜を殴り続ける結衣。
結衣の頬を涙が伝う.......


結衣が殴り疲れて肩を落としたとき、京夜は半死半生の状態になっていた。

やりきれない目で京夜を見つめる結衣。

意識朦朧となりながらも結衣に視線を合わせる京夜。

しばし、沈黙の時間が流れる。


「ゆ、結衣......お前の中の俺はそんなヤツか.....?」
結衣は言葉がない。


「俺を信じろ......」
「.........うそ....」
信じられない事実と信じたいお兄ちゃん......


「全部誤解なんだ......」
「.........うそよ....」
結衣の目からどっと涙が溢れる。


「訳は後で話すから.....お前の中の俺を信じてくれ.......」
下をうつむき言葉を出せない結衣。
しかし、涙を流し、かすかに頷く結衣がいた。


「おねーちゃん。泣かないで」
涼がそっと結衣にハンカチを渡す。

船舶ルームに嵐の後の穏やかな凪のような雰囲気が流れる。

「ありがとう...........涼ちゃん」
鼻をぐずりながら、涼のハンカチで涙を拭う結衣。




「だって、おねーちゃんは、
おにーちゃんの
”飼いメス”なんだから♪」
!?

結衣の動きがビタリと停止する。

「”飼いメス”?」

「うん。”飼いメス”。

”あの飼いメス毎晩俺のベッドにもぐり込んで来て、俺のイチモツがふやける程しゃぶりやがる!好き者にも程があるぜ!
蹴っぱなしてもむしゃぶりつくもんだから、ほって置いたら上にまたがり脱水機のように腰をふり、アン!アン!アン!アン!鳴くと来たもんだ!
あのメス....俺にホレまくりだから、これじゃ体がもたねぇよ”
って、おにーちゃんいつも自慢してるよ♪

「嘘だ.....信じるな......結衣........」
既に顔から血の気が失せ異様に蒼白な結衣。


「それ、本当なの....本当に言ってたの...」
すがるように涼に聞く結衣。

が、

「うん!」
一点の曇りもない無垢な笑顔で無邪気にうなずく涼。
「な、成瀬ェェえ〜〜〜〜〜えぇx!!!」
京夜の絶叫が船舶ルームにこだまする。


ゴゥン!
結衣は何も言わぬまま、潜水艇を全速で急旋回しはじめた。
「おい、結衣....やめろ...げぼっ!.......死むっ.......

潜水艇と手錠で繋がれゴボゴボ水を飲みながらその動きに引きずられ続ける京夜!
京夜の声を消してしまうがごとく、今の結衣の心情を表すごとく、旋回し続ける潜水艇。



そして、潜水艇の旋回が止まった時、京夜は虫の息だった。

そんな京夜を顧みることなく、潜水艇を降りた結衣は涼の手をとった。
心なしか、足元がふらついている。

「行きましょう.....涼ちゃん。
あのお兄ちゃんとはもう
絶対会ってはダメよ。
お兄ちゃんを見たら
逃げるのよ!涼ちゃん」

「でも.....おにーちゃんねー

”今日こそは、お前の”まく”ブチ破ってやるぜぇ!
俺の”ビックマグナム”をた〜っぷり味わさせてやるぜぇッ!
一生俺から離れられない体にしてやるぜぇ〜ぇッ!”
......って、
今日、涼とホテルに行くのを
楽しみにしてたよ♪


ボトッ....

結衣が無意識に握りしめていた実習教本が床に落ちる。
身を翻し!思わず京夜に蹴りを数発入れる結衣!
既に京夜の意識はない。

そして、涼の手を握りしめて、有無を言わさず引っ張る結衣。
「お姉ちゃん、もう耐えられないわ......行くのよ!涼ちゃん!」
「でも、おにーちゃんはぁ?」
「忘れなさい!忘れるのよ!涼ちゃん!



船舶ルームからよろよろ遠ざかる二人。


「ねぇ、おねーちゃん。
ビックマグナムってなぁ〜に?」
「お、女の子がそんなこと言っちゃダメぇ〜〜〜!!!」

「おねーちゃん。”まく”あるの?」
「..................。」


「ポッコチーン♪ポッコチーン♪」
歌っちゃダメ〜〜〜!!!



そして、二人の声も遠くに消え、静粛が訪れた..........



★ ★ ★ ★ ★ ★

ほとんど死にかけていた京夜を発見したのは、戸締まりに来た教員だった。
その異常な光景に、ロッカー破壊事件との関連を疑われたが、京夜は「これは一人でふざけてやりました....」と言い張らざるおえなかった。

体を引きずって京夜が帰宅する頃には、日はとっぷりと暮れていた。
しかし、家にたどり着いて京夜が見たモノは、
玄関の【 変態お断り! 】の張り紙と完全に鍵が閉まった自宅だった。
インターフォンを押すと、横の窓から結衣が投げつけた鍋が飛んできて、それっきり音沙汰が無くなってしまった。
「おい.......俺の家だぞ......」

涼と出会った時から、京夜は涼の術中にハマっていたのである。
”変態色情ロリコン魔”
の烙印を押された京夜は、それから暫くすさんだ生活を余儀なくされたという。
 

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