アンビヴァレンツ
転生(うつしみ)
〜AMBIVALENZ 異伝〜
by KCA

Act.1  Act.2  Act.3 

 900年越しの恋を成就させた恋人たちが口づけを交わしているそのころ……。
 地の底でもうひとつの奇跡が起こっていた。



Act1.再醒(めざめ)


 ……堕ちていく……どこまでも、どこまでも……
 昏く……冷たい……深淵へと、どこまでも……

 (−ああ……ここは……)

 どこなのだろう?  

(ワタシハシンダハズナノニ……)

 そう……わたしは、死んだ−滅亡ぼされたはず。
 誰よりも愛しいあのひとの腕の中で……。
 自ら望んで、あのひとの手によって……。
 そう、それでも良かった−その腕に抱かれることが自らの消滅
を意味するのだとしても。たとえ一刻だけでも、あのひととともに
在ることができたのだから。 
 心残りはあるけど−でも、後悔はしていない。
 
 ……けれど、この深い深い闇はなんなのだろう?
 黄泉の底で滅んだはずの私にも、まだ行くべき場所があるという
のだろうか? これが噂に聞いた“地獄"というものなのだろうか?
 ふふ……それでは、“非存在の存在"は、死して初めて存在すべき居場所を
得るというのだろうか……。  
ああ、それにしても寒い……。
 不思議だな−生きていたころは“寒さ"などというものは知らなかった
はずなのに、なぜかこの感覚こそが、寒さなのだとわかる。
 もう……意識が薄れてきた……。

「…ハ、マハ、マハったら!!」 

(え……?)

 自分の名を呼ぶ、聞き慣れた声に彼女は耳を疑った。
 ゆっくりと瞼を開ける。自分とよく似た−髪と瞳の色を除けば、
そっくりといってよい少女の貌が、心配げに覗きこんでいた。 

「バウヴ……」

自分と最も親しい、双子の姉の名前を呼ぶ。

「よかった、気がついたのね」

 安堵のあまりか、バウヴはマハの首にしがみついてくる。
 首筋が温かいもので濡れるのがわかる。

(涙……? そんな!!)

 ハッ、と気づいて身を起こす。 

(わたし……生きている!!)

 意識がはっきりしてくると同時に、さまざまな疑問が湧き上がってくる。

「どうして? お母様の命令で、六つ星衆は滅んだはずじゃあ……」

「消滅んだわよ、確かにね」

 背後の闇の中から、突然声をかけられる。
 ピクッと背筋を震わせ、振り向いたマハは、そこにいるセーラー服姿の
少女を見て、安堵の溜め息を漏らす。

「脅かさないでよ、クドルシュチス」

「その呼び方はやめて!!」

 少女は声を尖らせた。

「私は二宮亜沙子よ!!」

 だが、すぐにその声が勢いを失う。

「……少なくとも、今はそうありたいと願っているわ」

クドルシュチス−いや、亜沙子の声には、紛れもない自己嫌悪の色が
滲んでいた。

「あなたもいるってことは……他の3人も?」

「たぶんね。少なくとも、ドゥルジはあなたたちより前に再生したわ」

「再生?」

「ええ。マハ、一度は滅んだはずの六つ星衆が、こうして現世にいるのは
なぜだと思う?」

 亜沙子は逆にマハに問う。

「お母様が産み直したから……ってわけじゃなさそうね」

「それどころか、ディアドラの気配も感じないでしょう」

 そう言われれば確かにそうだ。生まれた時から、どこまでも張り付いて
離れないはずの、ディアドラの気配がきれいに消えている。

 そうだ、思い出した。ディアドラは、シュラの精によって霧散したのだ。
 形を失い、邪気となって漂っていたけれど、二人の最後の戦いは、彼女たち
六つ星衆も「視て」いたのだから、そのことは知っていた。

「これは推測でしかないけれど……ディアドラが滅びたとき、シィア姫の魂
の半カケは、修羅さんを救うのために身代わりに砕け散ったわ。その、欠片の
さらに一片一片が、邪気化していた私たちに飛び込んで、核となって、私たち
を再生したんじゃないかしら?」

「そっか、だから……」

 突拍子もない考えだったが、彼女たちの存在がそれを証明していた。
 バウヴが涙を流したのも、シィアの持っていた“喜び"という感情を受け
継いだからに違いない。亜沙子がドゥエンディとして覚醒する以前の人間
らしさを取り戻したのも、同じ理由だろう。さしづめ、得た感情は“友情"
だろうか?

「ドゥルジは……?」

 亜沙子が答えるより早く、当の本人が顔をだす。精神を操る女ドゥエンディ
−いや、もう厳密にはそう呼べない存在だったが−は、マハの言いたいことを
理解したようだった。

「−“勇気"です」

 小さな声で、それでもはっきりとショートカットの髪の娘は答える。確かに、
明日へ踏み出す勇気こそが、彼女に欠けていたものだったのだろう。いま彼女は
どうやら、声とともにそれを得たようだ。

「すぐに、フェンリルたちも再生するでしょう。どうやら先に滅んだものほど、
再生に時間がかかるみたいだから」

 ようやく泣きやんだバウヴが、涙を拭いながら言った。

     × × × × × × × × × × × ×

「で、どうするのあななたたち? 私はパパたちのもとへ帰るもりだけど」

 最後に一の星ドゥールガーが覚醒するのを待って、亜沙子は他の5人−
本来なら「姉」と呼んでも差し支えない女性達に問うた。

「さぁてね。ま、あたしゃ、化け物じみた体力以外にゃ、もともとこれと
いった妖術の類いは持ってなかったからね。邪気が薄れてもたいして関係な
いさ。このまま、人に紛れて生きていくのも悪かない」

 フェンリルは、どこかふっきれたような表情で答える。もともと、さっぱり
した姐御肌の女性だったが、修羅に敗れたことで「戦い続けなくてはならない」
という生来の妄執からも解放されたのかもしれない。

「−わたしは特にないけど……できたら、鳥や花に囲まれてひっそりつつ
ましく暮らしていきたいですね」

 いかにも、ドゥルジらしいささやかな夢だ。ただ、それをはっきり口に出し
て主張するようになったのは大きな進歩だろう。

「あたし……シュラに会いたいな。ドゥエンディじゃなく普通の女の子として」

 マハは、チラリ亜沙子のほうをうかがう。

「あの人に花梨がいることはわかっているけど、でも好きな気持ちは止められ
ないから」

 亜沙子は苦笑した。

「その件に関して、とやかく言う権利は、今の私にはないわ。バウヴは……決
まってるか。マハと一緒にいることでしょ?」

「もちろん!!」

「あ、じゃあさ、いっそのこと、みんなこの街で一緒に暮らさない? 
ほら、あたしたちってもともと姉妹みたいなものでしょ。あたし、まだ少し
くらいなら幻術が使えるから、それで周囲に暗示をかけてさ」

「そうだな。どこぞの空き家に引っ越してきたことにすれば−」

「家族ができたみたいで、なんか目新しいですね」

 マハの提案に、フェンリルとドゥルジも乗り気だ。これも、互いに反発しあ
う一匹狼的な傾向の強かったドゥエンディにとっては、大きな変化に違いない。
 盛り上がる5人を尻目にドゥールガーが肩をすくめた。

「ヤレヤレ……あんたたち、それでも誇り高い、六つ星衆の一員なの!? 
平凡でチンケな望みばっかじゃない」

「あら、別に構いませんのよ、ドゥールガー姉様だけここで別れても」

 ちょっと意地の悪い笑みをマハは浮かべた。

「もっとも、妖力を使えない、ちょっと毒薬とムチの扱いがうまいだけの女性
が一人で世間を渡っていくのは、なかなか厳しいと思いますけど」

 現実問題を指摘されて言葉に詰まったドゥールガーに、追い打ちがかかる。

「ま、こいつなら、いざとなりゃ、SMの女王様としてりっぱに生きてけるさ」

「そうだね、こんなエッチな体つきの女性を風俗関係の人間が放っておくわけ
ないか。繁華街をうろついてれば、すぐにスカウトされるよ」

 フェンリルやバウヴの露骨なからかいは忌々しいが、マハの言葉の正しさは
ドゥールガーとしても認めざるを得ない。

「フ、フン、わかったわよ! 姉妹ゴッコでも何でもやってやろーじゃない!!」

 豊かな胸の前で腕を組み、そっぽを向きながら負け惜しみを言う「長姉」の姿に
5人の「妹」たちは、思わず顔を見合わせて吹き出したのだった。