『血盟』
血盟。それは断ち切る事の出来ない絆。
貴方と初めて出会った時の事を、今でも覚えている。
貴方の一族と、私の一族の関係は一体いつからの物なのかは知らない。
『血と血の間で交わされたこの契約は、互いの身が滅ぼうとも切れる事は無い』
「それが、双方の一族の間で言い聞かせられてきた言葉だ」と、アイツは言った。
そして今も、その契約は続いている。
貴方は、そんな下らない契約の為に、私の元へやって来た。
呪いにも似た、強固な結び付き・・・私は幼心に、そんな結び付きを恐れ守り続けている大人達が気持ち悪かった。
普通の家と全然違う自分の家も気持ち悪かった。
あの頃の私が見て捉えていた世界は、同年代の子供達とはかけ離れた物だったに違いない。
私が送迎車の強化ガラス越しに見ていた世界は偽物だった。
街を行く笑顔の親子、幸せそうな男女、走り回る小さな子供、全てが虚像だった。
求めてやまない虚飾の世界だった。
そう。私のいる世界は、もっと醜悪で、残酷で、救い様が無く、無慈悲な代物だった。
そして幼い私がそれに気付くのは案外あっという間の事だった。
――そして、その日がやってくる。
救急車のサイレン。男の怒号。メイドたちの悲鳴。・・・それが、私の耳に今も残っている。
「〜〜〜っ。うぐ。ひっく」
泣きじゃくる私。嗚咽が酷く、軽いパニックを起こし、呼吸は滅茶苦茶だった。咳き込み過ぎ、喉からは血が出て、それでも私は泣く事を止めなかった。
「・・・」
貴方はそんな私を、無言で、優しく抱きしめてくれた。
その大きな手が私を暖かく包み、無骨な手が慰めるように私の髪を梳った。
あの時あなたが居なければ、私はきっと駄目になっていただろう。
大人達の守る『気持ち悪い物』の一つだった貴方が、あの日私の世界の中で『かけがいのない物』に代わった事を、貴方は知っていたのだろうか?
アイツに代わって、私の中では貴方が父親になった事を、貴方は知っているのだろうか?
『何不安そうな顔してやがる?』
横にいた悪司が、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
『お前には絶対嘘をつかない、そうなんだろ?』
そう。貴方は私に絶対嘘をつかない。そう、約束していた。
約束していたのだ。
なのに――
「――ゃだよ。やだよ。嫌だ――」
こんなのは嘘だ。
『私の子供も、私の様に守ってあげて。そして、何か有ったら抱きしめてあげて。優しく頭を撫でてあげて――』
約束をしたのだ。
『この御腹の中の子が、幸せを掴むまで、私達と一緒に見守ってあげて――』
貴方は、約束は絶対に破らない――
『だから、絶対に――』
そう誓いを立てた筈なのだ――
『死なないで。生き延びるって、約束して。もう、自分の命を捨てる様な戦い方は止めて。』
(約束したじゃない・・・っ)
私の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、自分でも判るくらいにみっともなかった。
「嘘っき・・・嘘つき・・・嘘つき」
(イヤだ。嫌だよ)
痛くないの?
苦しくないの?
悔しくないの?
死ぬのが・・・恐くないの?
声にならない声が、心に沈殿していく。
『・・・』
そんな私に貴方は優しく微笑んだ。
何故――何故そんなに、優しく笑えるのだろう。
「・・・っぐ、ひ、うう・・・わ、私に」
「わ、私に・・・や、優しくしないで!も、もう、死んじゃうのに、私に優しくしてる場合じゃないのに!私の所為なんだよ!?私の――っな、なのにっ!」
ぐるぐると、胸を廻っていた感情が、堰を切ったように溢れ出した。
「おっ・・・おかしいよ!こんなの!ねえ!何か言って、怒ってよ!私の所為だって、私が居たからだって!」
呂律が回らない。
「あっ、あんな、あんな下らない契約が無ければ、きっと二人とももっと幸せで――」
「貴方は、人の生き死にとか、そ、そんな重たい物に、関わらなくてもっ・・・良かったかもしれないのにっ!!」
『・・・』
私のその言葉を聞いて、貴方は優しく微笑み、そして、無言で首を横に振った。
卑怯だ。
貴方のその顔は、卑怯だ。
「なんでっ、いやだょ。御願いだから、ねえ。怒ってよ・・・ねぇ」
貴方は、優しく微笑むだけで、私もそれ以上は、言葉を続けられなかった。
『・・・』
貴方は無言で、ただただ泣き続ける私の頭に、貴方の手が乗せた。
そして――
私が幼かった頃の様に、優しく髪を手で梳き始めた。
涙が、止まらなかった。
溢れて、溢れて、どうしようも無かった。
「うっぅ〜」
貴方は、優しく微笑みながら、ゆっくりとその無骨な手を動かす。
私の所為なのに――
私が、貴方の人生を縛り続けてきたのに――
なのに、何故、貴方はこんなにも優しいのだろう――
何故、こんなにも暖かいのだろう――
「っっ――いや、嫌っ!!」
そして・・・貴方の手が、段々と、その動きを遅めていく。
「ヤだ。ねぇ、嫌だよ!!御願い!!嫌だ・・・ねぇ・・・厭だ、いやだ」
そして、貴方はゼンマイが切れた様に、段々と・・・
「っ・・・ねぇ!!返事をして!!目を開けてよ!困った顔で、笑いかけてよ!!」
私のその声が聞こえているのかどうかは判らない、けれど彼は薄く笑った。
「ねっ・・・ねえ、私たちの子供の名前、き、聞きたがってたでしょう?」
貴方の手は、もう動く事を止めていた。喉の奥から『ひょうひょう』という音が漏れているだけだ。視線ももう、定まっていない。
それでも、私は話し掛けるのを止めなかった。
「あ、悪司は、なんか語呂が悪いって反対したんだけど、貴方と、悪司から一文字ずつ取って『盾司』って名前に、し、しようと思うの・・・」
「悪司と、あ、貴方の名前を合わせたんだものっ・・・きっと・・・つ、強くて、優しい子になるわ。ねえ、そう思うでしょう?――ねえ?」
私は必死に話し掛ける。
けれど貴方は笑顔の表情で固まったままだ。
「ねえ、ひ、秘密にしたから、お、怒ってるの?あ、謝るから返事してよっ、ねえ!!」
貴方の手が、一瞬、ぴくりと動く。けれど――
次の瞬間・・・
耳障りな・・・
『ひょうひょう』という音が・・・
止んだ。
「ねえ・・・?」
私が身体を揺すっても、貴方はピクリともしない。
「や、止めてよ・・・」
もう一度、今度は先程より強く揺する。だが、貴方は全く動かない。
「――だ」
(こんなのって――)
「・・・・・・嫌だ。イヤだ。いやだ。厭だ。イヤだよ」
がくがくと、肩を揺さぶってみても、貴方は全く動かない。
「返事してよ!!私の約束は破らないって・・・絶対破らないって・・・誓ったじゃない!」
けれど、貴方は、もう、動く事は無い。
死、という単語が、私に突きつけられる。
「っ――ねえ、起きてよ!それで、私をさっきみたいに――ッッ!!」
その時、泣き喚く私の身体が、後ろに引っ張られた。
振り返った先には、悲痛な表情を浮かべる悪司がいる。
「あっ・・・悪司も、い、言ってあげてよ。こんな所で寝てるな、って。さっさと起きろって・・・」
けれど、悪司は、黙り込んだままだった。
「ねえ、悪司っ、御願い。御願いだから、嘘だって言ってよ!!」
「――っ」
その刹那、悪司が私をきつく抱きしめて、搾り出す様に、呟いた。
「・・・現実だ」
「!?――っ、な、なんで、そんな事言うの!?こ、こんなの、本当な訳無い!!きっと夢だもん!!」
そうだ、これは夢だ。
「き、きっと、起きたら、殺ちゃんが御飯作ってて、皆、もうテーブルに着いてて、あ、悪司だけ、また寝坊で、起きてくるの一番最後で――」
夢なんだ。
「それで、さ、殺ちゃんが『我が甥っ子は相変わらずだな』とか、困った顔で笑って、島本さんとかも、しれっとした顔で同意して、それで――」
夢な筈だ。
「み、皆、いつも通りで――だから、これは、きっと――」
夢―――
『アエンっ!!』
「――ッ」
『・・・全部、現実なんだ』
悪司は怒鳴った後、もう一度だけ、悲痛な表情で呟いた。
そして、貴方の様に大きくて暖かい手で、私の髪を梳き始めた。
――私には、ただ、どうしようもなく、泣き続ける事しか、出来なかった。
7年後。オオサカのとある墓地にて
「絶好の墓参り日和だなぁ」
横にいた悪司が、欠伸をしながら空を仰いだ。その手には、酒瓶が握られている。
「どうした?」
ん?、と言う表情で、首を傾げる悪司。
「あの時の事、思い出していたの・・・」
7年前の襲撃事件で、私は、もう一人の父親を失った。
一時期は、そのショックで駄目になってしまいそうだったけれど、立ち直れたのは悪司と、もう一人――
『かあさま〜』
盾司の御蔭だろう。
『前が見えないよ〜』
盾司は、自分の背丈程もある花束を抱え、ふらふらしながらこちらへ歩いてくる。
「ちっ、しょうがねえなぁ」
悪司は、そんな口調とは裏腹に、どことなく嬉しそうだ。
「ほら、お前がこっち持ってろよ」
そう言いながら、ひょい、と花束を取り上げた。そして代わりに、自分が持っていた酒瓶を渡す。
『・・・重い』
「我慢しろ」
『かあさまが持ってよー』
「駄目だ」
そう言いながら、悪司は盾司のおでこを指で弾いた。
「母さまの御腹にはな、お前の妹がいるんだぞ?重たい物は持っちゃ駄目なんだ」
『う〜〜〜っ』
盾司は、涙目で恨みがましそうに悪司を睨み付ける。悪司は呆れた様に口を開いた。
「やれやれ、お兄ちゃんは情けないなぁ、ん?」
悪司は、そう言いながら御腹に耳を当てた。そして、可笑しそうに口を開く。
「おーおー、蹴ってる蹴ってる。そうかそうか、お前も兄ちゃん情けないと思うか。うんうん。情けないお兄ちゃんはイヤだよな〜」
一人でうんうんと頷く悪司。こういう意地悪な所は、はっきり言って、そこら辺の子供と変わらない。それこそ、出会った時から。
「どれ、しょうがねえ。そっちも俺が持ってやるか・・・ほれ」
『・・・いい』
「ん、遠慮すんなよ」
『一人で持てるからいいのっ!!』
そして、ゆらゆらとふら付きながら、どんどん先へ進んでいく。
「くっくっくっくっ」
楽しくて堪らない、といった表情で悪司は笑う。
「意地っ張りね。誰かさんに似て」
「男は少しくらい意地っ張りな方が良いんだ」
悪司は、しれっとした態度で私の言葉を避わした。
「それに、意地っ張りってんなら、お前も相当だしな」
そう言って、にやりと笑う。
・・・そう言われては私も笑うしかない。
『とうさま、かあさま、遅いー!!』
遥か前方を歩いていた盾司が、大声を張り上げた。ムキになって酒瓶を振り上げている。
「おお、恐い恐い」
呟く悪司が前方を見詰める。そして、一瞬だけ固まったのを、私は見逃さなかった。
貴方の墓の前に、若い男が一人立っている。
凛とした雰囲気の男が、盾司の前に跪いている。
私には判った。それが誰で、どうしてここにいるのか。
そう・・・判ったのだ。
「初めまして・・・盾司様・・・」
血と血で結ばれた絆が、途切れる事は無いのだから。
血盟 〜貴方〜 2/2
アトガキ
調子に乗ってまたまた書いてしまいました。今回も大悪司物です。
ちょっと普段書いてる物とは違う物に挑戦してみたいなと思っていたので、ザッピングストーリー?と言うのでしょうか?主人公を二人それぞれの視点で御話を進めてみました。
話の最後に描いてありますけど貴女編と、貴方編ですね。
ちなみに貴女編の主人公は盾、貴方編の主人公はアエンです。僕、この二人は秋光&殺ちゃんのコンビと同じくらい好きなんですよ。
僕の中ではアエン&盾っていうのは、父親と娘的愛情で結ばれていると思うんですけどどうでしょうね?「いや、恋人だろ」って人もやっぱりいますかね?(いますよね、そりゃ)
作中の登場人物について
貴方→盾 貴女→アエン で。
アエンが『アイツ』って言ってる人物と、盾が『あの方』と言っているのは支倉のとっつあんです。(ちなみに盾司は たてじ じゃなく じゅんじ です。)
ストーリーについて
悪司とアエンが結婚。山本と桃山の抗争が収束した後に、新勢力の地域管理組合がその二つを狙う、という背景です。
荒筋的には、悪司は妊娠後期に入っていたアエンを支倉の別荘か何処かに連れて行って養生していたのですが、組内部でも極く少数しか知らない筈のその場所をその組に襲撃され、盾がその全てを一人で壊滅
させた、という感じですね。
なんで悪司も戦わなかったのか、と言いますと。勿論彼も勇んで出撃しようとしたのですが、悪司に何かあってはアエンとその子供が辛い思いをする、と盾が考え。二人を無理矢理シェルターか何
かにぶち込みましたしたとさ、という、なんとも、えー・・・無理な感じの話です。まー例によって作品内の設定は全部僕の妄想毒電波なので深くは気にしないで下さい。御願いします。
恨み言
オリジナルの同人ゲームが作りたいなーと思い立ち、プログラミングの勉強を始めましたが・・・頭が壊れてしまいそうです。僕の中ではプログラマーの方々は神扱いになりました。
というかですね、ゲーム作るって事は(ゲームに限らず何らかの創作活動を行うという事は)滅茶苦茶大変なんだなぁ・・・と朝焼けを眺めながら思いました。今更。
ですから、ゲーム会社で働いてる人達とか、アニメ作ってる人達とか、映画撮ってるって人達って偉いのぅ、凄いのぅ、と切に思いましたね。
アトガキノアトガキ
作中で書いてない事も一杯あります。
アエンと盾の言う『あの時』の事、とか。
最後に出てきた男は誰じゃい?、とか。
考えてない訳じゃないんです。ホントです。この目を見て下さい。まるでバイカル湖の湖面の様な、繊細なガラス細工の様な輝きを持つこの瞳を――って、え?濁ってて見えない?そうですか・・・
ま、真面目な話、作品内で詳しく語られていない部分を色々想像するのが、2次小説の醍醐味、というか、本質だと思います、という事で許して下さい。
・・・とまあ、こんな馬鹿なことばっかり書いてる人間の2次小説な訳ですが、暇潰し位にして頂けたら幸いです。
それでは、これで私の駄文を〆させて頂きます。
TXT BY 米男