プロローグ


〜正和三十三年・太平洋戦争〜


ニホンとウィミィが激戦を繰り広げる太平洋。
その空を切り裂くように、数機の零戦(ゼロセン)と呼ばれる戦闘機が飛んでいる。

零戦は、ニホンが所有する、唯一、ウィミィをも凌ぐ機動性と耐久性を持った戦闘機である。
しかし、防御力と機動力に技術をまわしすぎ、戦闘機自体に武器は積み込まれていなかった。


『そろそろ見えてくるか…………?』
零戦の後部座席、イス以外、何もない場所に座っていた青年が、操縦している士官に聞く。
『はい、あと数分で、敵の空母<クライトイス>に到達します』
その言葉に、青年は頷く。
手には一振りの刀。かなりの業物であるそれは、すでに幾度も彼の命を救っていた。
『俺が飛び降りたら、すぐに逃げろよ。帰りも送ってもらわんと、困るんだからな』
『もちろんです。犬死にする気はありませんよ』
明るく言葉を返す士官だが、その声は震えていた。


神風攻撃。
戦闘機に積んだ人間を、敵の空母や戦艦に降下させ、白兵戦によって鎮圧するというかなり無謀な作戦。
それを命じられた人間は、大半が捕まるなり、殺されるなりするという任務だった。


引き返すことが希である、片道切符。
しかし、そんな任務であるにもかかわらず、青年は緊張する様子もなく、周りの景色を楽しんでいるようだ。
いや、顔に浮かんだ表情は、何かを諦めたような、悟ったような表情。
すでに青年は、自らの生に対する執着を棄てているようであった…………。

そして、零戦編隊は、ついに攻撃目標の空母部隊に遭遇した…………。
『…………見えました!敵空母です!』
操縦していた士官が、声を上げるまでもない。
敵空母の射程圏内に入り、敵からの攻撃が、零戦をかすめるように、幾条も飛来しているのだ。
『くそっ、墜ちるもんかっ…………!』
零戦を蛇行させるように動かしながら、悲鳴とも取れる叫びを上げる。
すでに周囲の零戦のうち、一機は撃墜され、他の零戦も近づくことは出来ずにいる。
『もう、ここで充分だ。降りるぞ!』
『なっ…………!正気ですか!?まだ全然高いですよ!』
青年の言葉に、士官は驚いたような声を上げる。
眼下に見える空母は、まだミニチュアの模型くらいの大きさにしか見えない。
『かまわんっ…………!』
しかし、青年は意にも介さずに、その身を大空に躍らせた。

『隊長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』



第一話「那古教」

〜シキナ・那古教本部〜

目が覚めたとき、部屋の外はすでに明るかった。
「……………………んぁ?」
ズキズキ痛む頭を振りながら、俺は本部内にしつらえてあったベッドの上で、上半身を起こした。
「ぁ〜、ぅ〜…………」
なんだか、すごく嫌な夢を見たような気がする。
あんまり覚えてねぇってことは、思い出さなくて良いことなんだろうけど、ちょっと気になってたり。
が、それよりも…………。

「頭、痛てぇ…………」

呟くと、俺は頭を押さえた。ズキズキ痛む鈍痛は、二日酔いのせいだ。
昨日は、新しい聖女の誕生ってことで、教団内でパーティがあったんだよな。
久しぶりに、しこたま飲んだせいか、昨日の夜の記憶が、途中からスッパリ抜けていたりする。
「やっと、起きたようだな」
呆れたような声が、横合いから掛けられた。
そっちを見ると、部屋の入り口に、メガネをかけた男が、生真面目そうな顔で、そこに立っていた。
「渡辺…………」
「いつまで寝てるんだ。そんなことじゃ、聖者としての示しがつかんぞ」
顔通りの生真面目な口調で、渡辺は俺を睨んだ。
こいつは、渡辺鷹弘といって、俺の悪友だ。生真面目すぎるのが、ちょっとたまに傷だな。

「んなこといってもなー。俺って基本的に低血圧だし」
俺がヘラヘラと笑いながら言うと、渡辺は眉根を寄せてため息をついた。
「ノフ。今までは土岐隊長が様々な雑務をしていたが、土岐隊長が聖女となった今、守護天は俺達が統括しないと」
「はいはい。分かってるって」
長々と説教が続きそうだったので、俺は半ば割り込むように、渡辺のセリフに割って入った。

あ〜、自己紹介がまだだったな。
俺の名は、『ノフ=アモウス』。…………あ?変な名前だって?
まぁ、偽名だからな。本当の名前は、秘密だ。
いつも、ノフって呼ばれてる。

オオサカの西にある、那古教って宗教団体にやっかいになってるんだな。
ちなみに、宗教上の位は聖者。幹部の部下ってトコだ。
その仕事は、地域の見回りや、信者の勧誘、あとは雑務が色々。

ま〜、めんどくせぇことが多いけど、これで食ってんだから、しょうがないよな。


一つ伸びをすると、俺はベッドから降りると寝間着を脱いだ。
「そういやぁ、はるかちゃんは?」
寝間着から、那古教幹部の正装に着替えつつ、俺は渡辺に聞く。
「はる…………。お前、仮にも聖女となった人に、そんな呼び方はないだろう」
呆れたように渡辺は言う。俺は軽く肩をすくめた。

はるかちゃんこと、土岐遙は、昨日までは守護天っていう警察部隊の隊長をやっていた女の子だ。
なんて言うか、妹がいたらこんな子が最高だろうって感じの美少女だ。
その努力が認められて、つい先日、聖女の位についたのだ。

「べつに隊長だろうが、聖女だろうが、はるかちゃんは、はるかちゃんだ」
「やれやれ…………」
俺の言葉に、渡辺はひたいを押さえた。しかし、気を取り直したのか再び俺に対して口を開く。
「さて…………、着替えが終わったら、那古神様の所に挨拶に行くぞ」
「…………はぁ?」
言葉の意味を理解するのに、数秒の間が必要だった。
「…………なんで?」
「一から十まで説明しないとわからんのか、お前は…………?」
渡辺が、頭を押さえながらうめくように言う。
「土岐隊長が聖女になったから、それに伴って組織構造が変化する。俺達の任務も変わり、新たな任務を那古神様に直々にうかがうってことだ」
「ふ〜ん」
着替え終わった俺は、感心したように相づちを打つ。
「お前が寝坊したせいで、いつまでたっても来ないから、古宮様も月瀬様もひどく腹を立てていたぞ」
「うげ…………」
那古教を、実質的にとりしきってる聖女二人が怒ってるって…………やばいんじゃねぇか?
「行きたくね〜な〜…………」
俺が心底イヤそうな顔でいうと、渡辺は悟ったように肩をすくめた。
「あきらめて行くぞ。一緒に謝るために、わざわざ待ってやっていたんだ」
「悪ぃな、心の友よ!」
にっこりスマイルを浮かべ、びっ、と親指を立てて言うと、渡辺はジト目で俺を見た。
「そう思うんなら、もっと早く起きてくれ」


2話 「治安維持」へ

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