大悪司 蜜月

スーツケースを買った。
大きなヴィトンのもの。船旅ならばやはりこれだろうと思ったからだ。
自分の荷物と、妹、雪の荷物。
そして…彼の荷物も入れようとした。
だが彼は小汚いサンドバッグのような袋一つを肩にかつぎ、これで充分だと笑った。
飛行機で向かうのは情緒がないと思い、船を選んだ。急ぐ旅でもないので、情緒を優先した。ゆっくり…これから私達が向かう欧州で購入したWフランスの城に思いを馳せ、ゆっくりゆっくり、旅をしようと思う。

あっという間の二ヶ月。
Wフランスに辿り着いた。長かったような、短かったような蜜月の始まり。
ずっとずっと望んでいた。最愛の妹と、最愛の人と……三人で欧州の城でゆっくりと暮らす。
その為に戦った。その為に人に従った。
人に従うのは、師匠以外初めてだったが、あれはあれで楽しかった。
まさか、市議会やウィミィに刃向かう事になろうとは思ってもいなかった。実に壮快な男だった。
その男のおかげで今、私はここにいる。

Wフランスは既にウィミィの支配下だったので、私が世帯主になる事が出来なかった。だから雪を世帯主にした。こんなところまで女性上位を徹底するウィミィの気が知れない。男だろうが女だろうが、強い者は強い、魅力的な者は魅力的でいいと思うのだが。
価値観の違い過ぎる者の考え方は、本当にわからない。

城には、購入の手助けをしてくれた不動産屋が車で案内してくれた。
森の中にある瀟洒な城。白を貴重とし、コルドバブルーのタイルでラインの入っている城だ。
おとぎ話のお姫様が住んでいるかのようと、一目写真を見て気に入った雪の為にここを購入する事にした。
私はここで真っ白な手編みのレースのドレスを纏った雪を見てみたかった。
赤い絨毯の敷き詰められた螺旋階段の上に人形のように座った妹の姿を想像すると、それだけで陶然としてしまう。

城に向かう途中で服屋は見つけた。
そこに私が望むドレスがあるか、作ってくれれば良いのに、と呟くと、雪も彼も笑った。私はそんなに変な事を言っているつもりはないのだが。

そうこうしているうちに城についた。
写真で見た通り、深い緑の森に包まれた白い城。夕焼けに空が染まる頃、淫らな血の赫に染まる事だろう。私はその様を想像して、赤ずきんとそれを追う狼を連想した。

城に入る。
いきなりの吹き抜けの向こうに、赤い絨毯の敷き詰められた螺旋階段。手すりは磨かれ、鈍色を放つ真鍮。
さっそく、三人で探検した。
地下にワインセラーを見つけた。
私はちゃんと書類を読んでいなかったが、その辺りをきちんと読んでいた彼が、この城のそばには葡萄畑もあって、そこで収穫されたものが地下でワインになっていると説明してくれた。
雪は城主になったと同時にいつの間にかワイン畑のオーナーにもなっていた。
道理で普通の城より高かったはずだ。

部屋は、三人で住むには多すぎるぐらいいくつもいくつもあった。
雪はここにくる前に写真を見て、バルコニーのある部屋を選んでいた。
そのバルコニーで朝、三人でお茶を飲みたいと言っていた。
ここにくる前にこれもまた選んでおいた白い薄布が幾重にも重なった天蓋つきのベッドがもうセッティングされていた。こちらで雇ったメイド達は手際が良いようだ。
雪はそのベッドに夢中になり、はしたないと笑って叱っても、ぽんぽんとウサギのようにはねていた。
こちらの空気が体調に合い、オオサカにいる時よりも元気になった雪を見て、私と彼は破顔した。

そして……
私の部屋は、見取り図を見て、その向かいを選択した。
そこには、同じようにベッドが運び込まれていた。
いくら私が大柄だといっても、一人で寝るには大きすぎるキングサイズ。
真鍮の天蓋のついたベッドだった。
彼も同じように見取り図を見て部屋を選んでいた。私の部屋のその隣り、私の部屋にいつでも入る事の出来る続きの部屋だった。ここは城の主の部屋らしい。そしてその続きの扉の向こうは、その主の従者の為の部屋だという。
私はそのような部屋に彼を入れたくなかったのだが、居候だから従者みたいなものだ、と、彼が笑ってそこを選択した。
まあ…部屋を分けても意味はないのだが…おそらく。

メイドがワインを持ってきた。
赤が飲み頃らしく、口の大きなグラスをふたつと飲み頃に冷えたワインがワゴンに乗せられている。
それを置いて、メイドに下がるように命じた。
ここからは…二人きりで過ごしたかった。
船旅は順調で、快適で優雅だった。
しかし、禁欲的でもあった。大きな部屋をひとつ取って、ずっと三人で寝泊まりしていたのだから、禁欲にならざるをえない。雪に…私達の睦言を見せる訳にもいかないだろうから。
しかし、その禁欲が私達の間で妙なスパイスになっていた。

彼がボトルに手をかける。
がっしりとしていて長い指。
戦えば武闘大会で優勝した私とおそらく互角…いや、それ以上の腕を持つ男の指。
その指が優雅に舞うようにコルクを抜き、デキャンターにワインを注ぐ。どうやら少々年代物のワインのようだ。
その指を、私はソファに肘をつき、じっと見つめていた。
沈殿物がおさまるのを確認して、グラスに赤い液体が注がれる。
優しく薄く笑みを浮かべ、少しご機嫌でその行為を流れるように行っている男が…まず初めに私を誘った。
それまで私は男とそのような行為が派生するなど、想像する事さえ微塵もなかった。
女性との睦言はおそらく人並みにこなしてきたと思う。行きずりも含め。
だからこそ余計…この男の手管に流された自分に驚いた。
彼はただ薄く笑っていだけだった。
そして…手を伸ばしたのは私だった。
今、彼が差し出すグラスを手に取るように、自然に、流れのまま。
私は彼の中で果てた。
女のそれとは違う固いそこは、それでも私を優しく包みこみ、そして…絶頂を迎えさせられる熱さを持っていた。
私にグラスを渡した後、彼はベッドの縁に座り、ゆっくりとグラスの中の液体を空け出した。
地下で眠っていたワインの味は彼の期待に応えたらしく、彼は非常に満足そうに微笑んだ。
その笑みがとてつもなく、艶を孕んでいる。
誘われているのか、と、ふと思う。
それが無意識なのか、意識している事なのかわからない。最初もそうだった。それ程自然だったのだ。
私はワインを喉に流し込む。苦く、鼻を通る香りを味わいながらも、私は彼に釘づけになっていた。
彼の指がグラスの柄に絡まる。がっしりとした男らしい唇に薄いガラスが挟まられ、ゆっくりとグラスを煽る。軽くのけぞられた頤−オトガイ−があの時の低い喘ぎを思い出させる。

彼が私の視線に気がついた。
いつものように薄く微笑む。
男らしい微笑だった。誰もが陶然とする。
それが今、私にだけ向けられている。
やはり、誘惑されている。
それを彼は意識的にしているかどうかなど、どうでもいい事に思われてくる。
私はグラスを手に立ち上がる。
彼はベッドの上で、そんな私を見つめている。
私は今、彼をどのような目で見つめているのだろうか。
そんな事はどうでもいいのだろうか。
彼の目が、語っている。
彼の目は、私に挑戦しているかのように、濡れ光っている。
私は彼の前に立ち、そして手を伸ばした。

蜜月が本当に始まる。