大悪司
桃山国盗り物語序説


 〜第二話〜

プロローグ
第一話
第二話
三時間目終了まで、あと五分ほど。
 一年C組の国語の授業は、つつがなく進行していた。担当教師は、岳画殺である。
 桃山リンダを含む生徒たちは、皆真剣にノートにペンを走らせていた。
「以上のように、芥川龍之介の著作には古典文学、特に中世期の仏教的厭世観が色濃く影響しているが、根幹にあるのは近代的な自我思想であることが理解できたはずだ。
それでは次の時間は代表的著作である『歯車』を通じて、具体的な読解に移りたいと思う。何か質問はあるか」
「はい!!!」
一人が手をあげた。クラス一のお調子者の鈴元正治であった。質問の内容は、クラスの全員が予想できた。
「鈴元」
殺が座席表を見ながら指差した。鈴元正治は立ち上がり、嬉々として叫んだ。
「はい先生!彼氏はいますか?!」

後に、鈴元正治はこの時のことをこう語る。
『なんと言えばいいのかな。そうだな、なぜか怖いとは思わなかったね。自分を、どっか遠くから眺めている感じがしたな………そう、リアリティが無かったね。周りが急に静かになって………いろんな思い出が頭ん中ぐるぐる回ってさ。人生の走馬灯っていうんだろ?蛇に睨まれたカエルとか、ライオンに押さえつけられたシマウマとか……きっとあんな気分なんだろうな』

殺は、すっと目を細めた。
それだけで、教室の空気が凍てついた。
もはや、怒気と呼べるレベルではなかった。
 人の視線が殺傷力を持ちうることを一年C組の生徒たちは強制的に学習させられた。
 殺はゆっくりとこたえた。
「いない」
そう言っただけで、鈴元正治は恐怖のあまり10ccほど失禁した。
「ちなみに、処女だ」
 殺がそう付け加えた時、授業終了の鐘がなった。
「うむ。それでは授業を終える」
 そう言って殺が教壇を降りた瞬間、すでに鈴元正治は白目をむいていた。


学園はホームルームの時間である。
岳画殺は出席簿に赤を入れながら生徒に向かって話している
「早退は鈴元だけか。では連絡に移る。
一つめ。明日は職員会議があるので朝のホームルームは無い。
二つめ。図書委員会は今日午後四時に図書室に集合
三つめ。相沢、井原、渡辺。少し遅刻が多い。次に遅刻したら殺す。
四つめ。桃山」
「なんですか!!」
教室の一番後ろの座るリンダの目が、戦闘態勢になっていることに殺は気づいた。殺は血の気が多いな、と心の中でため息をつく。
「そのリボンは、校則違反じゃないのか?」
「……………」
 殺はリンダのトレードマーク、ピンクのリボンを指差した。
「………いいえ」
「うむ、そうか」
 毒気を抜かれたリンダをよそに、殺は出席簿をパタンと閉じた。
「それでは解散とする。寄り道せずに帰れ」
 教室がにわかに騒がしくなる。

 殺は内心驚いていた。
自分がかつて、悪司組のリーダーだったことをしっている人間が、これほど少ないとは思わなかった。教師でも少数派。もしかしたら生徒では桃山リンダ一人かもしれない。
 十年とは、これほどまでに長いのか。
 殺は複雑な気分で廊下を歩いていた。

「岳画先生」
 職員室に戻って、資料の整理をしていた殺に、声をかけるものがいた。SSS学園校長小原小春である。校長室から出てくることは少ないらしく、他の教師たちは目を丸くして見ている。
「いかがでしたか?初の授業は」
「うむ。緊張するな。教育実習のときともまた違う」
「あらあら、岳画先生でも緊張なさるのね……うふふ」
 と、なまめかしい声で小春は言った。
「当たり前だ。私をなんだと思ってる」
「あら、お気に触りました?ごめんなさいね」
 うふふ・・と、潤んだ目を細めて笑う。
「いや、構わない」
「それで、いかがでしたか?」
「何が」
「桃山リンダちゃん」
「そうだな………」
殺は顎に手を当てて考えた。
「まだなんとも言えんな。これからじっくり見ていかないと」
「そうですの……わかりましたわ。でも岳画先生、教師の仕事も、ちゃんとお願いしますわよ」
「うむ。任せてくれてかまわない。そちらのほうも、例の通達たのむぞ」
「ええ。お任せくださいな」
「心強い」
 殺と小春はそう言って、同時にお茶を啜った。
「ところで、岳画先生。一つ、お聞きしても良いかしら」
「なんだ」
「リンダちゃんを、どうする気ですの?」
「……………」
 殺はにやりと笑った。
「秘密だ」
 小春は肩をすくめた。
「小春、つまんない」
「ところで、わたしの方からも聞きたいことがあるのだが、良いか。前から聞きそびれていたことだ」
 殺は少しまじめな顔で言った。
「かまいませんわよ。なんでもお聞きになって」
「なぜ、お前がここにいる」
「…………………………あらまあ」
小春は大げさに口に手をあてた。
「わたくし、この学校の校長ですのよ。いないほうがどうかしてますわ」
「うむ。それはわたしも知っている。だがわたしが聞きたいのはもう少し根源的なことだ」
「…………やましいことはしてませんわよ」 
「………顔に出てたか」
「はい。それはもうくっきりと」
「すまんな」
「いえいえ」

殺は小春が去ったあとも、仕事を続ける。教育要領に目を通し、教科書を補完するプリントを準備する。やることは多い。
そのなかで参考資料として、前任者の授業計画が必要になった。隣の教師に聞くところでは、管理人室兼資料室にあるという。殺は職員室をでて、教えられた場所に向かった。
管理人室は地下にあるというと、語弊がある。地下には、管理人室しかない。
「…………………」
殺は地下に向かう階段の手前で、足を止めた。階段は異様な空気に包まれていた。
左側の、二回へ続く階段は、薄いクリーム色の壁と、明るいグレイのリノリウムで舗装された床。窓を広くとって、太陽光を中に入れている。
地下に続く右側はというと。
壁はコンクリートの打ちっぱなし。階段は変色したベニヤ板。天井には水道管やガス菅がむき出しになってぶら下がっている。二本並んでついている蛍光灯は、片方が完全に沈黙し、もう一方も息もたえだえに残り少ない命を光らせている状態だった。
踊り場の向こうは、暗くて見えない。
 殺はふと、長いこと会っていない知り合いの顔を思い出した。彼女は今ごろ何をしているのか。やはりどこかで動物に囲まれて暮らしているのだろうか。
 
「…………現国の資料ですか………その辺です……」
かち、かち、と物悲しい音が響いている。管理人室は物置も兼ねているらしく、異様に広い。部屋の隅にしゃがみこむ女性の姿は、それだけでホラー映画として金が取れる。  
 骨格標本がおいてあるのはお約束というより義務に近い。
「ここか?」
「その隣です………はあ…」
 暗くてよく見えない。殺は裸電球のスタンドを手に取った。
「あ、それ……」
 スイッチを入れると、ブブブブブと音をたて、一秒ほど光って消えた。
「壊れてます…………去年から」
「そうか。わかった」
 殺は苦労しながら、必要な資料を集める。
「ところで、ルービックキューブはまだ完成しないのか」
「はい…………難しい……難しすぎる……」
「インターネットに攻略法がのってたぞ」
「知りません………はああ……」
 そう言って、管理人日陰密子は大きなため息をついた。
「ときに……いや、なんでもない」
「はああ……」
 殺が口ごもったのは会話の内容が話の途中で読めてしまったからである。
『ときに日陰密子。なぜここにいる?』
『密子の密は秘密の密です……』
『なぜ、まだ奉仕青年団のはっぴを着ている?』
『密子の密は秘密の密です……』
『十年前から老けてないのはなぜだ?』
『密子の(略)』
 最後の質問は小原小春にもしようと思っている。まともな返事は、当然期待していないが。
 殺は資料をバインダーにはさみ、地下を後にした。


職員室に帰る前に、寄るところがあった。
「はじめましてー。美化委員長の瑞海和音ですう」
「うむ。岳画殺だ」
 美化委員の集会場である、三階の清掃管理室であった。普通の教室よりかなり広い部屋の、半分が事務室、もう半分が用具置き場になっている。用具置き場には箒、ちりとり、ダスターに混じって、チェーンソー、金属探知機、雷管、ダイナマイトその他危険なモノが大量に積まれている。
 彼らの活動がもはや美化委員会とは呼びがたいことは、殺も知っていた。施設の管理、補修、備品調達など何でもありで、聞くところによれば学園の基礎工事まで彼らがこなしたと言う。
「それで、どうしましたかー」
「うむ、地下室のことだが……」
「あー。あそこは管轄外なんですよー。うちらが作ったトコじゃないんで」
「そうなのか」
 では他は美化委員会が造ったのだろうか。
「せめて階段ぐらいは綺麗にできないか?」
「無理なんですよー。やろうとすると事故が起こるんです。絶対」
「そうか……しょうがないな」
「ええー。すいませんね。お役に立てなくて」
「いや、かまわん」
瑞海和音は盛大にため息をついた。
(しかし……胸くそ悪くなるほど似てるな)
 ハニー土木社長瑞海和樹にである。最初は本人かと思った。 
「ところで、姉は元気か?」
「えー?先生ねーさんと知り合いですか?」
 そういった和音の声に少し苛立ちが混じった。
「知り合いだが、どうした。仲が悪いのか」
「仲が悪いってわけじゃないんですけど……ねーさんったら酷いんですよ。聞いてください」
「うむ、聞こう。言え」
「ねーさんハニー土木の社員全員メガネにしちゃったんですよ!」
「知ってる」
「めちゃくちゃですよね!」
「そうだな」
 そうとしか言いようが無い。
「わたしは三つ編みがいいって言ってるのに!」
 殺は、偏頭痛をいつものポーカーフェイスでこらえながら言った。
「…………和音よ。メガネで、三つ編みにすればいいんじゃないのか」
「……あ!先生、あったまいい!」
 和音は立ち上がった。
「おい、どこへ行く?」 
殺の静止に耳をかさず、和音はスカートのすそを振り乱して外へ走っていった。しばらくすると外にヘリの音が鳴り響き始めた。轟音に混じって
「私のおさげっ娘王国―」
という声が聞こえたような聞こえなかったような気がした。
「悪いことをしたか………」
 殺は呟いた。無論、ハニー土木の社員にである。


職員室に帰ってきた。
「岳画先生」
 殺の机の前で、教師が一人待っていた。中年の女教師である。顔と名前がまだ一致しない。
「なんだ」
「あの、生徒会のことなんですが……」
「……ああ」
 思い出した。生徒会顧問の橋口照美だ。顧問とは名ばかりで、仕事は生徒会からの報告書を受け取りに行くだけの役職だ。
「顧問を、代わって頂けるそうで」
「うむ」
 橋口はほっとした顔を見せた。気の進まない役だったのか。
「あの………わかってるとは思いますが」
「生徒会には口を出すな、か」
「わかってるのならけっこうですが」
 生徒会の権限があれば、一教師のクビぐらい簡単に飛ばせる。目立って問題を起こすなと言いたいのだろう。
「忠告は気持ちだけ受け取ろう」
「…………え?」
「人の顔色を伺うのは好きじゃない」
「し、しかし」
「案ずるな。お前に迷惑はかけん」
「どうする気ですか!もう一回、冷静に考え直して……」
「その時間は無い」
 その時、学園に爆撃のような声が轟いた。声だけで、天井の塗装がパラパラと剥がれた。
『なんでちゅかこれはーーーーー!!!』
 生徒会長、桃山リンダの声である。
「通達が届いたようだな」
「つ、通達?」
「校長に頼んでおいたのだ」
「何を、書いたのですか……」
「たいした事じゃない。明日から書類は全部私の承認が必要になると言っただけだ」
 つまり、生徒会の最高責任者になるということである。
「そうですか…………はふん」 
「失神するほどのことでもないと思うがな…………」
 殺は立ったまま失神した橋口をよそに、仕事の続きに取り掛かった。
 この調子なら、七時には家に帰れるだろう。帰ったらゆっくり風呂に入って寝るか、と殺は思った。


後書き
この世界に芥川龍之介がいるのかなと思いつつ第二話です。よーやくメインキャラが出揃ってきました。
それにしても瑞海の口調って難しいです。書きあがったの見たらものすごい普通でがっかりしました。とゆうか第一話で出てきた江田島さと子の口調とかぶってるんですよね。
他に石原千手もけっこう難関です。