![]() | 〜第一話〜 |
・プロローグ ・第一話 ・第二話 |
ある種のサラリーマンの一日が午後五時から始まるように、ある種の学生の一日は放課後に始まる。たとえば、コウシエンを目指す野球部員や、学生の代表を務める生徒会員など。 午後の四時半。秋の夕日は窓の向こうでせっかちに沈んでゆき、少し闇色が混じる夕日が、SSS学園生徒会室を照らしている。 そのとき生徒会室には、三人の人間がいた。 「……ひぷち!」 と、変な声をあげてくしゃみをしたのは、大きなピンクのリボンをつけた少女であった。 部屋の一番奥の席で、他の二人と話していたところであった 「かいちょー。風邪ですかあ?」 「そういうわけじゃないのでちゅが……くしゃ!」 「かいちょー口調が変ー」 少女は鼻をこすりあげる。 「………おさまりましたわ」 少女の名は桃山リンダ。十五歳。SSS学園生徒会長である。 一年C組、出席番号は三十五番。年次を表す赤いネクタイをきっちり締めて、赤と白の上履きと、ライトブラウンのブレザーを文句のつけようが無いほど規則どおりにきている。 トレードマークは幼稚園児のようなリボンと、への字にきっと結ばれた口。それと力強く吊り上った眉毛と目だろうか。 「……ぐじ、説明を続けますわ。という訳で今回のハンドボール部と女バドの停戦命令無視は、生徒会の権威を無視したものですわ。ぜっったい許せません。という訳で明日かぎりで両者の領地は剥奪。両部長は解任とします。二人とも文句はありませんね…ぐじ」 「かいちょー。はいティッシュ」 「ん。もらいますわ、さと子」 そのリンダにティッシュを差し出したのは、生徒会書記江田島さと子。二年A組、タイの色は青。 背中まである髪を、きつく三つ編みにまとめて黒い輪ゴムで止めている。面長の顔に似合わない丸いビン底メガネ。ブレザーの下には野暮ったい紺色のセーターに、二十年前にはやった黒の靴下。一口で言うと一昔前のメガネっ娘の姿だ。 しかし、それは偽装。いや、自らを戒める封印に過ぎない。 さと子の身長は174センチあり、体重は55キロある。スリーサイズは上から90・54・91。アンダーバストとトップの差は19センチ。すなわちDカップ。いかなる形容詞を重ねるよりも数字のほうが説得力があるだろう。 トップモデルが無理やりコスプレをさせられているような印象だが当然自分の意思でやっている。理由は誰にもわからない。 「どっかでかいちょーの噂してますねー。いやんかいちょーのエッチ!はあと」 「『はあと』まで口で言うのはやめなさい」 「いやーんかいちょーツッコむ場所ちがうーん。それじゃ会話が続かないのー」 頬を押さえてフリフリと腰を振るさと子に 「座りなさい」 とリンダが言う。 そんな二人のやり取りをじっと見ている男がいる。黒板側のいすに座り、名前は志村風太郎という。静かな目をした男だ。 三年生であることを現す、タイの色は緑。 脂肪の少ない精悍な顔立ちと、短めのスポーツ刈りは、個人球技の選手を連想させる。体形もそれに近い。しかし時おり斜め下にそらす視線と、何かを憂う様なため息は、物思いに悩む画家のようでもある。 彼は入学してから二年と六ヶ月、音楽以外の教科で、成績順位が一位を下回ったことが無い、学校始まって以来の秀才である。彼の獲得のために全国の大学がリクルート合戦に乗り出していることは周知の事実である。 一般には、寡黙な男だといわれている。それとは別に、 「風太郎。何か意見はありますか?」 「…………………んあ?」 「ふーちゃん。かいちょーがね、意見は無いかって」 「…………………ん、ない」 喋るのが遅いだけだという意見もある。 ちなみに、仕事はできる。 「それじゃあ、今日のうちに書類をまとめますわ。二人ともかかりなさい」 二人は頷く。風太郎ははノートパソコンを空け、さと子はプリンターを立ち上げる 長い針が一回転し、時刻は五時半をまわった。リンダの分の仕事は一通り片付く。リンダはファイルの束をまとめ、もう一度ざっと目を通して言った。 「わたしはもう帰りますわ。風太郎、鍵たのみますわ」 「………うん」 「あたしもーあたしもーかいちょーたこ焼きたべたくありません?」 「食べたくないですわ」 「いやんかいちょーの嘘つき」 「なんでですか」 そんなことを言いながら二人は生徒会室を出て行った。風太郎が小さく手を振るが、二人は気づかずにドアを閉めた。 SSS学園はオオサカ屈指の住宅街であるサカイの中央に位置する。繁華街の西側にある丘全体を敷地とし、北側からは天才病院、南側からはオオサカ湾を一望できる。 オオサカ随一の進学校として名高いが、その歴史は存外に浅い。十五年前、故貴神雷蔵氏の巨額の寄付によって設立し、貴神氏の死後は地域管理組合新わかめ組と市議会の援助で運営されている。設立当初はいくつか黒い噂も立ち、その件は池田加奈『SSS学園の陰謀』に詳しいが、すでに過去の話である。 設立当初から、生徒の自主性を重んじる校風を持ち、生徒会及び各種委員会の権限は規格外に大きい。特に生徒会役員の任命権と各種委員会の予算議決権を持つ生徒会長は、生徒の生活全てを握っていると言っていい。 具体的な組織図を説明しよう。 まず最高権力者が五月と十月の選挙で選ばれる生徒会長。その下に生徒会長が任命する三人の幹部が入り、会長を補佐する。 各種委員会と、部活連合会が生徒会の下に入り、生徒会の監査の元で活動を行う。 委員長の決め方は、各委員会にまかされている。図書委員は選挙、保健委員は世襲(!)、美化委員はじゃんけん、風紀委員は委員長決定トーナメントなど、バラエティに富んでいる 例外となるのが選挙管理委員会で、表裏合わせて数百万の金が動くという、生徒会選挙を管理する。彼らは生徒会とは関係なく、独自の裁量で動くことが許されている。 また今年になって設立された生活安全委員会は、生徒会長桃山リンダが委員長を兼任している。桃山リンダの卒業後はどうするのかは、現在検討中である 「そーいえば、もぐんぐ、あっついぞこんにゃろ…新任教師の事知ってます?」 と、さと子が言った。食べているのは料理部が作ったたこ焼きである。SSS学園料理部室は通称「三階の学食」と呼ばれ、放課後や休み時間に軽食を販売する。なお土日祝日は定休日となっている。 学生用の机に白いクロスをかけたテーブルが十客ほど並ぶ。だべっている生徒は二十人ほどか。ウエイトレスの声と、女子生徒の嬌声が響く。 カウンターに座るリンダの前にはリンゴのショートケーキ、さと子の前にはたこ焼きが二船置かれていた。 「しりませんわ」 「来るらしいですよー。かいちょーのクラス」 「二年担当って聞きましたけど」 「変わったみたいですー」 「ふうん」 別段たいした話題でもない。リンダは話を変える。 「そういえば、来ませんでしたね。あいつ」 「ああ、副会長ですかー?来ませんでしたねー何してんでしょーかねー」 「きっと下らないことですわ」 「でしょーねー」 そんなことを話す二人の後ろに、誰かが駆け込んでくる気配。 「桃山さーーーん!!これいつものあれなんでもらってくださーーーーい!」 脳を直撃する高域音波は、一年の女の子の金切り声。厚い封筒をぐわっしゃとリンダのまえに起き、 「渡しちゃった渡しちゃったきゃいーーーん。ばた。興奮のあまり失神」 そのまま気絶する。 「この娘またいっちゃいましたねー」 「そうですわね。最近おとなしくなってましたのにね」 仰向けになって泡を吹く女の子は無視し、封筒を開く。女の子は名は野田弾丸美(たまみ)といい、一応生徒会員である。一般生徒から要望、意見、苦情を集め、リンダの所に持ってくるのを仕事としている。 リンダが生徒会室にいないを見て、探していたのだろう。言動はともかくこのまじめさは信頼できると、江田島さと子は主張しているが、賛同者はいない。 二人は手紙をテーブルに広げて、一つ一つ読みはじめる。 「ええと『エスカレーター完備の話はどうなった』?ありませんわ。そんな話」 「『ハンド・女バド抗争に対する生徒会の毅然とした対応を求めます。少数の利益を見るあまり、体制を見逃すことの無いように』毅然とした対応してますよーん。やりすぎってぐらい」 「『秋ですね。桃山さん、松川さん、江田島さん、志村さん、生徒会の皆さんいかがお過ごしでしょうか季節の変わり目は体調を崩しやすいので、体調管理はしっかりしなくちゃいけませんよね。僕は寝る前に必ず……』長すぎるからパスですわ」 「『風太郎さん。好きです。私が貴方を好きな分の、百分の一でいいですから、私を好きになってくれますか』ひゅーひゅーもてもてじゃんふーちゃん」 「『新任の教師が、新しく生徒会の顧問になるという話は本当ですか?だとしたら、生徒会に対する学校権力の不介入原則を侵害するのでは?』だから聞いたことありませんわ。そんな話」 「『桃山さん、お仕事大変かと存じます。テープを同封します。疲れた時はこの曲を聴いてリラックスしてください。僕が作った歌です。曲名は〈サーチ&ジェノサイド〉もう一つ〈ファックファックファック〉』ねーかいちょー。これ、ウケねらいかなー」 「『許さない。あんたら(ピンクのマーカーで下線)あんたら(オレンジの下線)あんたら(ブルーの下線)今日、あんたらのプリントを引き千切った。あんたら、全部びりびり(びりびり、に下線)』サイコさんですわ。吊るしてやろうかしら」 「ねーかいちょー。吊るすってどゆこと?」 「何でもありませんわ」 たいした内容の手紙は無い。いいことだとリンダは解釈する。不測の事態はないと言うこと。 リンダは読み終わった手紙の束を封筒に戻し、足元の弾美を軽く蹴る。 「弾美。これ、生徒会室に置いてきて。まだ風太郎もいる頃ですわ」 「はーーーーい!いってきまーーーーす!」 弾美はロンダートの要領で跳ね起き、テーブルをカタパルトにして跳んで言った。 「あれ、気絶してるの嘘ですわね」 「でしょーねー」 行ったと思ったら、バク宙で戻ってきた。 「あ、そーだ忘れてた、てへ。さっき石原先輩がブタのまえに来いって言ってましたよ」 「は?」 「石原先輩が。来なかったら暴れるって」 「…………そうですか」 リンダの不機嫌度が、一瞬で最高まで上がった。 石原千手。二年生。リンダが、この世で二番目に嫌う男。 「かいちょー。あたし行きますー?」 「…………いいえ、わたしが行きます」 ブタ、とはSSS学園の創始者である貴神雷蔵氏の銅像のことである。十五年前の設立初日に付けられたあだ名に「本人に似せすぎたのでは」という批判が上がっている。また、付近の住民から「町の景観を損なうから撤去しろ」という言う要望が毎年届き、「隣にいるメガネのメイドをいぢめさせろ」という要望が二三年に一度届く。 リンダは、その前に立っている。 「人を呼びつけて遅刻とはいい度胸ですわね」 呼び出した張本人、石原千手は、ブタに寄りかかるリンダをニヤニヤと眺めている。 よく見ると童顔な、丸っこい顔。しかしその表情は異様に大人びている。その中で、目だけが時おり子供の残酷さを垣間見せている。人体で作ったパッチワークのような不気味さがある。 髪を銀色に染め上げてざっくりと切り落としている。無論校則違反だ。制服の上に、黒いジャケット。右の耳にダイヤとシルバーのピアス、左手に同じ色のブレスレットとリング。校則違反じゃない部分のほうが少ない出で立ちで、堂々とタバコをふかしている。 校門の前に止めてあるバイクは、思いっきりマフラーが改造されていることを、リ ンダは知っている。 「それに一人で来るとは珍しいですわね。いつもの金魚のフンはどうしたのかしら?」 石原千手は、タバコをはき捨てていった。 「いつも可愛いねえ。僕のリンダは」 そう言って、くくくと笑った。本心とは程遠い言葉であることは馬鹿でも分かる。 「それでなんの用ですか?あたしは忙しいのです」 「つれないなあ。恋人だろ?」 「いつ誰があんたと!」 リンダの目に殺気がこもる。本気の、掛け値なしの殺意。 「なあに?そんな怖い目して。そんなに僕が嫌い?」 「嫌いですわ。法律無かったら殺してます」 「おかしな子だなあリンダは。それとも、僕よりあの風太郎とかいうでくの坊のほうがいいのかい?」 「良くそこまで馬鹿ぬかせますわね」 「ああわかった。あの副会長との禁断の恋かあ。ぼくどきどきしちゃうよ」 「さっさと用件を言いなちゃい!」 一瞬幼児語に戻るのも気にせず、裏声になるほど強くリンダは怒鳴った。石原千手は肩をすくめておどけた表情を見せる。 「いいよ。情報があるんだ。教えてあげる」 「なんですか?」 「明日、リンダのクラスに新しい教師が来るだろ?」 「らしいですね。それがなんですか」 「ここから先はただじゃいえないなあ」 「なんですか?」 千手は一歩リンダのほうに踏み込んだ。リンダは思わず後ずさりするが、後ろのブタに阻まれる。 「一晩僕に抱かれたら教えてあげる」 「死ね!!!」 千手がのけぞるほどの声。リンダは千手を押しのけ、歩み去ろうとする。 が、その肩を千手が掴んだ。 「ちょっと待て」 払いのけようとした手が止まる。振り向かなくてもわかる。千住はもう笑っていない。 「なんですか?耳の慰謝料でも欲しいのですか?」 「お前がさ、調子乗るのは、お前の勝手だけど。この前言ったこと、忘れんなよ」 五歳の子供のような、海千山千のやくざのような声。リンダの背筋に、かすかな寒気。 「忘れましたわ」 「じゃあもういっぺん言ってやるよ」 「………」 「あんまり調子乗ってっと、壊すよ。一生、精神病院で過ごしたいならいいけど」 リンダはこたえない。肩の手が離れ、千住の気配が遠ざかっていく。 振り向かない。じっと、拳を握り、掌に食い込む爪の痛みを感じ続ける。 次の日。 「おーいそれじゃ、みんな聞いてると思うが、新しい先生の紹介だ」 と、一年C組担任、岡健太(41歳 社会科教師)は言った。朝のざわつく教室が、一気に静まり返る。 (千手に怒鳴ったのは、失敗でしたわ。少しでも情報を得ておくべきでしたわ) リンダは後悔する。 (なんにせよ、千手が教えに来るなんて、普通じゃありませんわ。気ぃ入れてかかりませんと) リンダは一番後ろの、真ん中の席でモリナガのフルーツ牛乳を飲みながら思った。フルーツ牛乳は朝三階の学食で買ったもので、授業を受けながらちびちび飲むのがリンダの癖だった。 「じゃあ、お願いします」 「うむ」 岡健太が教壇を降り、代わりに教室のドアが開く。 入ってきたのは、若い女性だった。 それを見て、リンダはフルーツ牛乳のストローをくわえたまま凍りついた。 パンプスの靴音を刻み、女性は教壇に立つ。 背が低い。おそらくリンダより低い。セーラー服を着せたら、高校生でも通じるほど、外見は幼い。服装はシンプルなタイトスカートのスーツで、色は紺色。アクセサリー類はついていない。化粧もごく薄い。 髪型はさっぱりとしたポニーテール。そしてそれと別に側頭部、耳の後ろのあたりからぴんぴんぴんと、三本毛がはねている。そうセットしたのか、生まれつきなのかはわからない。 力のある目だと、リンダは思った。静かな視線に、樹齢千年の巨木のような威圧感がある。 女性は、教壇に手をついて話し始めた。ハスキーだが、やや細い声だった。 「今日からわたしがこのクラスを受け持つことになった。至らぬ点もあろうが、よろしくお願いする。教科は現代文と漢文を受け持つことになるだろう」 顔に、見覚えがある。特に、細い妙な形の眉毛に。 「私の名前は岳画殺だ。殺すと書いてさつと読む」 リンダが噴射したフルーツ牛乳は、前に座っていた男子生徒の後頭部を直撃した。 後書き すなわちDカップ(挨拶) という訳で、第一話です。キャラクターの顔見せ程度ですが。 第二話は殺サイドからの話です。お楽しみに。 |
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