![]() | 「絶望の果てに」 |
日本より遥か南方にある地域、ここで長崎旗男が所属する 南方方面軍斑鳩第八小隊は激戦の最中にあった。 だが数度にわたる攻防の末、日本軍はウィミイの圧倒的な物量の前に 撤退を余儀なくされていた。 「殿を務めろと?!」第八小隊の中でも隊長の右腕と目される大村靖邦が激する。 「そうだ」そう答えるのは第八小隊の隊長、松浦剛志である。 普段は軽口ばかりを叩いている大村がこれほど感情をむき出しにするのは珍しい。 だが、それ以上に「鬼軍曹」のあだ名で恐れられている松浦の静かさが 部下達には不気味だった。 「ウチの部隊はまともに戦えるのは20人も居やしないってのに 俺達だけでだと!上は何を考えている!!」 そのもっともな問いに松浦は静かに答える。 「転進した」 「は?」 大村が間抜けな顔で聞き返す。 「だから軍上層部は後方へ転進した、この命令を出してすぐにな」 「と言うことは・・・」 青ざめた顔で部下がその先を促す。 「問いただすまでもねぇ、俺達に死ねって言ってるんだよ! てめえらの身の安全のためにな!」大村が咆える。 「だが命令は絶対だ、逆らうものは軍法会議ものだぞ」松浦は厳しくたしなめる。 「でも隊長、どう考えてもこ任務は無謀すぎますよ」「そうだな」 「しかも孤立無援の状態では我々の全滅は必至ではありませんか」「そうだな」 「ならば今前線を支えている第五、第七小隊を支援しつつ合流地点に向かえば」 「それは出来ない、散開しても敵に捕捉されてしまえば 合流地点で襲撃されるだけだ」松浦は他の隊員の意見を全て退けた。 「隊長・・・」それまで沈黙していた長崎が口を開いた。 「隊長の狙いは何ですか?この命令の無謀さは誰よりも承知のはずでしょうに」 大兵ぶりに似合わぬ優しすぎる男の真摯な眼に見つめられ、松浦は本音を吐露する。 「確かにこの任務は無謀だ、しかし誰かがやらねばならん、だがそれは 上層部のためじゃない、一人でも多くの兵士たちを助けるためなのだ」 死を賭してみんなの為の囮になる、そう松浦は決断したのだ。 「つまり俺達のような下っ端を逃がすために戦うと?」部下の一人が問う。 「彼らに罪は無い、徴兵され戦うことを強制されているだけなのだからな」 静かに、そして力強く松浦は頷いた。 「任務了解しましたっ!」その時、大村が叫んだ。 「やりましょう、隊長!ウィミイの阿呆連中に咆え面かかせてやりましょうや」 そこには先ほどまでの怒りは無く、隊長の意を汲んだ漢の顔があった。 「隊長!」「隊長!」「隊長!」他の隊員も意を決して隊長に向きなおる。 「みんな・・・ありがとう」その時、鬼軍曹と呼ばれた男の語尾がわずかに震えた。 その後かろうじて作戦と呼べる代物を全隊員に指示し、松浦は作戦を遂行して行った。 もともと第八小隊が占拠している地点は交通の要所であり此処を突破しないと その先に進むのは困難を極める、と言う場所だった。 松浦はその利点を最大限に利用した。 敵が橋頭堡にすると思われる地点に地雷などの罠をしかけ、 火力が集中するように人員を配置する。 このような巧妙かつ周到な準備は松浦のもっとも得意とする所だった。 それから前線を支えていた第五、第七小隊を大きな犠牲を出しながらも撤退させる。 それに乗じて敵軍も部隊を再編するため一時後退した。 その時間を利用し松浦は、大村、長崎旗男とともに最前線の位置を確保した。 「なあ、旗男〜、この作戦が終わったら綺麗なおねーちゃんと茶ぁしばきに行かへんか?」 へらへら笑いながら大村が話しかけてくる、緊張感のかけらも無い声だ。 「そう言うのは成功してから言ってくれ」苦笑しながら旗男が返す。 「どっちに対してだ?」 「両方に決まっている」 いつも通りのやり取り。 「なにぃ〜、俺はお姉ちゃんに対しては無敵だぞー!」 「誰も相手にしてくれないからな」 「ふっ、みんな恥ずかしがり家なのさ」 おそらく最後になるであろう事が分かっているだけに二人とも軽口をたたき合う。 だからそばで聞いていた松浦は何も言わなかった。 そして二人の舌戦が最高潮に達した時、敵がやって来た。 装甲車を先頭に歩兵が後ろを固めているが、戦理に適っているとは言いがたく 陣形としてはあまり誉められた物ではなかった。 しかも、先ほどの戦闘から継続して戦う者もいるらしく士気は低いようだった。 「なんだあいつら、俺達をなめてるのかぁ?」大村があきれた声を出す。 「わしが一から鍛え直してやるわ」松浦が応じる。 「しかし、物量で責められれば我々は一溜りもありません」旗男が冷静に指摘する。 「そんなこと・・・」そう大村が言いかけた時、前方で爆発が起こった。 装甲車が地雷を踏んで横倒しになったのだ、油断していた証拠である。 ウィミイ兵は驚き右往左往する、そこに松浦の冷徹な指令が飛ぶ。 「撃て!」 たちまち装甲車の周りの兵が倒れる。 しかし、敵兵も装甲車を盾に応戦し始めた。 「っらぁっ!」大村が気合とともに手榴弾を装甲車付近に投げつける。 爆発とともに敵兵が踊りだす、そこに容赦の無い一撃を叩き込んだ。 第八小隊は善戦していた、圧倒的な物量に対し様々な手段で敵を混乱させ 被害を最小限に抑えつつ、時間を稼いでいた。 だが、戦闘開始から時間が経つにつれ徐々に物量に押され始めてくる。 もともと頭数が絶対的に足りないのだ、 敵の反撃で一蹴されなかったこと自体が奇跡とすら言えた。 そして限界点がやって来る、それは味方が10人位にまで減った時だった。 「いい加減にしやがれ、しつこいヤツは女に嫌われるぞ!」 そう毒付きながら大村が最後の手榴弾を投げつける。 爆発とともに敵兵が吹き飛ぶ、大村は会心の笑みを浮べる。 「へっ、ざまあぁ・・・」 だが、大村がその言葉を最後まで発することは出来なかった。 敵弾が大村を後ろへ突き飛ばした、地面に叩き付けられ血を吐く。 「大村ぁ!」銃を撃ちながら長崎が叫ぶ。 「へへっ、やられちまったか・・・」血泡を出しながら大村が喘ぐ。 「長崎、ここは俺が支える、早く大村を!」松浦がそう叫ぶ。 返事もそこそこに長崎は大村の元に駆けつけた。 「しっかりしろ、大村!」長崎が叫ぶ。 「長崎、俺はもう・・・」 「馬鹿なことを言うな!いい女と茶をしばくんだろう!」 そう叫びながらも長崎は胸に開いた弾痕を見て愕然とした、致命傷だった。 「長崎ぃ、悪いな約束果たせそうに・・・な・・・ぃ」声が弱々しくなる。 「いいんだ、いいんだそんなこと」流れる涙を拭いもせず長崎は呼びかける。 「あぁ・・・帰りてぇ・・・なぁ、国に・・・」そう囁くと大村は咳き込みそれっきりになった。 大村が崩れ落ちるとともに長崎の中で大村との思い出が甦る。 入隊後、気の優しい長崎は他の兵士たちに良い様に使われていた。 それは段々エスカレートし、いじめにまで発展しようとしていた。 それを助けたのが大村だった、同郷ということもあり意気投合した二人は 無二の親友となり、戦果を挙げ、気が付いた時には 第八小隊の右腕、左腕と呼ばれるようになっていた。 殺し合いを悲しむ長崎を叱咤したり、悪さの片棒を担がせたのも大村だった。 だが、もう大村はいない、死んでしまったのだ!殺されてしまったのだ!! その時、長崎の中で様々な想いが収束し、弾けた。 気が付いた時には誰かが叫びながら敵の中へ走りこんで行くのが見えた。 自分だった。 敵と味方が何か叫んでいたが気に留める余裕すらなかった。 仇を取りたい、無念を晴らしたい、そして、大村を殺した全てを消し去りたい。 復讐心と殺意が稲妻となって長崎の全身を満たした。 そこに戦いを嫌悪した男はいなかった、そこには復讐の鬼がいただけだった。 「−−−−−っつ!!」 言葉にならない叫びと共に敵兵に襲い掛かる。 悲鳴を上げながら、それでも銃を撃ち続ける敵兵。 何発か長崎の体に命中したはずだったが、長崎を止めるには至らなかった。 刹那、長崎の二十九式歩兵銃の銃剣部が唸りを上げて敵兵の装甲服の 脆弱な部分をえぐった、そして刃を捻り、そのまま地面に叩きつける。 「おぉっ あぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっっ!!」 刃を相手に付きたてたまま銃のトリガーを引く、何度も何度も。 弾が敵を穿つたび体が何度も痙攣する、それは銃の弾が切れるまで続いた。 長崎が我に返るとそこにはかつて敵だったモノが倒れていた。 だが長崎を支配していたのは復讐を果たした高揚感ではなく圧倒的な喪失感、 そして体の至る所で感じる不快な灼熱感だけだった。 見てみると体の数箇所に弾が命中しており、放置しておけば致命傷になりかねなかった。 だが、それ以上に他の仲間が気になり首をめぐらせた。 しかし、眼を凝らしてもそこに立っていた人間は一人もいなかった。 良く見てみると倒れている人の中に隊長の松浦がいた、 長崎は言うことを聞かない体を叱咤しながら松浦の所へ歩み寄る。 彼はまだ生きていた、だが彼の体は七発の銃弾を受け、各所からおびただしい血が 流れ出ていた、特に右胸と左脇腹の二発は致命の位置にあった。 「長崎か・・・」 「・・・はい」 ぜーぜーという呼吸を繰り返しながら松浦は長崎を見た。 「敵は?」 「逃げました」 「そうか・・・」 松浦は満足そうだった。 「お前が飛び出していったあの後の奴等の慌てぶりは傑作だったぞ・・・」 「そうだったんですか?」「ああ・・・」松浦はにやりと笑った。 「だが、奴らの中にも冷静なのがいてな・・・」そこで少し咳き込む。 「そいつらを追っ払っているうちに・・・この様さ」 「そんな・・・」 だが長崎には分かっていた、あのままでもいずれ全滅は避けられなかったことを。 それが分かっているから松浦は長崎を責めなかったし、長崎も沈黙を守った。 「なぁ、長崎ぃ・・・」段々と松浦の声が弱々しくなる。 またか、またこの辛さを味わうのか、長崎の心が軋んだ。 「お前に頼みがある」精一杯の強さを込めて松浦が懇願する。 「お前は・・・生きて、戦い続けて・・・くれ」 「はい!」即答する長崎。 「俺達が・・・守り続けて・・・いる、俺達の国を!」最後の力が込められる。 「た・・・たかって・・・ま・・もって・・・く」 「命令、確と承りました!」 長崎が精一杯の声で返す、だがもう、そこに松浦の返事は無かった。 涙を流す長崎の頭には松浦隊長の最後の願いがこだましていた。 「戦います・・・そして守ります・・・」 長崎はうわ言の様に繰り返す、何度も何度も。 そして立ち上がる、戦うために、守るために。 だが、数歩と行かぬうちに体から力が抜ける、片膝が崩れそのまま前に倒れる。 負傷と疲労が今頃になって重く伸し掛かって来たのだ。 長崎は自分に対し怨嗟の声を上げた、俺はまだ何もしちゃいない! 隊長の願いも、大村たちの無念も、まだ何も果たしちゃいない!! ・・・と。 動かぬ体、叶わぬ思い、現実の残酷さに長崎は怒りを禁じえなかった。 しかし、この世界の現実はさらに厳しく残酷だった。 それから、ややあってウィミイ兵達が戻ってきた。 この地域の支配を確立するために、そして、負傷兵、捕虜の回収のために。 彼らが来るのに気が付いた長崎は、死んだ振りをして油断させようとした。 叶わぬまでもせめて一太刀浴びせようと思ったからだ。 しかし、そんな考えはすぐさま吹き飛んだ。 泣いていた、ウィミイ兵が倒れていた兵士にすがって泣いていたのだ、大声で。 それは長崎が殺した兵士だった、復讐のために殺したのだ。 だが、その時ふと、疑問が湧き上る、はたして自分は復讐を果たしたのだろうか? 後に残った喪失感に愕然としたではないか、結局、自分は何をしたのだろうか? 行き場の無い問いに長崎の思考は混乱した。 やがてそのウィミイ兵は大声を上げ、怒りの言葉をぶちまけた。 途切れ途切れに理解できる言葉を聞きながら長崎は理解した。 つまり、自分がしたのは新しい復讐鬼を生み出しただけだったと。 泣き叫び、暴れるウィミイ兵を見て長崎はそこに数刻前の自分を見出した。 大切な人だったからこそ失った時の衝撃も大きい、だから復讐するのだ。 失われたものの大きさを他人に知らしめるために。 だがそんな事で失った人は甦ることはない、何をしても取り返すことは叶わないのだ。 ああ、何と言う残酷な所なのだろう、この世界は。 結局、長崎はこの戦争で自分を否定され続けた。 争いを嫌う自分を戦争の狂気に否定され、失った仲間に対する復讐すら否定された、 しかも、自分達が守ってきた国、世界すら失おうとしている。 長崎はもう、全ての拠り所を失ってしまった。 そして砕けた、彼の心は、粉々に。 何故なら彼にとっての最後の希望 「死」ですら彼を受け入れてはくれなかったからだ。 泣いていた兵士が長崎に気が付く、わずかに身動きするのを知り、 殺意に満ちた目を向け、長崎の所へやって来る。 (そうだ、それでいい) 全てを否定された長崎にもはや生き残ろうとする意志は無かった。 (そのまま俺を殺しに来てくれ) 歓喜とすら言える感情に包まれる。 ウィミイ兵が銃を長崎に向ける。 (隊長、大村、今、俺も・・・) 眼を閉じ、その時を待つ。 だが、その時が来ることは無かった。 何故なら別のウィミイ兵達が長崎を殺そうとした兵士を押さえたからだ。 (そんな、殺してくれ、俺を!終わらせてくれ、何もかも!!) 状況を理解した長崎は懇願するように体を這いずらせた。 「〜〜〜っ!」「〜〜っ!」ウィミイ語でのやり取りが聞こえる。 すぐに長崎は傷む体を無理やり後ろ手にされ、縄で縛り付けられた。 (そんな、行かせてくれ!隊長たちの所へ!)足掻こうとしても無駄だった。 こうして長崎にとっての最後の希望も潰えた。 そして結局、彼は生き残ったのだ、「捕虜」として。 その後、長崎は捕虜収容所で終戦を迎える。 そして終戦数ヵ月後に行われた第一回捕虜交換式で日本に送還された。 長崎が一番に送られた理由は簡単で、ウィミイは生ける屍を食わせ続ける必要性を 感じなかっただけだった。 長崎以外にしても、重傷を負い手足を失った者、麻薬中毒になった者など、 強制労働をさせることが出来ないような者達ばかりで、唯の厄介払いに過ぎなかった。 日本に帰ってきても、迎えてくれたのは新型爆弾の影響で 淀んだオオサカの空だけだった。 しかも、爆撃のせいで長崎の家族、親戚縁者は皆いなくなっていた。 だから、長崎はハクアの森で隠匿生活をすることに苦はなかった。 それからの彼は、時々来る酔っ払いや、ウィミイ兵を追い払いながら犬達と共に生きた。 そう、死に場所を求めながら生き続けると言う矛盾した事を続けながら。 だがあの日、山本悪司という青年が長崎のいる所に攻めて来た時、何かが変わった、 いや、その変化を長崎は一日千秋の思いで待ち続けていたのかもしれない、 彼のその瞳には懐かしい光が宿っていたから。 それは何かを成し遂げようとする男の瞳だったからだ。 それからの長崎の人生は今まで以上の波乱に満ちた人生となった。 そして・・・ 「あなた、どうしたの?」目が覚めた長崎の眼に一人の女性が映し出された。 この女性こそ長崎の人生を大きく変える切っ掛けになった女性だ。 ナンバで一人、帰らぬ夫との思い出を胸に生きていた人だった。 しかし、とある事件が元で彼女と知り合い、日を追うごとに親身になっていった。 「いや、なんでも、ちょっと昔の夢をね」 心配そうに覗き込む彼女を安心させるため、髪を撫ぜる。 「明日も早いんでしょう?大丈夫?」 そういって彼女は長崎の手を両手で包み込む。 不思議だった、この手に包まれると砕けた心が新しく生まれ変わろうとするのが分かる。 彼女のいたわりの心が染込んで来て過去のどんな傷も癒してくれる、 そんな魔法の手に思えて仕方なかった。 「大丈夫だ、だからもうお休み」そう声をかけ、布団に戻らせる。 「おやすみなさい」 「おやすみ」そう声を掛け合い眠りにつく。 やがて、まどろみの中で長崎は想う。 (松浦隊長、大村、俺は戦う、でもそれは死ぬためじゃない、この国のため、 傍らで眠るこのかけがえの無い人の為に、俺は戦い続ける) 長崎の脳裏には今まで自分の人生に関って来た人、全てが映し出されていた。 (そして必ず生きて帰る!) とうとう長崎旗男は絶望の果てへとたどり着いた。 だが、さらにその先にすら世界はあった。 だから歩み続ける、彼を慈しんでくれる人と共に、 この果て無き世界を・・・・・・ (了) どうだったでしょうか?「絶望の果てに」 「超」が付くほど「ドシリアス」になってしまいましたが、 長崎の過去を突き詰めていった結果こうなってしまいました(苦笑) それでは最後に、この小説をいつもお世話になっている「すけさん」に捧げます。 |
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