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≪ | ストライプ ジェラシー/ ストイック ラブシック | ≫ |
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私達が出会って、たった2年の月日が流れただけの或る日。 非日常を日常として生きる私達が、日常的な週末に帰結する。 週末は終末へと収束し、私の手の中には何時もの硝煙と血の香り。 けれど今、その当然の死は確かに私自身の口腔から零れ落ち。 私は私でない私へと。 嗚呼……おまえの声が聞こえる。 願わくば、神様。 もしもそんなものがこの世界にいるのだとしたら。 貴方を一度も信じた事さえ無い、この私のたった一つの願いを叶えたまえ。 この命全て、残滓のような魂を貴方に差し出そう。 だから。 叶えたまえ、この愚かな願いを。 叶えたまえ、どうか。 この世界が終わるまで、おまえの中に私が生き続ければ良い、と。 *** 「……っ」 がたん、という衝撃と共に、私は小さな声を上げて目を開いた。 「どうした、さっちゃん?」 私の声に驚いたらしい悪司が、目を丸くして私の顔を見ている。 「あ……いや、済まない。なんでもない」 私は緩く首を振って、頭を覚ました。 悪司はそんな私の顔を珍しそうに見て、くくっと喉元で笑う。 「居眠りか? さっちゃんが居眠りする所なんて、初めて見たな」 「昨日は遅くまで年始明けの試験勉強をしていたのだ。仕方あるまい」 何時ものように悪びれ無く言う私に、悪司は「いやいや」と手を振る。 「寝てていいぜ、さっちゃん。エデンまではまだ……30分位掛かる」 そう言われて外を見ると、景色はまだナンコウに入ったばかりというところだった。 もう一度眠ってしまおうか、と私は少し考える。 だが、そうして考えてみると、私は今、決して良い夢などは見ていなかった事に気付いた。 背筋に流れる嫌な汗。肌着の張り付く感触。妙な動悸。 それらは全て、まるで悪夢を見ていたかのような感覚を私に伝える。 否、確かに私は見ていたのだろう。それも、非道く嫌な夢を。 背筋の凍るような痛みと恐怖と焦燥と、そして何か非道く哀しい喪失感。ともすれば泣いてしまいそうだった。この私が……母の死にさえ泣く事の出来なかった私が。 私はその夢を思い出そうとしていた。それはとても簡単な事のように思えた。けれど同時に、思い出してはいけない事のようにも思われた。暫し逡巡し。そして私は、考える事を放棄した。 代わりに膝の上で拳を握る。誰にも気付かれないように。食い込んだ爪の痛みで、漸く私は理性を取り戻せるような気がした。 すると、何時まで経っても瞳を閉じる気配の無い私に、悪司が不思議そうな目を向ける。 「眠らなくて良いのか? 今日は眠っておかないと辛いかも知れないぜ?」 「ああ、いや……大丈夫だ。もう仮眠は十分に摂った」 「なら良いけど」 私の返答に、悪司は納得のいかない表情でそう言ったが、また直ぐに窓の外に目を向けた。 私もそれに倣い、共に移り変わる景色を眺める。 「とうとう、ここまで来てしまったのだなぁ」 ふと、呟いた。誰にも聞こえないような、幽かな声で。 今夜の目的は、そう……エデン襲撃。 あのイハビーラとかいうウィミィ女を潰す時が来た。 後ろの車ではプリシラが、島本や寧々と共に今日の襲撃に関する綿密な計画を立てている所だろう。 私の隣には市長である夕子さんも座っている。 そして、悪司の隣には元子さんが……。 「悪司、御握り、食べておく?」 「ああ、悪いな、トコ。さすが俺の嫁だ、気が利くよ」 悪司が嬉しそうに、差し出された御握りを頬張る。 私はそれを、ただぼうっと見詰めていた。 車はハルセを通り、もう直ぐエデンに辿り着く。 私は何か胸騒ぎを感じたが、悪司は何時もとなんら変わらない。 変わらない事が、私の胸には少しだけ重かった。 *** 最近、良く真夜中に目覚める事がある。 それは大概、非道く嫌な一つの夢のせいで、けれど私は目覚めると同時にそれがどんな夢だったのかを忘れてしまう。思い出そうとしても、私の無意識の自我がそれを拒絶した。 非道く非道く、嫌な夢。 そしてその後に必ずと言って良いほど訪れる、不吉なほどに幸福な夢。 そのどちらも、目覚めた後に私を落ち着かせてくれるような質の物ではなかった。 (きっと私の浅ましさがそれらを呼び寄せるのだ) 私の秘密。 誰にも言う事の出来ない愚かな秘密が。 そう、私は山本悪司……自分の甥に恋をしていた。 悪司が元子さんと結婚してからも、私の恋慕は尽きる事無く、寧ろ募るように感じる。 何故? 自分に問い掛けて、私はそれが「嫉妬」という感情である事を知った。 (どうして?) それは誰に対しての問いだったのだろうか。 「嫉妬」等という感情を覚えた自分に対しての? 悪司の妻となった元子さんに対しての? 違う。 全ては悪司へと、私の想いは連なる。 どうして。 そんなに優しく笑うのだ? どうして。 彼女をそんなに案じるのだ? どうして。 彼女だけが特別なのだ? どうして。 ……どうして、私ではいけないのだ。 私も女だ。おまえに抱かれる資格のある躰だ。 きっと5年もすれば、おまえが望む躰にだってなれるだろう。 同じ血が流れているのだ。おまえの事ならきっと、なんだって解る。 誰よりおまえを理解してやれる。 どんな戦場へも共に行こう。 私だけだ。私だけが、おまえを。……おまえの事を、誰より。 (違う) そこまで考えて、私は自分で自分を否定する。 そして鏡台の前に立ち、静かに夜着のボタンに手を掛けた。 一つ、二つ。上からボタンを外す。 まずは首元から、湿った肌が外気に晒され、一気に熱が奪われる。 次は胸が。 自分でも女性らしいとは思わない、その膨らみが露に。 両の膨らみから緩やかなカーブを描いて、ラインは腹部へ。 一番下のボタンを外し終えて、私は肩からシャツを滑り落とした。 それからズボンを引き下ろし、下半身を晒す。 白いショーツも併せて下ろし、ズボンと共に捨て置いた。 鏡を見ると、一糸纏わぬ自分の躰がそこに在った。 細い。 きっと誰もがそう言うはずの、幼い肢体。 白い肌。どう見てもあまり健康的ではない。 薄い胸、薄い腰。女というよりは、もっとずっと中性的な、子供の躰。 この躰を性欲の対象にする男はあまりいない。私が悦ばせられるのは、ロリコンと呼ばれる一部の男だけだろう。 少なくとも悪司が(本当の意味で)喜ぶとは思えない、未熟な女性器。 子供を宿す事すら今のこの躰には困難である事を、私は知っている。 不完全だ。 私は自分の躰をそう評価する。 男が女にどんな行為を求めるか。 女が男に何をされる事を望むのか。 私はこの短期間に、それらの多くを目前にしてきた。 それは、私の甥という一人の男によって齎された物だ。 但し、この躰に、では無い。 彼が多くの女にそうして接する様を、私の眼が焼き付けた。 その中で、私は何時しか、自らがそれらを身に受ける事を想像していた。 そして考える。 今の自分には、実質それは不可能である事を。 (足りない) 全てが。 私には足りない。何もかも。 そして彼と同じ「山本の血」が、それを更に不可能にする。 ……悪司は、優しいのだ。本当は、きっととても優しいのだ。 そう、少なくとも私を死ぬまで抱く事は無いだろう程には。 私に出来るのは、この血の繋がりを意味として、彼の傍に居続ける事くらい。 けれどそれは、彼の隣ではない。 望めども、決してそれは有り得ないのだ。 (だけど、想像する事は罪ではない) おまえの隣にいる私。 おまえの為にほら、朝食を用意して。 おまえはきっと、幸せそうにそれを食べてくれる。 お弁当だって作ってやろう。 きっとおまえはまた、忘れて行ってしまうだろうが、私の為に取りに戻ってくれるだろうか? 私はおまえの行為に口を出したりしないけれど、偶には嫉妬をするかも知れない。 そうしたら、私を抱き締めて、少しは甘やかしてくれるのかな? それから私はおまえの腕の中で、朝が来るまで眠れるだろうか。 どんな夢も見ないほどに、おまえだけを感じて……。 「愚かだ」 思わず口にした言葉が、空虚な部屋の中に響いた。 窓際にころんと、レッサーパンダのぬいぐるみだけが私を見詰めていた。 *** 気が付くと、私は診療代のような物の上に乗せられていた。 一体何が起こったのか。 数秒考えて、私は思い出す。 ああ、エデンの扉が開かなくて、私は下水路を伝って内部に侵入して……。 私は死ぬのか。それとも、実験台とでもなるのだろうか。 悪司達は無事にエデンに侵入出来ただろう。 チャンスを見逃す奴では無い。きっと、直ぐにここまで辿り着く。 そうすればまた直ぐにもう一度会えるさ。 それまで私が生きていれば、の話だが……。 イハビーラの声が私の耳に届く。 「おまえの躰は私がいただく」 そして注射針が躰の中に埋め込まれ、私は自分の意識が消えていくのを感じた。 ただ、私のこの躰が彼を傷付ける事の無いように。 それだけを祈りながら。 *** 次に私の意識が戻った時、目の前には彼がいた。 「まだ生きてやがるのか、イハビーラ……」 私を憎しみの目で見詰める、悪司。 私は少し笑った。 そうか、おまえには私が解らないのか。 それも当然だ。この躰は今さっきまでイハビーラに奪われていたのだからな。 しかし、今の私が解らないのか? 私は私だ。 ……私を、見てくれ。 「さっちゃん?……さっちゃんなのか?」 「ああ、そうだ……悪司」 この私が直ぐに解らないとは、随分と非道い甥ではないか。 おかげで、私は見たく無いものを見せられてしまったよ。 私を睨み付けるおまえ。 それは私への怒りではないけれど。 ああ、でも、それが私の為の怒りなら、私への哀悼であるのなら。 私は喜ぶべきだったのかも知れない。 悪司……悪司、聞こえるか? 段々と、自分が何を言っているのか解らなくなってくる。 私はおまえに何を言っている? この望み。隠し通そうと誓ったこの願い。 もう一度生まれ変わるなら、最初から遣り直す事が許されるなら。 私は本当は――家族としてではなく――ただ、おまえに抱かれたかったんだ。 「さっちゃん……」 おまえが、私の名前をそんな風に呼ぶのを、初めて聞いた。 優しい声だった。 まるで恋人を呼ぶように……違う、それは私の望みだ……優しい声。優しい言葉。 私を悼んでくれるか、悪司。 笑おうと思ったが、私の目も頬も、思うようには表情を変えてはくれない。 そうだな、おまえが元子さんを選んだのは当然だ。 私はあんな風に綺麗に笑えない。おまえの為に何でもしてやれると思いながら、こんな時におまえを安心させてやれるような微笑一つ浮かばないなんて。 私は全てを諦めて、ただおまえの声を聞く事を望んだ。 おまえから受け取るもの、何もかもを忘れずにいよう。 私はこの躰を捨てて行くから、代わりにおまえの言葉を持っていこう。 私だけの宝物。おまえの思い出という、たった一つの宝。 山本の血は、こんな時にも私の目に涙さえ浮かべてはくれないから。 おまえは知らなかっただろう。 そして気付こうともしなかったのだろう。 私の中に色濃く流れる山本の血。けれどそれと同じくらいに濃く、強く流れるものがある。 (私は業の深い女だ) 私に流れるのは、山本に惹かれた女の血。 おまえに惹かれる定めの血。 だから私は裁かれる。 ――さようなら、私の愛した男。 最後の瞬間、私はおまえに微笑む事が出来ただろうか? *** そして私は夢を見る。 覚めない夢を。 私は夢の中に生きていく。 それが私の幸福な世界。 |